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第一部
第四十九話 吸血鬼の家族(3)
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旅人か、村人か。
何者かはわからないが餌食となった人間の肉を喰らっているのだ。骨を噛みつぶすまで何度も咀嚼し、口から朱を滴らせている。
こいつはもう、人ではない。
ただの化け物だ。
でも、予は刃向かえなかった。腰に剣は佩《お》びていたものの、剣の修行は家庭教師に習って以来怠っていたからだ。
幸いゴルシャは予に気付いてはいなかった。
予は抜き足差し足廊下を進み、奥の部屋へと移動した。
そう、ズデンカ。予は君がいた部屋を目指していたのだ。
君の兄、ゲオルギエは外に出ているようだった。
きっと吸血鬼になっていることだろう。
君は大丈夫なのか?
気が狂ったという噂はまことなのか?
吸血鬼にはなっていないのか?
それを確かめたかった。
何よりも君に会いたかったのだ。
扉に手を掛けて開いた。
君がいた。白いシーツが敷かれたベッドに腰を掛けていた。
浅黒い膚は月の光に照らされて、黒曜石のように輝いていた。
「ズデンカ、ズデンカ!」
予は繰り返し叫《よ》んだよ。
「デュルフェさま」
君は答えたよ。しかし、その声は深く重く沈んでいて、まるで地の底から響いてくるみたいだった。
「無事だったか。ズデンカ」
予は訊いた。
「はい、まるでかつてあったように、そしてこれからさきもそうであるように」
謎かけのように君は答えたね。
予はまるでわからなかったよ。
「何を言いたいんだい?」
予は出来る限り優しく言ったつもりだ。
「ふふ。わからなくても良いのですよ。デュルフェさま。ただ、静かに目を閉じていらっしゃれば」
反射的に予は後ろに下がってしまっていた。ああこんなにも愛しい君だというのに、恐ろしく感じてしまうとは!
「もしかして、君は……」
予は呻いた。
君は立ち上がった。そして、しずかにまるで白い絹が吹き流れるかのようにこちらへ向かって歩いてきた。
服の裾へと取り縋ってくる。
「デュルフェさま」
「やめてくれ!」
予は怯えていた。君の目は爛々と光っていた。
「近付いてこないでくれ! 君は、化け物に変わったのか」
「血が欲しいのです。あたしは血が欲しいのです」
ああなんて涼やかなる声で恐ろしいことを君は言うのだろう!
「やはり、君は化け物だ」
涙があふれそうになりながら予は退いて廊下を駆けた。
君は追ってこない。
逃げに逃げ家の外へ飛び出した。馬に飛び乗る。
拍車を当てて、駈け出した。
思いの外早く進んだ。
だが、なんとゴルシャは同じく吸血鬼と化した孫たちを引き連れて、猛スピードで追ってくるではないか!
背筋が凍るのを覚えたよ。
予は馬を走らせた。
忌まわしいことに、ゴルシャは孫を抱え上げ、物凄い速度で投げつけてくるではないか。
小さな吸血鬼二人は馬の背の両側に張り付き、牙を剥き出して近付いてくる。
予は剣を抜き、噛みつかれたりしないよう、勢いよく降り下ろし、避けようとした。
一体の頭を切り落とし、馬から叩き落とすことに成功したが。なんとその頭を抱えて胴体が猛スピードで追ってくる。
もう一体は予の首筋まで近付いて来た。
その時だ。
銃声が響いた。
ゴルシャの孫は馬から転げ落ち、首を抱えてきた胴体と縺れ合っていた。
村人や軽騎兵が救援に来てくれたのだ。
何者かはわからないが餌食となった人間の肉を喰らっているのだ。骨を噛みつぶすまで何度も咀嚼し、口から朱を滴らせている。
こいつはもう、人ではない。
ただの化け物だ。
でも、予は刃向かえなかった。腰に剣は佩《お》びていたものの、剣の修行は家庭教師に習って以来怠っていたからだ。
幸いゴルシャは予に気付いてはいなかった。
予は抜き足差し足廊下を進み、奥の部屋へと移動した。
そう、ズデンカ。予は君がいた部屋を目指していたのだ。
君の兄、ゲオルギエは外に出ているようだった。
きっと吸血鬼になっていることだろう。
君は大丈夫なのか?
気が狂ったという噂はまことなのか?
吸血鬼にはなっていないのか?
それを確かめたかった。
何よりも君に会いたかったのだ。
扉に手を掛けて開いた。
君がいた。白いシーツが敷かれたベッドに腰を掛けていた。
浅黒い膚は月の光に照らされて、黒曜石のように輝いていた。
「ズデンカ、ズデンカ!」
予は繰り返し叫《よ》んだよ。
「デュルフェさま」
君は答えたよ。しかし、その声は深く重く沈んでいて、まるで地の底から響いてくるみたいだった。
「無事だったか。ズデンカ」
予は訊いた。
「はい、まるでかつてあったように、そしてこれからさきもそうであるように」
謎かけのように君は答えたね。
予はまるでわからなかったよ。
「何を言いたいんだい?」
予は出来る限り優しく言ったつもりだ。
「ふふ。わからなくても良いのですよ。デュルフェさま。ただ、静かに目を閉じていらっしゃれば」
反射的に予は後ろに下がってしまっていた。ああこんなにも愛しい君だというのに、恐ろしく感じてしまうとは!
「もしかして、君は……」
予は呻いた。
君は立ち上がった。そして、しずかにまるで白い絹が吹き流れるかのようにこちらへ向かって歩いてきた。
服の裾へと取り縋ってくる。
「デュルフェさま」
「やめてくれ!」
予は怯えていた。君の目は爛々と光っていた。
「近付いてこないでくれ! 君は、化け物に変わったのか」
「血が欲しいのです。あたしは血が欲しいのです」
ああなんて涼やかなる声で恐ろしいことを君は言うのだろう!
「やはり、君は化け物だ」
涙があふれそうになりながら予は退いて廊下を駆けた。
君は追ってこない。
逃げに逃げ家の外へ飛び出した。馬に飛び乗る。
拍車を当てて、駈け出した。
思いの外早く進んだ。
だが、なんとゴルシャは同じく吸血鬼と化した孫たちを引き連れて、猛スピードで追ってくるではないか!
背筋が凍るのを覚えたよ。
予は馬を走らせた。
忌まわしいことに、ゴルシャは孫を抱え上げ、物凄い速度で投げつけてくるではないか。
小さな吸血鬼二人は馬の背の両側に張り付き、牙を剥き出して近付いてくる。
予は剣を抜き、噛みつかれたりしないよう、勢いよく降り下ろし、避けようとした。
一体の頭を切り落とし、馬から叩き落とすことに成功したが。なんとその頭を抱えて胴体が猛スピードで追ってくる。
もう一体は予の首筋まで近付いて来た。
その時だ。
銃声が響いた。
ゴルシャの孫は馬から転げ落ち、首を抱えてきた胴体と縺れ合っていた。
村人や軽騎兵が救援に来てくれたのだ。
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