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第二章
02-02「協働」
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結果は明日出る。
「来い。今日だけ選手寮の一室を貸してやる」
ヴィヴィアンに助けられた。
今のソウに帰る場所は無いからだ。
「だが、選手や職員との接触が審査に影響を与えないとも限らない。必要な物はやろう、だから部屋から出るな」
「わかった」
ソウはカードキーを受け取って「001」号室のドアを開けた。
全てが広い。
それに、洗面所、風呂、便所、寝室に人生初のテレビまで、全て揃っている。
ソウはあの時のようにベッドにダイブした。
ベッドはカローラの物よりももっとふかふかで、より高級なのが直感できた。
怠惰に寝そべったまま、その長い腕を伸ばして
リモコンを手に取り、ボタンを眺める。
その形や大きさ、色から機能を考察し、「電源ボタン」と思われる物を指の腹で軽く押し込む。
すると、大きなスクリーンに光が宿る。
流れたのは、「第4区」での企業ビル爆破事件の中継だった。
炎とネオンが夜の街を照らし、防具に身を包んだレポーターの後ろを血塗れの人がよろめきながら歩いている。
(へえ、「第4区」は治安が良いって師匠言ってたけど、こんなこともあるんだ…)
そんな事を思っていると、ドアをノックする音がした。
開けてみると、そこには人型のロボットが立っていて、夕食を渡してきた。
(どうやって食べるんだろ、これ)
黄色いトロトロしたスープと平たい丸パンを前に、ソウは思案した。
考えた末、まずは別々に食べてみる。
スープは辛く、濃厚で、何やら複雑ないい匂いがする。
だが、単体では塩気が強いと感じられる。
(こっちは…)
パンを千切り、頬張る。
香ばしいが、これだけでは物足りない。
(じゃあこうだ)
千切ったパンにスープを付け、口の中へ運ぶ。
程よい塩気と辛味、しっくりくる食感…
(あ、これだ)
大正解。
風呂に入って暖まり、快適なベッドの上に寝転んだままバラエティ番組を観る。
(合格出来るといいな。だってこんなに快適なんだし)
少年はその鋭敏な五感全てを幸せに包まれ、いつの間にか夢の中へ落ちていった。
午前十時、選手達は広間に集められた。
どうやら、遠方から来た何人かの選手も昨夜は宿舎を利用したらしい。
(幸せな生活、手に入るかな…?)
勿論ソウは「使命」を忘却した訳ではない。
この合否がロキの死の真相への接近や夢の実現の可否を分けるのだ。
ヴィヴィアンとレオンが全員に書類用の小型デバイスを配布する。
「合否と契約内容が記載されています。解散後、合格者は指定された時間にこちらにいらして下さい」
選手達が次々出ていく。
広間の方を振り返り、ルナは安心したように微笑んだ。
広い部屋の中心には、ただ一人、ソウだけが残った。
「で、俺が最初なの?」
指定された時間は十時十分。現在時刻と一致する。
「ああ、そうだ」
ヴィヴィアンが頷く。
「我がクラブでは伝統的に、最優秀合格者が最初に招集される。お前は今回の候補者の中で最も優れていた。だから呼んだんだ」
「どうして?」
ソウの口から出たのは、純粋な疑問の声だった。
「俺よりもルナの方が優秀じゃないの?」
「…確かに、あいつは基礎能力ではお前より一枚上手だ。だが…」
ヴィヴィアンは力強くソウを見つめた。
「お前には他の連中が一生掛かっても手に入れられない特別な能力がある。敵味方の行動を予知して戦況を最適な方向へと導く、というのは現在このクラブでお前だけがなせる芸当だ。そこに私は付加価値を見出した。そういう事だ」
「監督がこんなにべた褒めするなんて、珍しいですよ。ソウさん本当に凄いです」
レオンも笑顔で賞賛をくれる。
こうして、ソウの「デスティニーヒル・ライオンズ」での生活が始まったのだった。
午後六時。
灰色の前髪で左目を隠す小柄な少女:ラエタは部屋で武器の手入れをしていた所を、突如呼び出された。
一人、静かで暗い廊下を歩いて会議室へ向かう。
扉を開けると、強い光に包まれ、見慣れた仲間たちの顔が見えた。
既に全員揃っているようだ。
(一体なんだろ…)
その憂いを帯びたオニキスのような眼を前方に向けた時、瞳に光が宿った。
「今日から我がチームに加わる、ジョーカーのソウとブロウラーのルナだ。仲良くしてやって欲しい」
(あの綺麗な人…!)
