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第一部
第四十九話 吸血鬼の家族(1)
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――ゴルダヴァ南部都市ロヴラック
大理石で作られた身廊が、はるか頭上に見えた。
図書館のなかの雰囲気は重く暗く厳かで、ひんやりとしている。
中世の教会を改装して作られた建物だということだ。
もちろん、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツには日焼けを避けて、などと言う考えは浮かばないらしい。
読みたい史料があったからここを選んだのだと繰り返し語っていた。
「どんな史料だ?」
メイド件従者兼馭者だが今は馬車はない吸血鬼《ヴルダラク》のズデンカは訊いた。
「きっと、君に関する内容だよ」
ルナは言った。眼の前には函に入った史料の山が置かれている。
「はぁー?」
ズデンカは大声を上げそうになって、留まった。
とは言え、今の時刻図書館内にいる者はルナと自分、ナイフ投げのカミーユ・ボレルぐらいだが。
「驚かなくてもいいじゃないか。ここは大きな街だし、郷土資料の蒐集も盛んだ。近くに生まれた君の記録だってきっと残っているはずさ」
「気色がわりいな。そんなものは残らない方がいい。焼いちまえ」
ズデンカは悪寒のようなものを感じた。
「焼くわけにはいかないさ。ほらほら、興味深い史料群が見つかったよ。トゥールーズはデュルフェ侯爵遺贈文書群だ」
悪寒は正しかった。
ズデンカはルナの隣のポジションから二三も後退した。
思い出したくもない名前だったからだ。
「もう二百年も前のこと。ゴルダヴァを旅したデュルフェ侯爵は一人の少女と出会った――その名も、ズデンカ」
ルナは非常に珍しくズデンカの名前を述べた。
「やめろ!」
ズデンカは叫びのような小声で止めた。
「えっ、なになに! ズデンカさんの昔の知り合いですか? もしかして、元彼?」
急にカミーユは顔を輝かせて近付いて来た。
「そんなんじゃねえよ。単なる他人だ」
ズデンカは焦った。
「他人にしてはデュルフェ侯爵が残した手記には君の名前が一杯出ているけどね」
ルナは手記の稿本を捲り始めた。
「ああ愛しのズデンカ。浅黒き肌、愛らしき赫きを帯びた眸」
ルナは読み上げる。
「やめろ、やめろ」
ズデンカは止めさせた。
「なんでだよ。面白いのに」
ルナは稿本の束を置いた。
「面白くなんかねえだろ。独り善がりの、カスの、戯言だ」
ズデンカは続けざまに言った。
「そこまで言い切っちゃうんだ。ホントに何が過去になにがあったんだろうね。気になるよねー、カミーユ」
ルナは猫撫で声でカミーユに呼びかけた。
「うんうん、気になりますよね! 二人にはどんなことがあったのかなーって。大昔のことではあるんですけど!」
カミーユも応じた。
「ケッ。勝手にしろよ」
ズデンカはそっぽを向いた。
だが、二人はズデンカを放置して勝手に盛り上がっているようだった。
ボソボソ。
ごしょごしょ。
机の上に覆い被さるようにして小さな会話を続けているのだ。
「あー、もううざったい」
ズデンカは走り寄った。
「実に面白いよ。これは」
「そうですよね。ほんとそうですよね」
二人は繰り返していた。
「そいつの話はいっさい信じるな」
ズデンカは言った。
「何で読まなくてもわかるのさ?」
ルナは訊いた。
「読まなくてもよくわかる。そいつはとんでもねえ勘違い野郎だからだ」
ズデンカはルナを睨み付けた。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、とまれかくまれ読んでみなきゃね」
ルナは再び稿本を読み始めた。
ズデンカもさすがに止めなかった。全て聴き終わった後で訂正しようと思ったからだ。
大理石で作られた身廊が、はるか頭上に見えた。
図書館のなかの雰囲気は重く暗く厳かで、ひんやりとしている。
中世の教会を改装して作られた建物だということだ。
もちろん、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツには日焼けを避けて、などと言う考えは浮かばないらしい。
読みたい史料があったからここを選んだのだと繰り返し語っていた。
「どんな史料だ?」
メイド件従者兼馭者だが今は馬車はない吸血鬼《ヴルダラク》のズデンカは訊いた。
「きっと、君に関する内容だよ」
ルナは言った。眼の前には函に入った史料の山が置かれている。
「はぁー?」
ズデンカは大声を上げそうになって、留まった。
とは言え、今の時刻図書館内にいる者はルナと自分、ナイフ投げのカミーユ・ボレルぐらいだが。
「驚かなくてもいいじゃないか。ここは大きな街だし、郷土資料の蒐集も盛んだ。近くに生まれた君の記録だってきっと残っているはずさ」
「気色がわりいな。そんなものは残らない方がいい。焼いちまえ」
ズデンカは悪寒のようなものを感じた。
「焼くわけにはいかないさ。ほらほら、興味深い史料群が見つかったよ。トゥールーズはデュルフェ侯爵遺贈文書群だ」
悪寒は正しかった。
ズデンカはルナの隣のポジションから二三も後退した。
思い出したくもない名前だったからだ。
「もう二百年も前のこと。ゴルダヴァを旅したデュルフェ侯爵は一人の少女と出会った――その名も、ズデンカ」
ルナは非常に珍しくズデンカの名前を述べた。
「やめろ!」
ズデンカは叫びのような小声で止めた。
「えっ、なになに! ズデンカさんの昔の知り合いですか? もしかして、元彼?」
急にカミーユは顔を輝かせて近付いて来た。
「そんなんじゃねえよ。単なる他人だ」
ズデンカは焦った。
「他人にしてはデュルフェ侯爵が残した手記には君の名前が一杯出ているけどね」
ルナは手記の稿本を捲り始めた。
「ああ愛しのズデンカ。浅黒き肌、愛らしき赫きを帯びた眸」
ルナは読み上げる。
「やめろ、やめろ」
ズデンカは止めさせた。
「なんでだよ。面白いのに」
ルナは稿本の束を置いた。
「面白くなんかねえだろ。独り善がりの、カスの、戯言だ」
ズデンカは続けざまに言った。
「そこまで言い切っちゃうんだ。ホントに何が過去になにがあったんだろうね。気になるよねー、カミーユ」
ルナは猫撫で声でカミーユに呼びかけた。
「うんうん、気になりますよね! 二人にはどんなことがあったのかなーって。大昔のことではあるんですけど!」
カミーユも応じた。
「ケッ。勝手にしろよ」
ズデンカはそっぽを向いた。
だが、二人はズデンカを放置して勝手に盛り上がっているようだった。
ボソボソ。
ごしょごしょ。
机の上に覆い被さるようにして小さな会話を続けているのだ。
「あー、もううざったい」
ズデンカは走り寄った。
「実に面白いよ。これは」
「そうですよね。ほんとそうですよね」
二人は繰り返していた。
「そいつの話はいっさい信じるな」
ズデンカは言った。
「何で読まなくてもわかるのさ?」
ルナは訊いた。
「読まなくてもよくわかる。そいつはとんでもねえ勘違い野郎だからだ」
ズデンカはルナを睨み付けた。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、とまれかくまれ読んでみなきゃね」
ルナは再び稿本を読み始めた。
ズデンカもさすがに止めなかった。全て聴き終わった後で訂正しようと思ったからだ。
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