グラディア(旧作)

壱元

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第一章

01-12「ヘイト」前編

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 スタディウムの屋根は観客の歓声に震え、割れんばかりだった。

トクスは笑顔で手を振って応えた。

その時、ぬるいものが頬に飛んだ。

短剣との摩擦で右掌の皮が破け、知られぬうちに流血していたのだ。

慌てた様子で右手を押さえながら、勝者は暗闇の中に消えていった。


 突きを足裏に受け、その容態で駆け回った事に起因する足首の小規模な骨折。

右掌の裂傷及び出血。

さらに、パールの杖は破損し、本人も手首を捻挫してしまっている。

「今回の大会にはもう出場できない」

その言葉を病院で聞いた時、あまり二人は動揺しなかった。

ただ、「監督、次回からもう少し選手の人数を増やしたほうがいいですね」と口を揃えて言った。

「むむ、経費削減の為に人数を最低限にしたのはミスだったのか」

会議室のソファに腰掛け、顎を撫でながらジュピターが唸る。

「はあ」

呆れた様子でミナーヴァが近づき、机を両手でバンと叩き、

「あたりまえでしょ!」

と叫んだ。

周囲の仲間たちの視線が一気に集まる。

ジュピターは娘の態度にたじたじだ。

「最初に言ったでしょ、最低でも10人くらいは集めようって! どうしてそうしなかったのよ!!」

ソウはミナーヴァの糾弾を聞き、心中に引っかかっていたものがすっと消えた。

考えてみれば、不可解だったのだ。

だが相手は反論となるカードを所持していた。

「それは…」

ジュピターは落ち着き払って答えた。

「ソウ君という思わぬ逸材が見つかったから、なんとかなると思ったんだ」

それを聞いた時、ミナーヴァは心に直接刃を突きつけられたかの様な気がした。

脳は冷たくなり、次に放とうとした言葉は抜け落ちてしまった。

ジュピターに向けられた苛立ちも「それ」と根本を共有する感情であったが、もはや彼女の様子はささくれているとは言えなかった。

「くっ」

ミナーヴァは一瞬悔しそうに震えると、無言で踵を返し、ずかずかと歩いて行ってしまった。


 第九試合、GCチョップ VS デスティニーヒル・ライオンズ

GCチョップからはコブラと雪冬兄弟が出ていた。

対するはダンテ、ジュカイ、マーク。

試合が開始すると、ダンテとジュカイが左右から迫る雪冬兄弟と対峙し、弾丸を躱しながら攻撃を繰り出し、じわじわと追い詰める。

すると、雪峰は冬宇にとって、冬宇は雪峰にとって、といったように、自分の兄弟の襲い手を射撃した。

ジュカイは回避、ダンテは武器である大剣を使用した防御で迎える。

その時、コブラが動き出しマークの射撃からしっかり身を守りながらダンテに体当たりする。

次の瞬間、ダンテはコブラの盾を堂々と突き刺し、なんと押し返した。

冬宇は銃を構えるが、ダンテに一跳びで急接近され、十字に切り刻まれた。

そのまま彼は退場したが、コブラに攻撃のチャンスを遺した。

コブラはダンテを突き刺した。

攻撃はダンテの身体を浅く切り裂き、そのバリアを毒した。

ダンテは楽しそうに笑ったと思うと、コブラの盾を滅多刺しにし、そのバリア残量を凄まじい速度で削った。

コブラは焦って至近距離で盾を発射した。

ダンテは直撃を受けたが、運が良いようでパールと同様に倒れた盾に挟まれる、なんてことにはならなかった。

ただ驚くべきなのは、ダンテは攻撃を受けてもピンピンしていて、実際バリアはたったの20%程しか失われなかったということだ。

ダンテは素早く立ち上がり、コブラに素早く近付いた。

コブラは後ろ向きに走ってダンテから遠ざかるが、マークに撃たれて怯み、その時右から走り込んできたジュカイに首を突き刺されて沈黙した。

 GCチョップ 0ー3 デスティニーヒル・ライオンズ


 資料の再生時間が尽きると同時に、GCカローラに静かな絶望が広がった。

あれほどの強敵であったGCチョップがまるで子供扱い。

「こんなの、どうやって勝てって言うのよ…」

思わず、ミナーヴァが本心を吐露する。

普段は勝ち気なウィルも、この時だけは黙っていた。

「監督」

レインがジュピターに話しかけた。

「仮にあいつらに敗けたら、僕達はどうなるんですか?」

「ああ…」

ジュピターはスクリーンを操作し、リーグ表を見せた。

現在の合計得点:

