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第一部
第四十八話 だれも完全ではない(11)
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その間に自分の身体の中の疵《キズ》が静かに塞がっていくのがわかった。
外の疵と比べて治りが遅かったのだろう。
ズデンカの内臓のほとんどは長い経年劣化により腐り落ちているが、それでも中の感覚ぐらいはわかる。
どうやら黒い人は身体の中まで入り込んできていたらしい。
考えただけで気色悪かったが、同時にこれを使ってメイドたちは身体を抉られたのだろうとも考えた。
「カミーユ、上出来だね!」
相変わらずルナは暢気に親指を突き出していた。
ズデンカはまたその頭を撲る。
「痛い」
「カミーユ、大丈夫か? 怪我はないか?」
ズデンカは急いで駈け寄った。
「大丈夫です! ちょっと擦り向いたぐらいですよ」
「見せろ」
ズデンカがカミーユのナイフを無数に収納したスカートを捲ると大きな擦り疵が出来ていた。
ズデンカは急いでさっきシャベルのあった場所に代わりに置いて置いた鞄を取ってきて、中ならアルコールを出して脱脂綿に着け、疵に押し当てる。
「あつっ!」
カミーユは唇を噛んだ。
「大丈夫か?」
ズデンカは繰り返した。もう長らく擦り疵とはどういうものだか忘れていた。
「はい、沁みるだけです!」
カミーユは答えた。
「さてさて、館の中に戻ってみようじゃないか」
ルナが歩き出した。
「待てよ」
ズデンカは呼び止めた。
「なぜだい?」
「まだ、危険だ」
「危険なことはないよ。ちゃんとカミーユが処分してくれたし」
と地面に落ちた頁の切れ端を指差した。途端にそれが炎に包まれて黒い灰へと変わっていく。
他の破片も然りだ。
「わたしが燃やしておいた」
空洞の底では、もはや生気をなくした脳味噌と身体の部位の集まりばかりが残っていた。
「危険ってのは屋敷の中が危険だってことだ。まだなんか潜んでいるかもしれん」
「そんなことないさ」
ルナが笑った。
「そんなことがあったらどうするんだ」
「わたしは自分一人でも身を守れるよ」
「尾いていく」
とズデンカは答えて、カミーユに向かい、
「少し待っていてくれ」
と呼びかけてからルナに寄り添った。
「やれやれ」
ルナが呆れたように言う。
「呆れるのはこっちの仕事だ」
屋敷を踏み入れる。
なるほど、大騒ぎになっていた。身体のどこかを失ったメイドたちは右往左往しまくり、使用人たちは外に飛び出している。
聞かずともわかった。
イゴールとアリダの夫妻が耳から血を流しながら倒れて死んでいたのだ。
「皆さん、しばらく屋敷の裏には行かないようにした方がいいですよ」
ルナは釘を刺すように言った。
使用人一同、戦慄してそれを見詰めるばかりだった。
「あ、あとわたしたちはまったく関係ありませんので、このことはなかったことにしてくれたら助かるかなーと?」
ルナは上目遣いになって、ウインクしながら言った。
だが、誰も聞いていないようだ。
「用は済んだか」
ズデンカは訊いた。
「うん」
二人は歩き出した。
外に出る。
カミーユは独りで心細そうだ。
ルナは空洞に詰まった肉片の残骸を全て炎で焼き払った。
「ああ、良い匂いがするね」
ルナが言った。
「お前の趣味にゃついていけねえよ」
「吸血鬼の君が言う?」
ルナは笑った。
「吸血鬼も引くほどだぜ」
「言うねえ。それにしてもわたしは思うんだ。この家の誰も完全ではなかった。でも、人が完全だとか完全でないとか、誰が決めるんだい」
ルナは話を変えた。
「訳がわからねえな」
ズデンカは答える。
「五体満足だから、精神が健全だから、その人は完全なのかって意味だよ。どこか欠いていても完全な存在はいる。例えば君のような」
