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第一章
01-09「同胞と千金」
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第一試合、GCカローラ 3-0 ムーンライト・ナイツ
第二試合、デスティニーヒル・ライオンズ 3-0 ブロックタウン・インパルス
第三試合、ムーンライト・ナイツ 3-0 GCチョップ
第三試合は苛烈を極めた。
GCチョップはDHLに次ぐとされる強力なチーム。
結成されて10年弱だが、画期的な経営方法で強力な選手を多数獲得し、一気に名門としてその名を馳せた。
だがそのGCチョップに対してムーンライト・ナイツは最後まで粘り強く抗戦し、ルナが敵のエース格、役割:ディフェンダーのコブラを後少しで仕留めるところまで行った。
残念ながら彼女は他の敵に討たれてしまったが、意地を見せたと言えよう。
そして本日の第四試合。
出場メンバーはトクス、レイン、パール。
相手はブロウラーのケン、レンジャーのアリサ、サポーターのウィレム。
試合開始早々、ケンはトクスに切りかかった。
トクスはそれを避けると、一瞬で逆方向に移動して畳み掛けた。
パールが攻撃威力強化でトクスを支援し、トクスはバリアを消耗しながらも敵を撃破することができた。
また、その間アリサがパールに放つ矢をレインが全て受け止めた。
だがそれでバリアの大半を使い果たしてしまい、トクスがアリサを征伐したときには既に退場していた。
残ったウィレムをトクスがフィールドの隅に追い込んで仕留め、GCカローラは2-0で試合を制した。
午前十一時。
会議を終え、選手たちは解散するところだった。
「みんな」
ミナーヴァの呼びかけに彼らは振り返った。
「この後、みんなでちょっと遊ばない?」
唐突に思える提案だが、パールやウィルには根回しをしてあった。
四日前、ミナーヴァとパールがジムでのトレーニングを終え、一緒にシャワーを浴びている時に発想されたものであった。
思い返せば、彼らは互いのことをよく知らない。特に、ソウについては誰もがほとんど全くの無知だ。
だが、同じチームとしてこれから長い時間を共に過ごす仲間とは、互いのことを理解し合っていたい。
そんな具合で、一同は近くの大型商業施設にやって来た。
「じゃあ僕は別の所にいるから、後は楽しんで」
ジュピターはミナーヴァにクレジットカードを預けると、笑顔で手を振って見送った。
まずは腹ごしらえだ。
「どこに行きたいですか?」
パールが一同に優しく問いかける。
「やっぱり肉だろ、お前ら」
とウィルが周りを見回す。
「賛成な方は手を上げてください」
同意は得られなかった。
「どうしてだよ、肉うまいだろお前ら!?」
「いや…」
トクスが意見を述べる。
「色々な物が安く食べられるファミリーレストランのほうがいいんじゃないかな」
みんなが口々に賛成と言った。
「ウィルさん、どうですか?」
ウィルは黙っていた。だが、とうとう口を開く。
「いいぜ、でも俺はそこで肉を食うけどな!」
全員が一応は同意し、二階のファミリーレストラン「トレバーズ・フードパーク」に入店した。
しばらくの待ち時間を終え、子供たちはテーブル席に並んだ。
「どれにする?」
「これがいい」
そんな会話が繰り広げられ、いつの間にかソウ以外は注文を心に決めていた。
「ソウ、決まった?」
隣のトクスが問いかける。
文字は完璧に読める。
だが、その単語も写真も、その奥にある味わいも読み取ることさえ出来なかった。
「じゃあ、トクスと同じのにする」
かつての彼なら手当たり次第に望んだであろう物すべてが画面一面に広がっている。
その中から贅沢にも、今の、彼にとっての「一番」を選抜したかった。
故に、これは苦肉の策だった。
色とりどりの料理たちが順番に運ばれ、テーブルに並ぶ。
今になっても目移りしてしまう。
「ほらソウ、来たよ」
トクスの声にふと視点を戻されると、手元には丸く守られた黄色の飯があった。
具材には野菜や海老や鶏肉が見られ、隣には桃色の揚げ煎餅が乗っかっている。
「これ、何?」
「ナシ・ゴレン。ちょっとここじゃ珍しい料理だから、知らないよね」