交流試合。
彼女のキャリアにおいて、初見の相手の中で初めて攻撃の察知をしてきたソウ。
上半身を翻して反撃を放つその姿は、まるで花弁に包まれて現世に現れた、天使の様だった。
ラエタが胸をときめかせていると、いつの間にか紹介は終わり、解散した。
ラエタはすぐにソウに近付こうとしたが、監督と共に皆と逆方向へ行ってしまったのを見て、少しガッカリした。
でも、憧れの彼がここに来たという事実だけでラエタは満腹だった。
「何が必要だ?」
空中に何枚ものホログラムが投影された部屋、通称「管理室」にてヴィヴィアンが問いかけてくる。
「それは、これからの戦闘で必要な備品という事ですか?」
ルナが質問する。
「そうだ。ここに来たのは在庫と保存状態を確認する為だ。もし今DHLに無くてもお前が欲するなら購入、何なら特注だって検討してやろう」
ソウ、ルナは少なくともチームに馴染むまでは二軍だが、ヴィヴィアンは二人の一軍への昇格にも意欲的だ。
ここでも手厚いフォローをしてくれる。
「俺は大丈夫」
ソウは答えた。
「契約で『備品の所有者は選手』って決まってたから、向こうから一式持ってきた」
お前は? とルナの方を向いて一瞬顎を上げる。
「そうですね…」
ルナは数々の希望する装備を挙げていった。
「いいのか? もう一段性能が上の物も買えるぞ」
「そうですか、ですが、まずはかつて使用していた装備で様子を見たいのです」
監督の目が、鋭く光る。
「高級品をねだると気が引けるか?」
ルナはそう言われて、明らかに驚いた。
「そう、ですね。よく分かりましたね…」
「人を観るのは得意なものでな。…安心しろ、お前の元居た所よりも二十倍以上資本がある。お前が何を買おうと痛くない」
「そうですか、でしたら少し考えさせて下さい…」
「今日の練習はどうする?」
そう。これから三十分程度、所属選手との合同練習試合があるのだ。
「今日はこれを使わせて貰いたいです」
ルナはMLKでのそれに良く似た装備達を指定した。
「レオンが案内するから、先行っていろ。ルナの装備はすぐに向こうに配達する」
「了解」
「わかった」
廊下ではヴィヴィアン言う通りレオンが待機していて、二人を練習会場である、あの大きなドームの中へと導いた。
ドームの中には既に参加者が揃っていた。
ドームは殆どスタディウムと同規模で、模擬試合には打って付けだ。
ガシッ…ガシッ…
物音に振り返ると、そこには昨日の人型ロボットが立っていた。
ロボットは挨拶をして荷物を置き、去っていった。
ソウとルナはそれぞれ着替えた。
今回の参加者はソウ、ルナ、それからマークとラエタ。
「今回のチームを発表します」
後からやって来た監督の横で、レオンが言う。
「今回の練習では近接攻撃と遠距離攻撃の連携、同時に初めて組む相手との連携を磨いて頂く為…」
「ルナとマーク、ラエタとソウでやって貰う」
ヴィヴィアンにそう告げられた時、ラエタは思わず目を見開いた。
そんなラエタの元に、ソウが自らやって来る。
「俺ソウ、よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします。ラエタです…」
隣に並んで思わずニヤけるが、こうしては居られない。
「あの…」
ラエタはこの「憧れの人」の為に、自分の出来る最大限の協力をしようと思った。
「何?」
「今回の作戦、なんですけど…」
ヴィヴィアンが座り、レオンが電子ゴングを鳴らす。
