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第一部
第四十八話 だれも完全ではない(6)
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「……奪われたのです。黒い人に」
メイドは呟くように言った。
「ブラヴォ! 面白い! 黒い人ってなんですか?」
ルナは嬉々として飛び跳ねながらメイドに顔を近づけた。
「……」
「あっ、あのっ! こっ、ここで話し辛いなら寝室でどうでしょう!」
手を上げて提案するカミーユ。
「それはいい!」
ルナが応じる。
「しゃあねえな。それでもいいか?」
「は……い」
メイドは渋々ながら肯った。
三人は残りの廊下を進んで突き当たりにある寝室に入った。
「ふむ。ご丁寧に寝台が三つもある。まるで用意されていたみたいだね」
ルナが顎を押さえた。
「さきほどご主人様がたが仰って……何人かで急ぎ整えたのです」
メイドが説明する。
「なるほどね……それじゃあ」
ぴょこんとルナはベッドの上に大分した。
「こら、ほこりが立つだろうが!」
ズデンカは叱る。
「君はわたしのお母さんか」
ルナは笑った。
「どうでもいい、さあ話の続きだ」
ズデンカは急かした。
「は……い。この家に来たとき、私は五体満足でした。黒い人に追いかけ回されて。でも、痛みはなかったんです。ミスラが……あんなことになるわけがない!」
憑かれたようにメイドは話し始めた。
「訳のわかるように説明してくれねえか?」
ズデンカにはちんぷんかんぷんだった。
「黒い大きな影でした。廊下で私を追ってきて、逃げても最後まで最後まで追ってきて」
メイドはわめいた。
「おそらくミスラさんというのは亡くなったメイドさんのことだろう。黒い人はさっき話に出たとおり、この家に潜む何かだろうね。そいつが『鐘楼の悪魔』を持っているのは間違いなさそうだ」
ルナが解き明かした。
「だが、身体の一部をなくしてまで勤めるような場所かよこんな家。さっさと辞めちまえよまったく」
ズデンカは毒突いた。
「だめなんです! 止められないんです! 私たちに皆子供の頃から旦那さまに引き取られて、他にいきばんてないんです」
――なるほど。
ズデンカは納得した。
体の良い慈善事業――街の名士ならいかにもやりそうなことだ。
――表でいい顔をしているやつにはなかなか逆らえない。
いくら裏でよからぬことになっていようと。そこに善意があろうと、なかろうと。
「ともかく、わたしたちがその黒い人を探し出せば良いわけだ! こりゃ、わくわくしてきたな!」
先ほど探偵ごっこはやらないといったルナが嬉々として叫んだ。
「どうやって探すんだよ」
「モラクス頼りだね」
「はあ、これが、こんなに役立つことになるとはな」
ズデンカはモラクスを入れている袋を引き寄せた。
もちろんメイドの手前中を見せることはないのだが。
「もう、さがっていいですよ」
ルナは興味なさそうに枕に頭を預けた。
「お前が呼び止めたんだろ」
ズデンカは突っ込んだ。
「もう話は聞き終わったからね。あ、そうだ。願いを一つだけ叶えることにしているんですが、メイドさんのお話はまだ終わっていない。だから、これは後回しにすることにしましょう」
ルナは言った。
まことに勝手極まりないその態度にズデンカは腹が立ったが、さりとて会話を繋ぎ止められるだけのネタもない。
「すまないが下がってくれて良いぞ」
ズデンカは申し訳なさそうに言った。
精神的に昂ぶったメイドはひどく憔悴した様子で下がっていった。
「あれじゃあもう先がないかも知れないね」
ルナはそれを見て不吉なことを言った。
メイドは呟くように言った。
「ブラヴォ! 面白い! 黒い人ってなんですか?」
ルナは嬉々として飛び跳ねながらメイドに顔を近づけた。
「……」
「あっ、あのっ! こっ、ここで話し辛いなら寝室でどうでしょう!」
手を上げて提案するカミーユ。
「それはいい!」
ルナが応じる。
「しゃあねえな。それでもいいか?」
「は……い」
メイドは渋々ながら肯った。
三人は残りの廊下を進んで突き当たりにある寝室に入った。
「ふむ。ご丁寧に寝台が三つもある。まるで用意されていたみたいだね」
ルナが顎を押さえた。
「さきほどご主人様がたが仰って……何人かで急ぎ整えたのです」
メイドが説明する。
「なるほどね……それじゃあ」
ぴょこんとルナはベッドの上に大分した。
「こら、ほこりが立つだろうが!」
ズデンカは叱る。
「君はわたしのお母さんか」
ルナは笑った。
「どうでもいい、さあ話の続きだ」
ズデンカは急かした。
「は……い。この家に来たとき、私は五体満足でした。黒い人に追いかけ回されて。でも、痛みはなかったんです。ミスラが……あんなことになるわけがない!」
憑かれたようにメイドは話し始めた。
「訳のわかるように説明してくれねえか?」
ズデンカにはちんぷんかんぷんだった。
「黒い大きな影でした。廊下で私を追ってきて、逃げても最後まで最後まで追ってきて」
メイドはわめいた。
「おそらくミスラさんというのは亡くなったメイドさんのことだろう。黒い人はさっき話に出たとおり、この家に潜む何かだろうね。そいつが『鐘楼の悪魔』を持っているのは間違いなさそうだ」
ルナが解き明かした。
「だが、身体の一部をなくしてまで勤めるような場所かよこんな家。さっさと辞めちまえよまったく」
ズデンカは毒突いた。
「だめなんです! 止められないんです! 私たちに皆子供の頃から旦那さまに引き取られて、他にいきばんてないんです」
――なるほど。
ズデンカは納得した。
体の良い慈善事業――街の名士ならいかにもやりそうなことだ。
――表でいい顔をしているやつにはなかなか逆らえない。
いくら裏でよからぬことになっていようと。そこに善意があろうと、なかろうと。
「ともかく、わたしたちがその黒い人を探し出せば良いわけだ! こりゃ、わくわくしてきたな!」
先ほど探偵ごっこはやらないといったルナが嬉々として叫んだ。
「どうやって探すんだよ」
「モラクス頼りだね」
「はあ、これが、こんなに役立つことになるとはな」
ズデンカはモラクスを入れている袋を引き寄せた。
もちろんメイドの手前中を見せることはないのだが。
「もう、さがっていいですよ」
ルナは興味なさそうに枕に頭を預けた。
「お前が呼び止めたんだろ」
ズデンカは突っ込んだ。
「もう話は聞き終わったからね。あ、そうだ。願いを一つだけ叶えることにしているんですが、メイドさんのお話はまだ終わっていない。だから、これは後回しにすることにしましょう」
ルナは言った。
まことに勝手極まりないその態度にズデンカは腹が立ったが、さりとて会話を繋ぎ止められるだけのネタもない。
「すまないが下がってくれて良いぞ」
ズデンカは申し訳なさそうに言った。
精神的に昂ぶったメイドはひどく憔悴した様子で下がっていった。
「あれじゃあもう先がないかも知れないね」
ルナはそれを見て不吉なことを言った。
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