トクスに教えられて、ぎこちなく食べ始めた。
しかし、すぐに匙が止まらなくなった。
うまい、うまいとがっつくソウを、トクスとミナーヴァは嬉しそうに見ていた。
腹ごしらえは終わった。
「次、どこ行く?」
ミナーヴァの一声に、皆が口々に呼応する。
満腹のソウは、不意に僅かに膨らんだ腹をさすり、そこに目をやった。
その時、偶然にもだらしなく首元が伸び切ったTシャツが目に入った。
なんだか他のみんなよりも貧しく見える。
今は金持ちなんだから、買える物は買いたい。
「俺、服を買いたい」
「服?」
ミナーヴァは意外そうにソウの顔を見た。
そして、その視線を下へと落としていく。
布が伸び切って黒く変色した、紫色の安いTシャツ。
「いいわ、私は賛成する」
「服?」
その後少し揉めたが、最終的にはまた全員が合意に落ち着き、大手「エクセル・クロージング・ウェアハウス」のコーナーに入っていった。
この世界のアパレル店というのは本物を飾らない。
ホログラムと二次元コードで商品の質感や試着の様を巧みに表現し、購入を宣言してから客に実物を進上する手法で訪れる者を満足させている。
支給のデバイス片手にソウはいくつか気に入ったとりどりの品々のデータを読み取り、長方形の大型モニターの前に立った。
立ち所に新しい服を着た己の姿が映る。
無意識のうちにソウは自分の身体を見下ろす。
だがそこには見劣りする古臭い「旧友」たちが見えるだけだった。
ソウは胸をときめかせ、この摩訶不思議な液晶の中で色々試してみた。
偶然彼の後ろを抜けたミナーヴァがぎょっとする。
「ちょっと! ダサすぎるわ!」
心無い言葉の奇襲を受けてしまったソウは、思わず「えっ?」と上半身ごと振り向いた。
むしろ、この生地が伸びた服同士のコンビネーションのほうがミナーヴァにとってはマシにさえ思えた。
ミナーヴァは決心した。
「あたしがコーディネートするわ!」
ミナーヴァはあれこれソウに試着させた。
そのうちソウは完全に彼女に任せるようになった。
「さあ、どれにする?」
最終決定は本人にさせようという思想のもとミナーヴァが問いかけてくる。
「君が選んだの、全部でいいや」
投げやりな返答のソウに、ミナーヴァの感情は荒んだ。
だが、ごく最近芽生えた彼に対する理解が荒波を押し留めた。
「ふん、わかったわ」
ミナーヴァは「貸して」とソウからデバイスを奪い取り、そのデータを自分の元に手早く転送完了した。
他の面子は自主的にミナーヴァのデバイスにデータを送り、満足して戻ってきた。
「じゃあ買うわね、いいの?」
全員がはっきり頷いた。
ミナーヴァが店員にデータを送信し、会計を済ませた。
購入した衣類は後日GCカローラに届く。
6人は店を後にした。
今日は十分に交流できた。
ソウは、この日初めて友達が出来たと思った。
車に乗っている間、ソウは友達に混ざってジュピターに本日の出来事と感想を楽しげに述べていた。
ジュピターもその様子を目の当たりにして安心した。
帰舎後、夕食を摂り、自室へと戻ろうとしていたソウを、ジュピターが誘う。
「ちょっと僕と話をしよう」
二階のバルコニー。手すりに軽くよりかかりながら、ジュピターはソウに話始める。
「今日は楽しんでもらえたみたいだね。みんなとは仲良くやっているようで安心したよ」
「うん」
「ミナーヴァとも仲良くやれているかい? あいつは少々気が強いから迷惑をかけたと思うが、その点については申し訳ないと思っているよ」
「いや、大丈夫。ミナーヴァとも仲はいいよ。今日は俺のために服選んでくれたし」
「そうかい、そうなんだな。なら本当に良かったよ」
ジュピターは心地よい安心感に包まれ、一旦話を止めた。
だから、ソウはジュピターに対して以前より抱いていた疑問をぶつけてみることにした。
「ねえ監督、訊いてもいい?」
「なんだい? 言ってごらん」
ここからも見下ろせる一面天然芝の庭、最新器具を備えたジム、見たこともない便利な日用品の数々が順に思い浮かぶ。
「監督って、金持ちなんだよね」
「まあ、並よりはお金を多く持っているとは思うよ」
「でも俺がシャワー浴びていた時、トクスがお湯を無駄遣いするなって言ってきたんだ。水道代がかかって監督を怒らせるからだって。お金があるのに、なんで怒るの? 監督はけちんぼなの?」