試合が始まった。
開始早々、ソウはルナに一射放った。
「甘い!」
ルナは当然の如くレイピアで撃墜し、一気に近づいてくる。
反応して、ソウは距離をとる為に「横へ」走り出す。
マークの視界の中に突如ソウが出現する。
マークはすぐさま照準をソウに当てて発砲し、正確に額を撃ち抜く。
ソウは首と上半身を素早く後ろに反り、何とか回避する。
すると、追い付いたルナが体重の乗った素早い突きを繰り出し、ソウの腹に直撃する。
ソウ、バリア49%消失
だが、ソウは構わずマークに向けて反撃の一矢を飛ばす。
なんて事ない。
マークは地面に伏せて危なげなく回避する。
…その時だった。
マークはその鋭い感覚で、背後に立つ真っ黒な影を感じた。
振り向いた時にはもう遅い。ラエタはマークのうなじに短剣を突き刺していた。
「…やられたぜ」
マークは散った。
ソウはラエタの様子を密かに一瞥し、地面をドッと強く蹴って、一気に遠く後方へと跳び退いた。
ルナはその後を追おうとしたが、ソウの顔を見て、寸前で動作を止めた。
「なるほどな」
そう言うと、身体ごといきなり振り向き、突きを見舞った。
「わっ」
ラエタは辛うじて反応でき、後方にくるりと宙返りして避けた。
「危なかった。今回はお前の相方の視線の動きで分かったが、技術次第ではここまで気配を消せる物なのだな」
やはりルナは紛うことなき剣鬼。
だが敵による軽い仕切り直しに出会っても、ソウは殆ど動じなかった。
素早く弓を構え、未来を全て見透かしたような平静さで射撃する。
矢は水平方向の弧を描きながら突き進む。
普通なら矢をしっかりと捕捉し、剣を用いた精密な防御を行うルナだが、死角の住人:ラエタへの牽制は欠かせない。
苦しげな表情。
苦肉の策として、矢と逆方向に走りながら、首を回して一瞬だけ矢の位置を確認する。
そのたった一瞬。
時間にして0.42秒。
ラエタは音もなく加速して一気に視覚外に消え去り、ルナの脊椎、そこに渾身の一撃を放つ。
「あっ…!?」
驚愕の表情で後方を見る。
ルナ、バリア100%喪失。
「今回の作戦、なんですけど…」
「何?」
「私の得意なこと、もしかして知ってくださっていますか?」
「うん。知ってる。死角に隠れるやつでしょ?」
(見てくださっているんだ…!)
ラエタの顔がパッと明るくなる。
「試合映像は何回か見たからね。それに、色んな人から君たちの情報はもらったんだ」
「でしたら話、早いです。私は練習でマークと何回も戦った事、あります。だから、マークにはもう私の得意なこと、通じません。そこでソウ様のお力、お借りしたいです。いい方法、ないですか?」
「君が自由に行動する為には、注意を引き付けることが必要なんでしょ? だったら俺、マークがいつもの調子を崩して君を見逃すくらい引き付ける。でもやるからには絶対に自分のスタイルを崩しちゃ駄目。作戦が上手く行かなくなっちゃうから」
情報不足の為に、ソウはラエタの「例外」について詳しくはない。
…ただ裏を返せば、それはラエタの「仕事」の成功率が常識外れに高い事を意味していた。
ソウの中には、このほぼ初対面のミステリアスな少女に対する、「得意な土俵に持ち込むことさえできれば、確実に勝利をもぎ取ってくれる」という確かな信頼があった。
ヴィヴィアンは終始静かに座って観ていた。
「レオンよ」
彼女は確信していた。
「ラエタとソウは必ず併用する。あいつらの潜在能力を引き出すにはそれが最適だ」
