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第一部
第四十八話 だれも完全ではない(3)
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「わたしは最初からなんか妖しいと思っていたんだよ」
ルナが明らかに後付けで言った。
「だが、一体誰が……?」
それは無視しながら、ズデンカは思案した。
「犯人なんかすぐにわかるだろ。市長、奥方、それかあらぬか使用人。誰でもいい。誰が持っていても意外性はないよ」
ルナはピンと親指を立てて言った。
ドアがノックされた。
ズデンカは急いでモラクスを袋の中に突っ込む。
「お待たせしました」
燕尾服に身を包んだ小太りでちょび髭の紳士が中へ入って来た。
「初めまして、私はイゴールと申します。先祖代々地方に住まいする者です」
敢えて言うあたり、よほど誇りに思っているのだろうとズデンカは考えた。
イゴールの胸元には勲章が付けられている。
――普通出迎える程度でそんなもんつけるかよ。
「田舎の街なもので、名士の方が訪れられることはほとんどありません。見苦しい恰好で恐縮ではありますが、一晩お泊まり頂ければありがたく存じます」
イゴールは礼をした。
アリダも入ってきて、夫の横に並ぶ。
「それは願ったり叶ったりですよ! 本当に疲れてクタクタでしたからね!」
ルナは声を張り上げた。さきほどまで「妖しい」とか言っていた態度は毛ほども露わにしない。
カミーユは何も言わないがほっとしたようだった。
それを見てズデンカも安心した。
「ひとまずお昼にしましょう」
皆は立ち上がった。
使用人が先に立った。ルナ一行が続く。後ろを固めるかたちでイゴールとアリダだ。
すぐ外に出て、長い廊下を伝い食事室へ移動する。
応接間に負けず劣らず、広い豪奢な部屋だった。檜の細長だが応接間のよりも幅の広い膠を塗られた食卓が、鰐の背中のように照り輝いている。
先へ入った使用人が急いでレースのテーブルクロスを掛け始めた。
カミーユはすっかり畏まっている。こんな部屋に案内されたことがないのだろう。
手慣れているルナは主人が座るテーブルの橋の横を選んで坐った。
「カミーユ、ルナの横に坐れ」
ズデンカは後ろから囁いた。
「は、はい」
カミーユは従った。
ズデンカはここでも坐りはしなかった。
壁際に出来た使用人の列に加わる。
ズデンカには分を弁えるつもりは毛頭なかったとしても、食べられないのに前に食事を置かれるのは先方に食品を無駄にさせるようで苦痛だったからだ。
イゴールはそれを特に奇異に感じもしなかったようだ。無視して話を続けた。
「ペルッツさまは世界各地を巡って奇妙な話を蒐集していらっしゃいますね。この国からほとんど出たことのない私は毎度驚きの目をもって読ませて頂いております」
「ありがたいですね」
ルナは微笑んだ。
「わたくしも読ませて頂いていますよ。でも家庭菜園のほうも忙しくて、少しづつしか読んでいないのですけどね」
不自然なほど夫に呼応するアリダ。
「家庭菜園! 先ほどお話で出たやつですね。ぜひ一度わたしも野菜を食べてみたいな」
ズデンカが止められないとわかってか、ルナはいつも以上に饒舌な様子だ。
「はい。実はただいま召使いに用意させていますお昼の料理にもわたくしが育てた野菜を使っているのですよ」
アリダは自慢げに言った。
ズデンカは少し気になった。
――この家のどこかに『鐘楼の悪魔』を隠し持っている奴がいる。
一番怪しいのは読書家と見えるイゴールなのはもちろんだが、アリダだって共謀している可能性がある。
――そんなやつの育てた野菜を食って大丈夫なのか?
ズデンカは懐疑した。
ルナが明らかに後付けで言った。
「だが、一体誰が……?」
それは無視しながら、ズデンカは思案した。
「犯人なんかすぐにわかるだろ。市長、奥方、それかあらぬか使用人。誰でもいい。誰が持っていても意外性はないよ」
ルナはピンと親指を立てて言った。
ドアがノックされた。
ズデンカは急いでモラクスを袋の中に突っ込む。
「お待たせしました」
燕尾服に身を包んだ小太りでちょび髭の紳士が中へ入って来た。
「初めまして、私はイゴールと申します。先祖代々地方に住まいする者です」
敢えて言うあたり、よほど誇りに思っているのだろうとズデンカは考えた。
イゴールの胸元には勲章が付けられている。
――普通出迎える程度でそんなもんつけるかよ。
「田舎の街なもので、名士の方が訪れられることはほとんどありません。見苦しい恰好で恐縮ではありますが、一晩お泊まり頂ければありがたく存じます」
イゴールは礼をした。
アリダも入ってきて、夫の横に並ぶ。
「それは願ったり叶ったりですよ! 本当に疲れてクタクタでしたからね!」
ルナは声を張り上げた。さきほどまで「妖しい」とか言っていた態度は毛ほども露わにしない。
カミーユは何も言わないがほっとしたようだった。
それを見てズデンカも安心した。
「ひとまずお昼にしましょう」
皆は立ち上がった。
使用人が先に立った。ルナ一行が続く。後ろを固めるかたちでイゴールとアリダだ。
すぐ外に出て、長い廊下を伝い食事室へ移動する。
応接間に負けず劣らず、広い豪奢な部屋だった。檜の細長だが応接間のよりも幅の広い膠を塗られた食卓が、鰐の背中のように照り輝いている。
先へ入った使用人が急いでレースのテーブルクロスを掛け始めた。
カミーユはすっかり畏まっている。こんな部屋に案内されたことがないのだろう。
手慣れているルナは主人が座るテーブルの橋の横を選んで坐った。
「カミーユ、ルナの横に坐れ」
ズデンカは後ろから囁いた。
「は、はい」
カミーユは従った。
ズデンカはここでも坐りはしなかった。
壁際に出来た使用人の列に加わる。
ズデンカには分を弁えるつもりは毛頭なかったとしても、食べられないのに前に食事を置かれるのは先方に食品を無駄にさせるようで苦痛だったからだ。
イゴールはそれを特に奇異に感じもしなかったようだ。無視して話を続けた。
「ペルッツさまは世界各地を巡って奇妙な話を蒐集していらっしゃいますね。この国からほとんど出たことのない私は毎度驚きの目をもって読ませて頂いております」
「ありがたいですね」
ルナは微笑んだ。
「わたくしも読ませて頂いていますよ。でも家庭菜園のほうも忙しくて、少しづつしか読んでいないのですけどね」
不自然なほど夫に呼応するアリダ。
「家庭菜園! 先ほどお話で出たやつですね。ぜひ一度わたしも野菜を食べてみたいな」
ズデンカが止められないとわかってか、ルナはいつも以上に饒舌な様子だ。
「はい。実はただいま召使いに用意させていますお昼の料理にもわたくしが育てた野菜を使っているのですよ」
アリダは自慢げに言った。
ズデンカは少し気になった。
――この家のどこかに『鐘楼の悪魔』を隠し持っている奴がいる。
一番怪しいのは読書家と見えるイゴールなのはもちろんだが、アリダだって共謀している可能性がある。
――そんなやつの育てた野菜を食って大丈夫なのか?
ズデンカは懐疑した。
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