「なるほどね」
ジュピターの口元は余裕げに緩んでいた。
「その質問にお答えするには、まず僕の出自について語らないとだな」
「そうなの?」
「うん。長くなるが、それでもいいかい?」
「別にいいよ」
「わかった、よし…」
ジュピターは語り始めた。
残されていた謎が、今解き明かされる。
「『カローラタウン』…この町の名前だ。『カローラ』…僕の名字だ。これは偶然じゃない。カローラタウンは僕の父が自分の名前に肖って付けた名前だ。僕の父、クロノス・カローラは実業家で『カローラ・エンターテインメント』という会社を運営している。会社自体は僕の祖父が設立したもので、父は二代目。このまま行けば僕も会社を継がせてもらえる、そう思っていた。だが父は僕の能力を認めてくれず、老年になっても引退せずにいる。僕がチャンスをくれと言ったら個人資産の一部を渡し、『これで一つ、大きいことを成してみせろ』と言ったんだ。そこで、僕は父が喜んでくれそうな方法を探した。グラディアのクラブチームを立ち上げたいと思った。いま業界で最も規模が大きい興業はグラディアだからね。それに、グラディアに関わるのは子供の時からの夢だった。…水道代の節約とかは、父が僕たちを訪ねにきた時、資産の無駄使いをしていると思われたくないからさ。僕は必要なことにはお金を惜しげなく使いたい。でも、運営の無駄はなく見せたいんだ。そうすることで、僕は父に商才を認めてもらえると思っているから」
ソウにとって、この話にはどこか引っかかるところがあった。
だが、その正体について即時解明とはいかなかった。
「あれ、僕の出立ちについては説明したっけ?」
「うん」
「あ、そうか。なら良かった」
ジュピターはははっと笑った。
「ごめんね。忘れっぽいんだ。長い話や文章を作る時にはよく冒頭の内容を忘れてしまうんだよね」
ジュピターは咳払いをすると、ソウにそっと手を差し伸べた。
「まあ、今後ともよろしくね」
「うん」
ソウはジュピターと握手をした。
空には闇を覆い尽くすほどの星々が、散りばめられた宝石のように煌めいていた。
ソウはジュピターと目を合わせず、その奥の夜空を見ていた。
第二試合、デスティニーヒル・ライオンズ 3-0 ブロックタウン・インパルス
第三試合、ムーンライト・ナイツ 3-0 GCチョップ
第三試合は苛烈を極めた。
GCチョップはDHLに次ぐとされる強力なチーム。
結成されて10年弱だが、画期的な経営方法で強力な選手を多数獲得し、一気に名門としてその名を馳せた。
だがそのGCチョップに対してムーンライト・ナイツは最後まで粘り強く抗戦し、ルナが敵のエース格、役割:ディフェンダーのコブラを後少しで仕留めるところまで行った。
残念ながら彼女は他の敵に討たれてしまったが、意地を見せたと言えよう。
そして本日の第四試合。
出場メンバーはトクス、レイン、パール。
相手はブロウラーのケン、レンジャーのアリサ、サポーターのウィレム。
試合開始早々、ケンはトクスに切りかかった。
トクスはそれを避けると、一瞬で逆方向に移動して畳み掛けた。
パールが攻撃威力強化でトクスを支援し、トクスはバリアを消耗しながらも敵を撃破することができた。
また、その間アリサがパールに放つ矢をレインが全て受け止めた。
だがそれでバリアの大半を使い果たしてしまい、トクスがアリサを征伐したときには既に退場していた。
残ったウィレムをトクスがフィールドの隅に追い込んで仕留め、GCカローラは2-0で試合を制した。
午前十一時。
会議を終え、選手たちは解散するところだった。
「みんな」
ミナーヴァの呼びかけに彼らは振り返った。
「この後、みんなでちょっと遊ばない?」
唐突に思える提案だが、パールやウィルには根回しをしてあった。
四日前、ミナーヴァとパールがジムでのトレーニングを終え、一緒にシャワーを浴びている時に発想されたものであった。
思い返せば、彼らは互いのことをよく知らない。特に、ソウについては誰もがほとんど全くの無知だ。
だが、同じチームとしてこれから長い時間を共に過ごす仲間とは、互いのことを理解し合っていたい。