「やったじゃん」
「はい!」
ラエタは頬を紅潮させた嬉々とした表情でソウを仰ぎ見た。
その目には「憧れとの共演」と共に、今まで秘匿されていたらしい自らの可能性を垣間見た喜びも交ざって光っていた。
向こうで安座しているマークも、仲間の成長を密かに喜んでいた。
「お前たち」
汗をハンカチで拭いながら、ルナが笑顔で近付いてくる。
「お前たち、本当にすごいじゃないか。額のこれは冷や汗だぞ」
「ありがと。でもルナもすごいよ」
ソウの返答に、ルナは首を振った。
「いや、私はお前達の術中に嵌まり、途中から後手に回るしか無くなった。今回に関してはお前達が勝つべくして勝ったんだ。戴冠したように気高くあれ」
甘美な称賛の雨に打たれ、ソウの目は希望に燦めいた。
DHLから授けられた「最優秀合格者」の肩書が、今になって実感を伴ってきた。
同時にラエタもこの称賛の対象になっている。
そう、彼の作戦に彼女は不可欠だった。
「ラエタ、また俺と組んでくれる?」
「ソウ様。あなたのお役に立てるなら喜んでまた貴方と恊働、します」
「うん。ありがと」
二人は運命的な出会いを果たした。
また、ソウは本日からDHLの一員となった。
物語の歯車が回転し始める。
「来い。今日だけ選手寮の一室を貸してやる」
ヴィヴィアンに助けられた。
今のソウに帰る場所は無いからだ。
「だが、選手や職員との接触が審査に影響を与えないとも限らない。必要な物はやろう、だから部屋から出るな」
「わかった」
ソウはカードキーを受け取って「001」号室のドアを開けた。
全てが広い。
それに、洗面所、風呂、便所、寝室に人生初のテレビまで、全て揃っている。
ソウはあの時のようにベッドにダイブした。
ベッドはカローラの物よりももっとふかふかで、より高級なのが直感できた。
怠惰に寝そべったまま、その長い腕を伸ばして
リモコンを手に取り、ボタンを眺める。
その形や大きさ、色から機能を考察し、「電源ボタン」と思われる物を指の腹で軽く押し込む。
すると、大きなスクリーンに光が宿る。
流れたのは、「第4区」での企業ビル爆破事件の中継だった。
炎とネオンが夜の街を照らし、防具に身を包んだレポーターの後ろを血塗れの人がよろめきながら歩いている。
(へえ、「第4区」は治安が良いって師匠言ってたけど、こんなこともあるんだ…)
そんな事を思っていると、ドアをノックする音がした。
開けてみると、そこには人型のロボットが立っていて、夕食を渡してきた。
(どうやって食べるんだろ、これ)
黄色いトロトロしたスープと平たい丸パンを前に、ソウは思案した。
考えた末、まずは別々に食べてみる。
スープは辛く、濃厚で、何やら複雑ないい匂いがする。
だが、単体では塩気が強いと感じられる。
(こっちは…)
パンを千切り、頬張る。
香ばしいが、これだけでは物足りない。
(じゃあこうだ)
千切ったパンにスープを付け、口の中へ運ぶ。
程よい塩気と辛味、しっくりくる食感…
(あ、これだ)
大正解。
風呂に入って暖まり、快適なベッドの上に寝転んだままバラエティ番組を観る。
(合格出来るといいな。だってこんなに快適なんだし)
少年はその鋭敏な五感全てを幸せに包まれ、いつの間にか夢の中へ落ちていった。
午前十時、選手達は広間に集められた。
どうやら、遠方から来た何人かの選手も昨夜は宿舎を利用したらしい。
(幸せな生活、手に入るかな…?)
