月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十八話 だれも完全ではない(10)

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 その下には、無数の腕や足が、指や目玉や内臓が絡み合うミミズのようにのたくっていた。

 カミーユは思わず口を押さえていた。穿きそうになったのだろう。

――普通に近い神経の持ち主なら、誰でもそうなる。

 今までこの館の使用人たちから奪い取ってきた身体の一部だろう。

「ほら、わたしの言ったとおりだろ?」

 ルナは言った。

「誰のだよこれは」

 ズデンカはため息を吐きながら訊いた。

「もちろん、イゴールさんとアリダさんの脳に決まってるじゃないか。やっぱり二人の頭のなかは空っぽだったのさ。完全であるかのように振る舞ってたけど、結局誰も完全ではなかったってことさ」

 ルナは楽しそうに説明した。

「じゃあいつらは何で動いてるんだ?」

「もちろん『鐘楼の悪魔』の効果だろう」

「訳がわからんな」

 ズデンカは言った。まさに言葉通りの感想だ。

「二人は『鐘楼の悪魔』を持っている。その力で遠くから身体を操り続けているんだよ」

「いや、あの二人は本当に怯えていたし、とてもそんな大それたことが出来る器じゃないだろう」

 ズデンカは今まで観察してきた上で抱いた感想を述べた。

「それも本の能力だろうさ。ほら、見てごごらん」

 ルナは無数に絡み合うさまざまな人間の身体の一部の奥を指差した。

 暗く奥まったところに一冊の金文字の本――『鐘楼の悪魔』があった。

「こんにゃろ! すぐ叩きつぶしてやる!」

 動き出しに掛かったズデンカをルナは制止する。

「待って。まだ説明が足りてないよ。本の能力で彼らの脳味噌は彼ら自身の脳味噌を弄くっているんだろう」

「どういうことだ」

 ズデンカはまだ解せなかった。

「地下に本体である脳味噌は隠れて、使用人の身体の一部を奪い取って肥え太りながら、屋敷に入る二人は脳がない状態で何も失っていないと思いながら日常生活を送っているって訳さ」

「気色が悪い」

「気色が悪くてもそれが事実だろう。自己洗脳ってやつだね」

「さっさと潰すぞ」

 ズデンカは空洞の底へ降り掛けた。

「そうもいかないみたいだよ」

 途端に物凄い力でズデンカは押し返された。

 眼の前に立ちはだかるのように真っ黒い影が飛び出してきたのだ。

 ズデンカは即座に殴り返したが、擦り抜ける。

「何だこれは?」

「さあ。多分話に出た『黒い人』だろう。うんうん。こんなものまで作り出せるようになっていたんだね」

 ルナは感心したように頷いていた。

 黒い影は物凄い速度でズデンカの周りを取り巻いた。

 身体の一部が切り裂かれていくのを感じる。

 もっとも、それを上回る速度でズデンカの身体は恢復していくのだが。

――こうやって奴らは身体を取られていったのか。

 そう思うと怒りが込み上げてきた。

 だが、どれだけ殴りつけようと黒い人には全くダメージが入らない。

 ズデンカは守りで精一杯だった。

「クソッ、どうすりゃいい」

 その時だった。

 吐くのを堪えていたカミーユが意を決したように駈け出した。

 続いて、空洞へと飛び込み、ナイフで指や手を払いながら、本を引き摺りだした。

 そのままナイフを刺して頁をバラバラに引き裂く。

 刹那、黒い人は姿を消した。

「よく知らないけど、この本、あったらダメなものなんですよね! 私でも出来ましたよ!」

 満面の笑みを浮かべてカミーユは言った。

 ズデンカはしばし呆然としていた。
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