そんな具合で、一同は近くの大型商業施設にやって来た。
「じゃあ僕は別の所にいるから、後は楽しんで」
ジュピターはミナーヴァにクレジットカードを預けると、笑顔で手を振って見送った。
まずは腹ごしらえだ。
「どこに行きたいですか?」
パールが一同に優しく問いかける。
「やっぱり肉だろ、お前ら」
とウィルが周りを見回す。
「賛成な方は手を上げてください」
同意は得られなかった。
「どうしてだよ、肉うまいだろお前ら!?」
「いや…」
トクスが意見を述べる。
「色々な物が安く食べられるファミリーレストランのほうがいいんじゃないかな」
みんなが口々に賛成と言った。
「ウィルさん、どうですか?」
ウィルは黙っていた。だが、とうとう口を開く。
「いいぜ、でも俺はそこで肉を食うけどな!」
全員が一応は同意し、二階のファミリーレストラン「トレバーズ・フードパーク」に入店した。
しばらくの待ち時間を終え、子供たちはテーブル席に並んだ。
「どれにする?」
「これがいい」
そんな会話が繰り広げられ、いつの間にかソウ以外は注文を心に決めていた。
「ソウ、決まった?」
隣のトクスが問いかける。
文字は完璧に読める。
だが、その単語も写真も、その奥にある味わいも読み取ることさえ出来なかった。
「じゃあ、トクスと同じのにする」
かつての彼なら手当たり次第に望んだであろう物すべてが画面一面に広がっている。
その中から贅沢にも、今の、彼にとっての「一番」を選抜したかった。
故に、これは苦肉の策だった。
色とりどりの料理たちが順番に運ばれ、テーブルに並ぶ。
今になっても目移りしてしまう。
「ほらソウ、来たよ」
トクスの声にふと視点を戻されると、手元には丸く守られた黄色の飯があった。
具材には野菜や海老や鶏肉が見られ、隣には桃色の揚げ煎餅が乗っかっている。
「これ、何?」
「ナシ・ゴレン。ちょっとここじゃ珍しい料理だから、知らないよね」
トクスに教えられて、ぎこちなく食べ始めた。
しかし、すぐに匙が止まらなくなった。
うまい、うまいとがっつくソウを、トクスとミナーヴァは嬉しそうに見ていた。
腹ごしらえは終わった。
「次、どこ行く?」
ミナーヴァの一声に、皆が口々に呼応する。
満腹のソウは、不意に僅かに膨らんだ腹をさすり、そこに目をやった。
その時、偶然にもだらしなく首元が伸び切ったTシャツが目に入った。
なんだか他のみんなよりも貧しく見える。
今は金持ちなんだから、買える物は買いたい。
「俺、服を買いたい」
「服?」
ミナーヴァは意外そうにソウの顔を見た。
そして、その視線を下へと落としていく。
布が伸び切って黒く変色した、紫色の安いTシャツ。
「いいわ、私は賛成する」
「服?」
その後少し揉めたが、最終的にはまた全員が合意に落ち着き、大手「エクセル・クロージング・ウェアハウス」のコーナーに入っていった。
この世界のアパレル店というのは本物を飾らない。
ホログラムと二次元コードで商品の質感や試着の様を巧みに表現し、購入を宣言してから客に実物を進上する手法で訪れる者を満足させている。
支給のデバイス片手にソウはいくつか気に入ったとりどりの品々のデータを読み取り、長方形の大型モニターの前に立った。
立ち所に新しい服を着た己の姿が映る。
無意識のうちにソウは自分の身体を見下ろす。
だがそこには見劣りする古臭い「旧友」たちが見えるだけだった。
ソウは胸をときめかせ、この摩訶不思議な液晶の中で色々試してみた。
偶然彼の後ろを抜けたミナーヴァがぎょっとする。
「ちょっと! ダサすぎるわ!」
心無い言葉の奇襲を受けてしまったソウは、思わず「えっ?」と上半身ごと振り向いた。
むしろ、この生地が伸びた服同士のコンビネーションのほうがミナーヴァにとってはマシにさえ思えた。
ミナーヴァは決心した。
「あたしがコーディネートするわ!」
ミナーヴァはあれこれソウに試着させた。
そのうちソウは完全に彼女に任せるようになった。
「さあ、どれにする?」
最終決定は本人にさせようという思想のもとミナーヴァが問いかけてくる。
「君が選んだの、全部でいいや」
投げやりな返答のソウに、ミナーヴァの感情は荒んだ。
だが、ごく最近芽生えた彼に対する理解が荒波を押し留めた。