勿論ソウは「使命」を忘却した訳ではない。
この合否がロキの死の真相への接近や夢の実現の可否を分けるのだ。
ヴィヴィアンとレオンが全員に書類用の小型デバイスを配布する。
「合否と契約内容が記載されています。解散後、合格者は指定された時間にこちらにいらして下さい」
選手達が次々出ていく。
広間の方を振り返り、ルナは安心したように微笑んだ。
広い部屋の中心には、ただ一人、ソウだけが残った。
「で、俺が最初なの?」
指定された時間は十時十分。現在時刻と一致する。
「ああ、そうだ」
ヴィヴィアンが頷く。
「我がクラブでは伝統的に、最優秀合格者が最初に招集される。お前は今回の候補者の中で最も優れていた。だから呼んだんだ」
「どうして?」
ソウの口から出たのは、純粋な疑問の声だった。
「俺よりもルナの方が優秀じゃないの?」
「…確かに、あいつは基礎能力ではお前より一枚上手だ。だが…」
ヴィヴィアンは力強くソウを見つめた。
「お前には他の連中が一生掛かっても手に入れられない特別な能力がある。敵味方の行動を予知して戦況を最適な方向へと導く、というのは現在このクラブでお前だけがなせる芸当だ。そこに私は付加価値を見出した。そういう事だ」
「監督がこんなにべた褒めするなんて、珍しいですよ。ソウさん本当に凄いです」
レオンも笑顔で賞賛をくれる。
こうして、ソウの「デスティニーヒル・ライオンズ」での生活が始まったのだった。
午後六時。
灰色の前髪で左目を隠す小柄な少女:ラエタは部屋で武器の手入れをしていた所を、突如呼び出された。
一人、静かで暗い廊下を歩いて会議室へ向かう。
扉を開けると、強い光に包まれ、見慣れた仲間たちの顔が見えた。
既に全員揃っているようだ。
(一体なんだろ…)
その憂いを帯びたオニキスのような眼を前方に向けた時、瞳に光が宿った。
「今日から我がチームに加わる、ジョーカーのソウとブロウラーのルナだ。仲良くしてやって欲しい」
(あの綺麗な人…!)
交流試合。
彼女のキャリアにおいて、初見の相手の中で初めて攻撃の察知をしてきたソウ。
上半身を翻して反撃を放つその姿は、まるで花弁に包まれて現世に現れた、天使の様だった。
ラエタが胸をときめかせていると、いつの間にか紹介は終わり、解散した。
ラエタはすぐにソウに近付こうとしたが、監督と共に皆と逆方向へ行ってしまったのを見て、少しガッカリした。
でも、憧れの彼がここに来たという事実だけでラエタは満腹だった。
「何が必要だ?」
空中に何枚ものホログラムが投影された部屋、通称「管理室」にてヴィヴィアンが問いかけてくる。
「それは、これからの戦闘で必要な備品という事ですか?」
ルナが質問する。
「そうだ。ここに来たのは在庫と保存状態を確認する為だ。もし今DHLに無くてもお前が欲するなら購入、何なら特注だって検討してやろう」
ソウ、ルナは少なくともチームに馴染むまでは二軍だが、ヴィヴィアンは二人の一軍への昇格にも意欲的だ。
ここでも手厚いフォローをしてくれる。
「俺は大丈夫」
ソウは答えた。
「契約で『備品の所有者は選手』って決まってたから、向こうから一式持ってきた」
お前は? とルナの方を向いて一瞬顎を上げる。
「そうですね…」
ルナは数々の希望する装備を挙げていった。
「いいのか? もう一段性能が上の物も買えるぞ」
「そうですか、ですが、まずはかつて使用していた装備で様子を見たいのです」
監督の目が、鋭く光る。
「高級品をねだると気が引けるか?」
ルナはそう言われて、明らかに驚いた。
「そう、ですね。よく分かりましたね…」
「人を観るのは得意なものでな。…安心しろ、お前の元居た所よりも二十倍以上資本がある。お前が何を買おうと痛くない」
「そうですか、でしたら少し考えさせて下さい…」
「今日の練習はどうする?」
そう。これから三十分程度、所属選手との合同練習試合があるのだ。
