魔王メーカー

壱元

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第一章

第二十五話 前編

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 「はあ、はあ」

私は呼吸を乱しながら、アルクの家から敵を遠ざけるように走った。

まず、それは成功したが、根本的な問題は残っている。

一つ、あいつが周囲の家々に何かしら影響を及ぼすのを何としても予防せねばならぬこと。

一つ、私の体力と魔力の限界が近いこと。

「ウウウウウ…」

トロールは煩わしそうに重く唸り、取れかけていた石片をもぎ取り、投げつけてきた。

私は姿勢を低くして直撃を免れたが、石は近くの木柵を嫌に軽快な音と共に破壊した。

これでは流れ弾が家屋を損傷させるのも時間の問題だ。

「彼」がどうして里に降りてきたのかは定かではないが、戦意を掻き消し、森にご帰還願うのはどうだろうか?

幸い、「彼」は私と駆け引き出来る程度には優れた脳を持っているようだから、リスクとリターンを天秤に掛けくらいのことはしてくれるやもしれない。

私は両手に魔力を溜めた。

だが今度の武器は、水だ。

「ググ…」

トロールがさらに石を投擲する。

私はそのタイミングを見計らい、回避しながら、石の軌道と交差するように、「水矢シャルロー」を撃ち込んだ。

「矢」は予定通りに宙を進み、石製の面頬に設けられた穴の一つのさらに奥、右の眼球を突き刺した。

「アアアアアア!!」

作戦は成功だ。

だがトロールのけたたましい絶叫を夜半の村に響きわたらせてしまった。

これで隣人たちはそろって目を覚ましただろう。

しかしながら、この展開を計算できない私ではない。

私は決死の猛攻を仕掛けた。

用意しておいた「大火球ビシア」を瞬時にぶつけ、その後は「火球パシア」を、完成し次第、がむしゃらに放り投げていた。

頭には、数秒前の「心理戦」のことなど無かった。あるのは人間が人間足り得る以前からの「生への執着」だけだった。

敵の身体の石は赤く染まり、爆発音が響き、破片が飛び散り、遂には例の面頬が派手に弾け飛んだのが確かに見え、同時に私は筆舌に尽くし難い目眩に襲われた。

敵の山のような身体が大地をこれでもかと揺らしながら倒れ、同時に私の身体はがくんと崩れ、両膝は地面を衝いた。

「はあ…はあ…」

荒く呼吸する私の視界は、粘土のようにぐにゃぐにゃに歪み、震えていた。

加えて、汗か血か、何かしら塩分に充ちた体液が皮膚を伝ってやって来て、そこを侵した。

私の目は役に立たなかったのだ。

故に、次に巻き起こる「事態」を知り得なかったのだ。

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