・DHL:9

・カローラ:6

・チョップ:6

・MLK:2

・BTI:0

「もし、次の試合で敗けたら…」

「得点がGCチョップと並ぶことになりますね」

「そうだ」

「並んだらどうなります?」

「二位を決定する為にカローラとチョップの間で試合が行われる。勝ったほうが進出することになる」

「じゃあ…」とミナーヴァが入ってくる。

「DHLと戦うより、まだチョップと戦う方が勝機があるのだから、明日の戦いはわざと負けて、チョップ戦に備えたほうが…」

「馬鹿にしてんですか?」

レインが立ち上がり、ミナーヴァをギロリと睨んだ。

とても仲間に向けていい眼差しではなかった。

「ここで敗けたら、アイツに…ジュカイに、嘲笑われます。僕はそれが嫌だ。死んでも嫌だ。あの外道を殺すためだったら、僕はなんだってやるつもりだ」


 レインとジュカイはクラブチームにスカウトされるまで、都市の中でも豊かな「第3区」に存在する「ノクターン大学」スポーツ科学学部、グラディア学科の学生であった。

当時はジュカイが17歳、レインが15歳で仲は睦まじかった。

そしてその二人の間には、サンデイという女子学生が居た。

彼女もグラディア学科の所属で、彼ら三人は友人として極めて深い絆で結ばれていた。

 しかしある時、彼らの間柄は脆くも崩れ去った。

様々な有名クラブの下部組織が選手のスカウトに来ていた。

特にグラディア学科在籍の生徒に対する打診は盛んで、レイン、ジュカイ、そしてサンデイにも例外なくその話はやって来た。

サンデイは学業を優先したいと即座に断ったが、残り二人はデスティニータウン・ライオンズの入団テストを受けてみることにした。

 入団テスト、最終試験まで到達した二人。

そこで事件は発生した。

最終試験では残った受験生6人に同時に訓練用のロボットとの戦いに参加してもらい、その討伐数上位3人との契約を行うとのことだった。

そこでレインは何故かジュカイからの妨害を何度も被った。

レインが不当性を訴え、理由を尋ねても返事は帰ってこなかった。

やがてレインは一体も討伐できず、当惑に呑まれたままスタディウムを去った。

悲劇は続く。

 学校を中退したジュカイとの関係は途絶え、レインとサンデイはだんだんと親密になっていった。

それはほとんど恋心とさえ形容できる程になり、二人で出かけることも多くなってきた頃、サンデイがジュカイから半年ぶりにメールを受け取り、約束して二人きりで沢へ遊びに行った。

そして帰ってこなかった。

「第3区」には保安組織が存在する。

警察はジュカイの証言と現場検証の末に、サンデイは不運にも足を滑らせ、溺死したと断定した。

メールを使って問い詰めても、ジュカイは沈黙を貫いていた。


レインはいつの間にか監督にその焦点を移していた。

「あいつを殺れなきゃ、僕は他区の有名クラブからの誘いを蹴ってまでここに入った意味がないんです。それに、これはカローラがメジャーチームになる為の絶好の好機なんです。ここで諦めるなんて、皆さんの頭の中は空っぽなんですか?」

「わかった」

監督が、深く首を縦に振った。

「じゃあ、レイン君の要求を満たす為に、DHLに勝つために、どうすればいいか考えよう」

「ありがとうございます。では監督、今からアポを取ってGCチョップの選手たちにダンテとジュカイについて感想を聞いて下さい。実際に戦った人の感想は有益です」

「それぐらいでいいなら…」

「ああ、それと…」

レインは監督と真っ直ぐ目を合わせた。

「今回こそ『あれ』を使わせてもらいますよ」

「わかった。倉庫から出しておくよ」

 カローラ監督はすぐにGCチョップに電話を掛け、許可を得た。

「私達も行きます!」

怪我で練習に参加できないパールとトクスは、訪問に同行することにした。

その間、明日出場する可能性のある四人はスタディウムに集合し、合同練習をすることにした。

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