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第一部
第五十一話 西山物語(1)
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――ゴルダヴァ南端部
故郷に近付くにつれて、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツの従者兼メイド兼馭者だが今は馬車を預けたままの吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカは気分が沈んでいくのを感じた。
「楽しいな。うきうき!」
ルナは身体を左右に揺すっている。気分はズデンカと逆のベクトルに進んでいるようだ。
――好奇心の塊め。
ズデンカは内心毒突いた。
ゴルダヴァの南部は「現在」独立を目指そうとする動きが加速しているそうだ。
「現在」というのはもうかなり前に書かれた『ゴルダヴァ地誌』からの引用だ。
それはズデンカにとってはさほどの時間の経過ではないのだが、本当に今現在はどうなのだろう。
まだ独立は果たされていないとは言え、新聞では南方を中心として反政府組織のテロリズムの事件が報道されていた。
本来はそのような危ない場所にはルナを連れていきたくないズデンカだった。
「もう引き返そうぜ」
控えめに主張する。
「なんでだよ!」
ルナは驚くように叫んだ。
「テロの危険がある」
「そんなもの大丈夫さ。わたしの力ではじき返せるよ」
ルナは胸を張った。
「相変わらず仲が良いですね!」
同行するナイフ投げカミーユ・ボレルが決まり文句を言った。
「カスパー・ハウザーの残党も、これはあたしの因縁だが『ラ・グズラ』の奴らも絡んできてるんだ。まだ引き返す方がましだ」
ズデンカは不満たらたらだった。
「進むも引くも同じさ。この世界に安全な場所なんかない! うきうき!」
ルナはまた身体を左右に揺すり始めた。
「……」
ズデンカは黙って歩みを進めた。
「君の過去だってわかったんだから。今度は実地見聞だ。例の手記に書かれていた君の過去が本当に正しいか訊いて回ろうじゃないか!」
先日ロヴラックの図書館でズデンカが過去に因縁のあったデュルフェ侯爵から遺贈された手記類を読んで、ルナは一層ズデンカの故郷に言ってみたくなったようだ。
――あんな紙屑に影響されんな。
ズデンカは故郷にはもう何の感慨すら覚えない。
嫌いという感情すらも。
そう言う時期もあったのかも知れないが、百年以上前に過ぎてしまった。
何しろ自分を知る人間は死に絶えているのだ。
『地誌』にも記録があるが、軽騎兵によって村を封鎖され、狩り出された吸血鬼はあちこちに散り散りになって逃げていった。
ズデンカもその中の一人だ。
多くは追討されて数を減らしていったと記されている。実際ズデンカも当時の生き残り――兄のゲオルギエ含めて――とはもう長らく会っていない。
今では村には何の縁もない人間が移り住んできて暮らしているそうだ。
ズデンカにとっては赤の他人たちだ。
「君は故郷があるなんて良いね! わたしはないよ。場所としてはあるけど、そこはもう幼いときに暮らしていたところじゃない。他の人がいないからね。皆収容所に送られた」
ルナは穏やかに語った。
――同じだ。
ズデンカも今全く同じことを思っていたのだ。
でも言い出せなかった。
そのうちにルナの関心は別のところにいき、山を指差し始めた。
「この地方の稜線はなだらかだね」
「そうか? どこでも同じだ」
ズデンカはあたりを見渡した。
季節柄、緑の色を濃くした山々が、はるかかなた西の方角に見えていた。
「思い出した。西山とか呼んでたな、あそこを」
「面白い。やはり現地でしか聞けない話がある」
「あたしは現地の人間じゃねえよ」
ズデンカは言い切った。
「だとしても、君と現地にいかなけりゃ訊けなかった話だろ?」
ルナは混ぜっ返した。
故郷に近付くにつれて、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツの従者兼メイド兼馭者だが今は馬車を預けたままの吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカは気分が沈んでいくのを感じた。
「楽しいな。うきうき!」
ルナは身体を左右に揺すっている。気分はズデンカと逆のベクトルに進んでいるようだ。
――好奇心の塊め。
ズデンカは内心毒突いた。
ゴルダヴァの南部は「現在」独立を目指そうとする動きが加速しているそうだ。
「現在」というのはもうかなり前に書かれた『ゴルダヴァ地誌』からの引用だ。
それはズデンカにとってはさほどの時間の経過ではないのだが、本当に今現在はどうなのだろう。
まだ独立は果たされていないとは言え、新聞では南方を中心として反政府組織のテロリズムの事件が報道されていた。
本来はそのような危ない場所にはルナを連れていきたくないズデンカだった。
「もう引き返そうぜ」
控えめに主張する。
「なんでだよ!」
ルナは驚くように叫んだ。
「テロの危険がある」
「そんなもの大丈夫さ。わたしの力ではじき返せるよ」
ルナは胸を張った。
「相変わらず仲が良いですね!」
同行するナイフ投げカミーユ・ボレルが決まり文句を言った。
「カスパー・ハウザーの残党も、これはあたしの因縁だが『ラ・グズラ』の奴らも絡んできてるんだ。まだ引き返す方がましだ」
ズデンカは不満たらたらだった。
「進むも引くも同じさ。この世界に安全な場所なんかない! うきうき!」
ルナはまた身体を左右に揺すり始めた。
「……」
ズデンカは黙って歩みを進めた。
「君の過去だってわかったんだから。今度は実地見聞だ。例の手記に書かれていた君の過去が本当に正しいか訊いて回ろうじゃないか!」
先日ロヴラックの図書館でズデンカが過去に因縁のあったデュルフェ侯爵から遺贈された手記類を読んで、ルナは一層ズデンカの故郷に言ってみたくなったようだ。
――あんな紙屑に影響されんな。
ズデンカは故郷にはもう何の感慨すら覚えない。
嫌いという感情すらも。
そう言う時期もあったのかも知れないが、百年以上前に過ぎてしまった。
何しろ自分を知る人間は死に絶えているのだ。
『地誌』にも記録があるが、軽騎兵によって村を封鎖され、狩り出された吸血鬼はあちこちに散り散りになって逃げていった。
ズデンカもその中の一人だ。
多くは追討されて数を減らしていったと記されている。実際ズデンカも当時の生き残り――兄のゲオルギエ含めて――とはもう長らく会っていない。
今では村には何の縁もない人間が移り住んできて暮らしているそうだ。
ズデンカにとっては赤の他人たちだ。
「君は故郷があるなんて良いね! わたしはないよ。場所としてはあるけど、そこはもう幼いときに暮らしていたところじゃない。他の人がいないからね。皆収容所に送られた」
ルナは穏やかに語った。
――同じだ。
ズデンカも今全く同じことを思っていたのだ。
でも言い出せなかった。
そのうちにルナの関心は別のところにいき、山を指差し始めた。
「この地方の稜線はなだらかだね」
「そうか? どこでも同じだ」
ズデンカはあたりを見渡した。
季節柄、緑の色を濃くした山々が、はるかかなた西の方角に見えていた。
「思い出した。西山とか呼んでたな、あそこを」
「面白い。やはり現地でしか聞けない話がある」
「あたしは現地の人間じゃねえよ」
ズデンカは言い切った。
「だとしても、君と現地にいかなけりゃ訊けなかった話だろ?」
ルナは混ぜっ返した。
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