ルナはズデンカを見た。
「あたしは完全じゃねえよ」
ズデンカはばっさりと切り捨てた。
外の疵と比べて治りが遅かったのだろう。
ズデンカの内臓のほとんどは長い経年劣化により腐り落ちているが、それでも中の感覚ぐらいはわかる。
どうやら黒い人は身体の中まで入り込んできていたらしい。
考えただけで気色悪かったが、同時にこれを使ってメイドたちは身体を抉られたのだろうとも考えた。
「カミーユ、上出来だね!」
相変わらずルナは暢気に親指を突き出していた。
ズデンカはまたその頭を撲る。
「痛い」
「カミーユ、大丈夫か? 怪我はないか?」
ズデンカは急いで駈け寄った。
「大丈夫です! ちょっと擦り向いたぐらいですよ」
「見せろ」
ズデンカがカミーユのナイフを無数に収納したスカートを捲ると大きな擦り疵が出来ていた。
ズデンカは急いでさっきシャベルのあった場所に代わりに置いて置いた鞄を取ってきて、中ならアルコールを出して脱脂綿に着け、疵に押し当てる。
「あつっ!」
カミーユは唇を噛んだ。
「大丈夫か?」
ズデンカは繰り返した。もう長らく擦り疵とはどういうものだか忘れていた。
「はい、沁みるだけです!」
カミーユは答えた。
「さてさて、館の中に戻ってみようじゃないか」
ルナが歩き出した。
「待てよ」
ズデンカは呼び止めた。
「なぜだい?」
「まだ、危険だ」
「危険なことはないよ。ちゃんとカミーユが処分してくれたし」
と地面に落ちた頁の切れ端を指差した。途端にそれが炎に包まれて黒い灰へと変わっていく。
他の破片も然りだ。
「わたしが燃やしておいた」
空洞の底では、もはや生気をなくした脳味噌と身体の部位の集まりばかりが残っていた。
「危険ってのは屋敷の中が危険だってことだ。まだなんか潜んでいるかもしれん」
「そんなことないさ」
ルナが笑った。
「そんなことがあったらどうするんだ」
「わたしは自分一人でも身を守れるよ」
「尾いていく」
とズデンカは答えて、カミーユに向かい、
「少し待っていてくれ」
と呼びかけてからルナに寄り添った。
「やれやれ」
ルナが呆れたように言う。
「呆れるのはこっちの仕事だ」
屋敷を踏み入れる。
なるほど、大騒ぎになっていた。身体のどこかを失ったメイドたちは右往左往しまくり、使用人たちは外に飛び出している。
聞かずともわかった。
イゴールとアリダの夫妻が耳から血を流しながら倒れて死んでいたのだ。
「皆さん、しばらく屋敷の裏には行かないようにした方がいいですよ」
ルナは釘を刺すように言った。
使用人一同、戦慄してそれを見詰めるばかりだった。
「あ、あとわたしたちはまったく関係ありませんので、このことはなかったことにしてくれたら助かるかなーと?」
ルナは上目遣いになって、ウインクしながら言った。
だが、誰も聞いていないようだ。
「用は済んだか」
ズデンカは訊いた。
「うん」
二人は歩き出した。
外に出る。
カミーユは独りで心細そうだ。
ルナは空洞に詰まった肉片の残骸を全て炎で焼き払った。
「ああ、良い匂いがするね」
ルナが言った。
「お前の趣味にゃついていけねえよ」
「吸血鬼の君が言う?」
ルナは笑った。
「吸血鬼も引くほどだぜ」
「言うねえ。それにしてもわたしは思うんだ。この家の誰も完全ではなかった。でも、人が完全だとか完全でないとか、誰が決めるんだい」
ルナは話を変えた。
「訳がわからねえな」
ズデンカは答える。
「五体満足だから、精神が健全だから、その人は完全なのかって意味だよ。どこか欠いていても完全な存在はいる。例えば君のような」
ルナはズデンカを見た。
「あたしは完全じゃねえよ」
ズデンカはばっさりと切り捨てた。
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