月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十九話 吸血鬼の家族(7)

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  まずゴルシャが、ゲオルギエが啜ったのさ。

  こんな時も家庭内の地位を守ってるんだから、今から考えたらおかしいのなんのって。

 痛みはあったかだと?

 わからんな。

 もう遠い昔のことだ。あったとして麻痺していたんだろう。

 死ぬほどの苦しみを感じた記憶はない。ただ全身が熱くなってたまらなかった。

 転化は速やかにおこなわれた。

 髪の毛や爪が見る見る伸びていくのを感じて気色が悪かった。

 喉が渇いた。

 異常なほどの乾きが訪れたんだ。

 満たしたかった。

 血だ。

 血の滴りに顔を晒し、舐めつくすことをあたしは求めていた。

 心から。

 こんな清らかで、しかも淫らな感情になったことなんて、生まれてから一度だってあっちゃいなかった。

 あたしは、押さえ付けられていた手を振り払った。

 いとも軽々と退けることが出来た。

 さっきまであんなに強い力だと思っていたのに。

 あたしは廊下を駆けて外へ飛び出していった。

 とたんに呻き声が聞こえた。

 いや、それは笑い声だった。

 手を叩く音が聞こえた。
 
 どうやら、あたしを眷属に引き入れられたことを皆で祝っていたらしい。

 皆のうち誰よりも強く、兇暴な仲間が加わったを喜んでいたらしい。

 今から思うと気持ちわりいが、その時はあたしも一緒になって喜びに打ち震えていた。こんなの楽しいことはなかった。

 あたしは使用人の寝間まで走っていって、その喉首に食い付いて血を啜った。

 何の罪科もない人間だった。

 今から考えりゃ悪いことをしちまったなと思えるが、その時はもう飲みたくて飲みたくて仕方なかったんだ。

 鮮血は舌の上で波のように広がった。舌を伸ばし、喉に開いた皮膚の切り口の奥の奥まで押し広げた。

 使用人は目を押し開いたまま死んでいた。血をすっかり出し尽くしていたので、転化させる暇もなかったぜ。

 もちろん、その時にゃあんな知識は少しもなかったけどな。

 乾きを満たされても、あたしはまだ足りなかった。他の使用人を襲う。床まで血潮であふれさせる。

 木目まですっかり血がこびり付いていて誰も掃除しないからそのまま残っていたのをまだ覚えている。

 あたしは目覚めた。

 そうだ。吸血鬼《ヴルダラク》としてだ。

 だが、それが本当の意味での解放だと気付くまでにはまだなお時間が掛かった。

 だから、大人しく部屋の中にいた。

 皆はもうかつてのように言葉を交わすこともなくなった。ふらふらと村中を歩き回って、生き残っているものたちを食うか、吸血鬼にしていった。

 純粋に楽しかった。

 今なら罪深さを感じもするだろう。でも、そのときは新しく生まれ変われた喜びで一杯だった。

 実際、今だってその時の相手の表情が瞼を閉じれば浮かぶ。

 だから、自分のことを純粋な被害者だなんざぁ思わねえよ。

 虐殺の加担者だった。

 その時だってそれから先だってずっとずっとずっとずっとずっとずっと、この手は血で汚れているのさ。

 村中に吸血鬼があふれて、やっと軽騎兵の連中は封鎖に掛かった。

 だが当時の技術じゃまだ吸血鬼はろくに討伐できなかっただろうな。

 あくまで武装して固めるだけが精一杯だろう。

 いわゆるにらめっこの状態が続いたわけだ。

 そこにあのバカヤロがノコノコと入って来やがったわけだ。
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