「今日はこれを使わせて貰いたいです」
ルナはMLKでのそれに良く似た装備達を指定した。
「レオンが案内するから、先行っていろ。ルナの装備はすぐに向こうに配達する」
「了解」
「わかった」
廊下ではヴィヴィアン言う通りレオンが待機していて、二人を練習会場である、あの大きなドームの中へと導いた。
ドームの中には既に参加者が揃っていた。
ドームは殆どスタディウムと同規模で、模擬試合には打って付けだ。
ガシッ…ガシッ…
物音に振り返ると、そこには昨日の人型ロボットが立っていた。
ロボットは挨拶をして荷物を置き、去っていった。
ソウとルナはそれぞれ着替えた。
今回の参加者はソウ、ルナ、それからマークとラエタ。
「今回のチームを発表します」
後からやって来た監督の横で、レオンが言う。
「今回の練習では近接攻撃と遠距離攻撃の連携、同時に初めて組む相手との連携を磨いて頂く為…」
「ルナとマーク、ラエタとソウでやって貰う」
ヴィヴィアンにそう告げられた時、ラエタは思わず目を見開いた。
そんなラエタの元に、ソウが自らやって来る。
「俺ソウ、よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします。ラエタです…」
隣に並んで思わずニヤけるが、こうしては居られない。
「あの…」
ラエタはこの「憧れの人」の為に、自分の出来る最大限の協力をしようと思った。
「何?」
「今回の作戦、なんですけど…」
ヴィヴィアンが座り、レオンが電子ゴングを鳴らす。
試合が始まった。
開始早々、ソウはルナに一射放った。
「甘い!」
ルナは当然の如くレイピアで撃墜し、一気に近づいてくる。
反応して、ソウは距離をとる為に「横へ」走り出す。
マークの視界の中に突如ソウが出現する。
マークはすぐさま照準をソウに当てて発砲し、正確に額を撃ち抜く。
ソウは首と上半身を素早く後ろに反り、何とか回避する。
すると、追い付いたルナが体重の乗った素早い突きを繰り出し、ソウの腹に直撃する。
ソウ、バリア49%消失
だが、ソウは構わずマークに向けて反撃の一矢を飛ばす。
なんて事ない。
マークは地面に伏せて危なげなく回避する。
…その時だった。
マークはその鋭い感覚で、背後に立つ真っ黒な影を感じた。
振り向いた時にはもう遅い。ラエタはマークのうなじに短剣を突き刺していた。
「…やられたぜ」
マークは散った。
ソウはラエタの様子を密かに一瞥し、地面をドッと強く蹴って、一気に遠く後方へと跳び退いた。
ルナはその後を追おうとしたが、ソウの顔を見て、寸前で動作を止めた。
「なるほどな」
そう言うと、身体ごといきなり振り向き、突きを見舞った。
「わっ」
ラエタは辛うじて反応でき、後方にくるりと宙返りして避けた。
「危なかった。今回はお前の相方の視線の動きで分かったが、技術次第ではここまで気配を消せる物なのだな」
やはりルナは紛うことなき剣鬼。
だが敵による軽い仕切り直しに出会っても、ソウは殆ど動じなかった。
素早く弓を構え、未来を全て見透かしたような平静さで射撃する。
矢は水平方向の弧を描きながら突き進む。
普通なら矢をしっかりと捕捉し、剣を用いた精密な防御を行うルナだが、死角の住人:ラエタへの牽制は欠かせない。
苦しげな表情。
苦肉の策として、矢と逆方向に走りながら、首を回して一瞬だけ矢の位置を確認する。
そのたった一瞬。
時間にして0.42秒。
ラエタは音もなく加速して一気に視覚外に消え去り、ルナの脊椎、そこに渾身の一撃を放つ。
「あっ…!?」
驚愕の表情で後方を見る。
ルナ、バリア100%喪失。
「今回の作戦、なんですけど…」
「何?」
「私の得意なこと、もしかして知ってくださっていますか?」
「うん。知ってる。死角に隠れるやつでしょ?」
(見てくださっているんだ…!)