「ふん、わかったわ」
ミナーヴァは「貸して」とソウからデバイスを奪い取り、そのデータを自分の元に手早く転送完了した。
他の面子は自主的にミナーヴァのデバイスにデータを送り、満足して戻ってきた。
「じゃあ買うわね、いいの?」
全員がはっきり頷いた。
ミナーヴァが店員にデータを送信し、会計を済ませた。
購入した衣類は後日GCカローラに届く。
6人は店を後にした。
今日は十分に交流できた。
ソウは、この日初めて友達が出来たと思った。
車に乗っている間、ソウは友達に混ざってジュピターに本日の出来事と感想を楽しげに述べていた。
ジュピターもその様子を目の当たりにして安心した。
帰舎後、夕食を摂り、自室へと戻ろうとしていたソウを、ジュピターが誘う。
「ちょっと僕と話をしよう」
二階のバルコニー。手すりに軽くよりかかりながら、ジュピターはソウに話始める。
「今日は楽しんでもらえたみたいだね。みんなとは仲良くやっているようで安心したよ」
「うん」
「ミナーヴァとも仲良くやれているかい? あいつは少々気が強いから迷惑をかけたと思うが、その点については申し訳ないと思っているよ」
「いや、大丈夫。ミナーヴァとも仲はいいよ。今日は俺のために服選んでくれたし」
「そうかい、そうなんだな。なら本当に良かったよ」
ジュピターは心地よい安心感に包まれ、一旦話を止めた。
だから、ソウはジュピターに対して以前より抱いていた疑問をぶつけてみることにした。
「ねえ監督、訊いてもいい?」
「なんだい? 言ってごらん」
ここからも見下ろせる一面天然芝の庭、最新器具を備えたジム、見たこともない便利な日用品の数々が順に思い浮かぶ。
「監督って、金持ちなんだよね」
「まあ、並よりはお金を多く持っているとは思うよ」
「でも俺がシャワー浴びていた時、トクスがお湯を無駄遣いするなって言ってきたんだ。水道代がかかって監督を怒らせるからだって。お金があるのに、なんで怒るの? 監督はけちんぼなの?」
「なるほどね」
ジュピターの口元は余裕げに緩んでいた。
「その質問にお答えするには、まず僕の出自について語らないとだな」
「そうなの?」
「うん。長くなるが、それでもいいかい?」
「別にいいよ」
「わかった、よし…」
ジュピターは語り始めた。
残されていた謎が、今解き明かされる。
「『カローラタウン』…この町の名前だ。『カローラ』…僕の名字だ。これは偶然じゃない。カローラタウンは僕の父が自分の名前に肖って付けた名前だ。僕の父、クロノス・カローラは実業家で『カローラ・エンターテインメント』という会社を運営している。会社自体は僕の祖父が設立したもので、父は二代目。このまま行けば僕も会社を継がせてもらえる、そう思っていた。だが父は僕の能力を認めてくれず、老年になっても引退せずにいる。僕がチャンスをくれと言ったら個人資産の一部を渡し、『これで一つ、大きいことを成してみせろ』と言ったんだ。そこで、僕は父が喜んでくれそうな方法を探した。グラディアのクラブチームを立ち上げたいと思った。いま業界で最も規模が大きい興業はグラディアだからね。それに、グラディアに関わるのは子供の時からの夢だった。…水道代の節約とかは、父が僕たちを訪ねにきた時、資産の無駄使いをしていると思われたくないからさ。僕は必要なことにはお金を惜しげなく使いたい。でも、運営の無駄はなく見せたいんだ。そうすることで、僕は父に商才を認めてもらえると思っているから」
ソウにとって、この話にはどこか引っかかるところがあった。
だが、その正体について即時解明とはいかなかった。
「あれ、僕の出立ちについては説明したっけ?」
「うん」
「あ、そうか。なら良かった」
ジュピターはははっと笑った。
「ごめんね。忘れっぽいんだ。長い話や文章を作る時にはよく冒頭の内容を忘れてしまうんだよね」
ジュピターは咳払いをすると、ソウにそっと手を差し伸べた。
「まあ、今後ともよろしくね」
「うん」
ソウはジュピターと握手をした。
空には闇を覆い尽くすほどの星々が、散りばめられた宝石のように煌めいていた。
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