515 / 526
第一部
第四十九話 吸血鬼の家族(9)
しおりを挟む
「で、他のご家族とはどうなったの?」
ルナが訊いた。
「離ればなれだ」
ズデンカは答えた。
「ふうん。その後会ったりしなかったの?」
「ゲオルギエとは旅先で何度かあった。あいつ、会う度に若返っていやがる」
そこに嘘はなかった。
「お父さんは?」
ルナはゴルシャのことを知りたいらしい。
「親父とはもう会わなかったぜ。百年前に吸血鬼狩りに殺されたらしい。最期までずっとゴルダヴァを離れなかったとか」
ズデンカはその事実を告げるのに何の感慨も抱かなかった。関わりのない他人の死を告げるようなものだ。
「あ。そう言えば前訊いたな。結局親子の再会は叶わなかったって訳だね」
ルナがからかいながらも筆を走らせた。ルナは幻想をインクにして文字を手帳に書き付ける。
と言うことは自分の記憶のどこか一部が使われている可能性もある。
ズデンカは気味が悪かった。
「どうでもいい話だ。記すまでもない話だ」
ズデンカは繰り返した。
「そんなことはないよ。大事な大事な綺譚《おはなし》だ」
ルナは答えた。筆を走らせ、一息に書き上げる。
「さてさて、史的な興味は尽きないけど。そろそろ図書館をお暇するとしよう。もう閉館時間だ」
ルナは金鎖を引っ張って懐から時計を取り出していた。
「願ったりかなったりだぜ」
ズデンカは慎重な手付きで史料を片づけ始めた。ルナにやらせるとグチャグチャにされて図書館側に叱られかねない。
「私も!」
案の定、カミーユも手伝ってくれる。
「お前はいい。本当はルナにやらせるべきなんだ。あいつじゃ無理だから、仕方なくあたしがやってやってるんだ」
ズデンカは書類の角《かど》を合わせて、函の中へと積んだ。
少しも読むことはないし、関心を向けることはない。
ズデンカにとっては全てが過去のことだ。
デュルフェの自画自賛のようなどうしようもない代物ばかりであることは決まりきっているのに、そんなものに詩的な関心を見出すルナの気が知れなかった。
「結局、君とデュルフェ侯爵も二度と会うことがなかった。向こうは百歳を越えても元気だったんだから、機会は何度だってあったはずだけど」
手持ち無沙汰になったルナは早速手を震わせ始めた。アルコールとニコチンの禁断症状だろう。
「誰が会うかよ」
ズデンカは一言で否定した。
「これでもなかなか文人としては優れた人だったらしいよ。色んな事典に名前が書かれているし、今でも読まれている本はある」
「だからどうした。あたしにとってはどうでも良い人間だった。それだけだ」
「ふむ……」
ルナはそう言ってまた手を震わせ始めたが、
「そうだ。君の願いを訊かせてくれないかい?」
「ねえよ」
ズデンカは言った。
「それは困る。これまでだって叶えられなかったお願いは一杯あるんだ! またぞろ増えたとか、しかも一番私に近い君の願いを叶えられなかったとか恥じゃないか!」
ルナは手をブンブン振り回しながら叫んだ。
すこし、怒り気味だ。
「いいから辞めとけ」
書類の整理を住ませたズデンカは函を抱えて司書の元へと歩いていった。
受付の司書は何も言わず受け取ると、奥へと消えていった。
ズデンカは後ろから歩いてきたルナたちと合流する。
「さあ行くぞ」
「良いから早く願いを言ってよ」
ルナはごねた。
「後だ後だ。宿に着いてからだ」
ズデンカは迷惑そうに言った。
ルナが訊いた。
「離ればなれだ」
ズデンカは答えた。
「ふうん。その後会ったりしなかったの?」
「ゲオルギエとは旅先で何度かあった。あいつ、会う度に若返っていやがる」
そこに嘘はなかった。
「お父さんは?」
ルナはゴルシャのことを知りたいらしい。
「親父とはもう会わなかったぜ。百年前に吸血鬼狩りに殺されたらしい。最期までずっとゴルダヴァを離れなかったとか」
ズデンカはその事実を告げるのに何の感慨も抱かなかった。関わりのない他人の死を告げるようなものだ。
「あ。そう言えば前訊いたな。結局親子の再会は叶わなかったって訳だね」
ルナがからかいながらも筆を走らせた。ルナは幻想をインクにして文字を手帳に書き付ける。
と言うことは自分の記憶のどこか一部が使われている可能性もある。
ズデンカは気味が悪かった。
「どうでもいい話だ。記すまでもない話だ」
ズデンカは繰り返した。
「そんなことはないよ。大事な大事な綺譚《おはなし》だ」
ルナは答えた。筆を走らせ、一息に書き上げる。
「さてさて、史的な興味は尽きないけど。そろそろ図書館をお暇するとしよう。もう閉館時間だ」
ルナは金鎖を引っ張って懐から時計を取り出していた。
「願ったりかなったりだぜ」
ズデンカは慎重な手付きで史料を片づけ始めた。ルナにやらせるとグチャグチャにされて図書館側に叱られかねない。
「私も!」
案の定、カミーユも手伝ってくれる。
「お前はいい。本当はルナにやらせるべきなんだ。あいつじゃ無理だから、仕方なくあたしがやってやってるんだ」
ズデンカは書類の角《かど》を合わせて、函の中へと積んだ。
少しも読むことはないし、関心を向けることはない。
ズデンカにとっては全てが過去のことだ。
デュルフェの自画自賛のようなどうしようもない代物ばかりであることは決まりきっているのに、そんなものに詩的な関心を見出すルナの気が知れなかった。
「結局、君とデュルフェ侯爵も二度と会うことがなかった。向こうは百歳を越えても元気だったんだから、機会は何度だってあったはずだけど」
手持ち無沙汰になったルナは早速手を震わせ始めた。アルコールとニコチンの禁断症状だろう。
「誰が会うかよ」
ズデンカは一言で否定した。
「これでもなかなか文人としては優れた人だったらしいよ。色んな事典に名前が書かれているし、今でも読まれている本はある」
「だからどうした。あたしにとってはどうでも良い人間だった。それだけだ」
「ふむ……」
ルナはそう言ってまた手を震わせ始めたが、
「そうだ。君の願いを訊かせてくれないかい?」
「ねえよ」
ズデンカは言った。
「それは困る。これまでだって叶えられなかったお願いは一杯あるんだ! またぞろ増えたとか、しかも一番私に近い君の願いを叶えられなかったとか恥じゃないか!」
ルナは手をブンブン振り回しながら叫んだ。
すこし、怒り気味だ。
「いいから辞めとけ」
書類の整理を住ませたズデンカは函を抱えて司書の元へと歩いていった。
受付の司書は何も言わず受け取ると、奥へと消えていった。
ズデンカは後ろから歩いてきたルナたちと合流する。
「さあ行くぞ」
「良いから早く願いを言ってよ」
ルナはごねた。
「後だ後だ。宿に着いてからだ」
ズデンカは迷惑そうに言った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる