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第一部
第四十九話 吸血鬼の家族(10)
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夕暮れが迫りつつある中を一行はホテルへ急いだ。
大理石のファサードが印象的な円形の建物だ。
お値段はもちろん張る。
だがルナやカミーユの旅の疲れは溜まっていると思われたし、ズデンカは奮発することにした。
「全員分の個室があるぞ」
エントランスから戻ってきたズデンカは二人の部屋の鍵を渡した。
「ありがと」
ルナは感謝も手短に歩き出した。
「ズデンカさん、ありがとうございます。こんなにしてもらって」
「ルナの金だ。気にすんな」
それでもカミーユは何度も礼をしながら自分の部屋に移動し始めた。
ズデンカも歩き出す。
自室の鍵を開けると、ベッドで寝ることもなく、椅子に坐ってじっとした。
久々に一人になった。
――せいせいするぜ。
いや。
それは嘘だった。
賑やかなところから静かなところへ移ると急に淋しくなるような、人間がよく抱く感情をズデンカも覚えていた。
――いかんいかん。読書でもするか。
そう思って鞄を探したが読了してしまった『ゴルダヴァ地誌』だけだ。
ルナは他に本を持っているのかも知れないが、それは本人の鞄の中だろう。
ならばルナの部屋にいかねばならない。
ズデンカはそれがどうも癪だった。
なら、と紙と鉛筆を取り出して詩を書こうとする。
――だめだ。思い付かない。
ズデンカが鉛筆を放り投げたとき、ノックもせずにドアが開かれた。
ルナだった。
「なんだよいきなり」
ズデンカは急いで守を鞄に隠した。
「え、もしかして執筆中? 悪かったね詩人の邪魔しちゃって」
ルナは揶揄《からか》った。
「んなんじゃねえよ」
ズデンカは嘘を吐いた。
「ふふん、ならいいけど」
ルナは微笑んだ。
「一体何のようだ?」
ズデンカは訊いた。
「願いだよ。願い。もう決まってるんだろ」
「それかよ、もっと後でもいいんだが」
ズデンカはため息を吐いた。
「今日訊かせてくれたんだから、今日叶えたいな」
ルナはウインクした。
「血を吸わせろ」
ズデンカは言った。
「え、そんなので良いの? これまでだって……」
「首筋からだ。どうだ? 臆病なお前は耐えられるか?」
ズデンカはかつてルナの腕や指から血を貰ったことは何度かあった。
だがさすがに首筋はなかった。
「もちろん」
そう言ってルナはマントを脱ぎ、フロックコートを脱いだ。
ズデンカは反射的にそれを畳んだ。
さすがに夏なので外套はしまっていたのが、それでも汗はじっとりと滲んでいた。
シャツだけになったルナは静かにボタンを外していく。
「さあ、好きにして」
と言ってルナは首筋を見せた。白い肌だ。
ズデンカはそこへ手を伸ばし近づけた。
無言のまま首筋に伸びた犬歯を当て血を啜った。
「痛っ」
ルナが小声で言ったが、押し殺したようだった。
ズデンカは構わず吸った。
血は、とても甘く感じた。
牙を離す。一分も経たなかった。
だがルナは青ざめてふらふらだ。ベッドの上に腰を下ろした。
「ほら、いわんこっちゃない」
ズデンカは鞄からタオルを取り出してルナの首元に開いた小さな孔から流れでる血を押さえた。
「絆創膏とか買ってくりゃよかったな」
「なんてことはないさ」
ルナはまだ小声で言っていた。実際その顔は笑っていたのだ。
「血が流れなくなるまでじっとしてるんだぞ。あたしもずっと押さえておいてやるからな」
ズデンカはちょっと罪悪感を覚え始めていた。
「あいあい。わかったよー」
ルナは声を前より大きくした。
――大丈夫そうだな。
ズデンカは安心した。
大理石のファサードが印象的な円形の建物だ。
お値段はもちろん張る。
だがルナやカミーユの旅の疲れは溜まっていると思われたし、ズデンカは奮発することにした。
「全員分の個室があるぞ」
エントランスから戻ってきたズデンカは二人の部屋の鍵を渡した。
「ありがと」
ルナは感謝も手短に歩き出した。
「ズデンカさん、ありがとうございます。こんなにしてもらって」
「ルナの金だ。気にすんな」
それでもカミーユは何度も礼をしながら自分の部屋に移動し始めた。
ズデンカも歩き出す。
自室の鍵を開けると、ベッドで寝ることもなく、椅子に坐ってじっとした。
久々に一人になった。
――せいせいするぜ。
いや。
それは嘘だった。
賑やかなところから静かなところへ移ると急に淋しくなるような、人間がよく抱く感情をズデンカも覚えていた。
――いかんいかん。読書でもするか。
そう思って鞄を探したが読了してしまった『ゴルダヴァ地誌』だけだ。
ルナは他に本を持っているのかも知れないが、それは本人の鞄の中だろう。
ならばルナの部屋にいかねばならない。
ズデンカはそれがどうも癪だった。
なら、と紙と鉛筆を取り出して詩を書こうとする。
――だめだ。思い付かない。
ズデンカが鉛筆を放り投げたとき、ノックもせずにドアが開かれた。
ルナだった。
「なんだよいきなり」
ズデンカは急いで守を鞄に隠した。
「え、もしかして執筆中? 悪かったね詩人の邪魔しちゃって」
ルナは揶揄《からか》った。
「んなんじゃねえよ」
ズデンカは嘘を吐いた。
「ふふん、ならいいけど」
ルナは微笑んだ。
「一体何のようだ?」
ズデンカは訊いた。
「願いだよ。願い。もう決まってるんだろ」
「それかよ、もっと後でもいいんだが」
ズデンカはため息を吐いた。
「今日訊かせてくれたんだから、今日叶えたいな」
ルナはウインクした。
「血を吸わせろ」
ズデンカは言った。
「え、そんなので良いの? これまでだって……」
「首筋からだ。どうだ? 臆病なお前は耐えられるか?」
ズデンカはかつてルナの腕や指から血を貰ったことは何度かあった。
だがさすがに首筋はなかった。
「もちろん」
そう言ってルナはマントを脱ぎ、フロックコートを脱いだ。
ズデンカは反射的にそれを畳んだ。
さすがに夏なので外套はしまっていたのが、それでも汗はじっとりと滲んでいた。
シャツだけになったルナは静かにボタンを外していく。
「さあ、好きにして」
と言ってルナは首筋を見せた。白い肌だ。
ズデンカはそこへ手を伸ばし近づけた。
無言のまま首筋に伸びた犬歯を当て血を啜った。
「痛っ」
ルナが小声で言ったが、押し殺したようだった。
ズデンカは構わず吸った。
血は、とても甘く感じた。
牙を離す。一分も経たなかった。
だがルナは青ざめてふらふらだ。ベッドの上に腰を下ろした。
「ほら、いわんこっちゃない」
ズデンカは鞄からタオルを取り出してルナの首元に開いた小さな孔から流れでる血を押さえた。
「絆創膏とか買ってくりゃよかったな」
「なんてことはないさ」
ルナはまだ小声で言っていた。実際その顔は笑っていたのだ。
「血が流れなくなるまでじっとしてるんだぞ。あたしもずっと押さえておいてやるからな」
ズデンカはちょっと罪悪感を覚え始めていた。
「あいあい。わかったよー」
ルナは声を前より大きくした。
――大丈夫そうだな。
ズデンカは安心した。
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