ラエタの顔がパッと明るくなる。
「試合映像は何回か見たからね。それに、色んな人から君たちの情報はもらったんだ」
「でしたら話、早いです。私は練習でマークと何回も戦った事、あります。だから、マークにはもう私の得意なこと、通じません。そこでソウ様のお力、お借りしたいです。いい方法、ないですか?」
「君が自由に行動する為には、注意を引き付けることが必要なんでしょ? だったら俺、マークがいつもの調子を崩して君を見逃すくらい引き付ける。でもやるからには絶対に自分のスタイルを崩しちゃ駄目。作戦が上手く行かなくなっちゃうから」
情報不足の為に、ソウはラエタの「例外」について詳しくはない。
…ただ裏を返せば、それはラエタの「仕事」の成功率が常識外れに高い事を意味していた。
ソウの中には、このほぼ初対面のミステリアスな少女に対する、「得意な土俵に持ち込むことさえできれば、確実に勝利をもぎ取ってくれる」という確かな信頼があった。
ヴィヴィアンは終始静かに座って観ていた。
「レオンよ」
彼女は確信していた。
「ラエタとソウは必ず併用する。あいつらの潜在能力を引き出すにはそれが最適だ」
「やったじゃん」
「はい!」
ラエタは頬を紅潮させた嬉々とした表情でソウを仰ぎ見た。
その目には「憧れとの共演」と共に、今まで秘匿されていたらしい自らの可能性を垣間見た喜びも交ざって光っていた。
向こうで安座しているマークも、仲間の成長を密かに喜んでいた。
「お前たち」
汗をハンカチで拭いながら、ルナが笑顔で近付いてくる。
「お前たち、本当にすごいじゃないか。額のこれは冷や汗だぞ」
「ありがと。でもルナもすごいよ」
ソウの返答に、ルナは首を振った。
「いや、私はお前達の術中に嵌まり、途中から後手に回るしか無くなった。今回に関してはお前達が勝つべくして勝ったんだ。戴冠したように気高くあれ」
甘美な称賛の雨に打たれ、ソウの目は希望に燦めいた。
DHLから授けられた「最優秀合格者」の肩書が、今になって実感を伴ってきた。
同時にラエタもこの称賛の対象になっている。
そう、彼の作戦に彼女は不可欠だった。
「ラエタ、また俺と組んでくれる?」
「ソウ様。あなたのお役に立てるなら喜んでまた貴方と恊働、します」
「うん。ありがと」
二人は運命的な出会いを果たした。
また、ソウは本日からDHLの一員となった。
物語の歯車が回転し始める。
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タイムマシンによる時間航行が実現した近未来、大国の首脳陣は自国に都合の良い歴史を作り出すことに熱中し始めた。歴史学者である私の書いた論文は韓国や中国で叩かれ、反日デモが起る。豊臣秀吉が大陸に侵攻し中華帝国を制圧するという内容だ。学会を追われた私に中国の女性エージェントが接触し、中国政府が私の論文を題材として歴史介入を行うことを告げた。中国共産党は織田信長に中国の侵略を命じた。信長は朝鮮半島を蹂躙し中国本土に攻め入る。それは中華文明を西洋文明に対抗させるための戦略であった。
もうひとつの歴史を作り出すという思考実験を通じて、日本とは、中国とは、アジアとは何かを考えるポリティカルSF歴史コメディー。
天使の隣
鉄紺忍者
大衆娯楽
「駅伝」の面白さをもっと広めたい!
書籍化・アニメ化めざして各出版社にウリコミ中ですっ!
(2025.2.13)
人間の意思に反応する『フットギア』という特殊なシューズで走る新世代・駅伝SFストーリー!レース前、主人公・栗原楓は憧れの神宮寺エリカから突然声をかけられた。慌てふためく楓だったが、実は2人にはとある共通点があって……?
みなとみらいと八景島を結ぶ絶景のコースを、7人の女子大生ランナーが駆け抜ける!
「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)
あおっち
SF
脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。
その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。
その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。
そして紛争の火種は地球へ。
その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。
近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。
第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。
ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。
第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。
ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。
彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。
本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。
是非、ご覧あれ。
※加筆や修正が予告なしにあります。
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