月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十七話 みどりのゆび(9)

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「何だそりゃ」

 まるで解せないフランツだった。

「我も知らない。だが夢はどんなものだったのか訊いてみたい」

 ファキイルは無表情で、だが明らかに興味を惹かれた様子で、フランツを見詰めた。

「大した夢じゃない。あの塔の過去を見た。本当かどうかもよくわからんがな」

 フランツは面倒臭そうに言った。

「おそらくは本当だろう。あの蔦の葉は生えている場所で起こったことを記憶すると言われている」

「そんな情報を後付けで言われてもな」

 フランツはオドラデクを見やりながら言った。まだ眠っている。だが、これは『ふり』なので話を訊いているだろう。

「どんな過去だったのだ?」

 ファキイルは先が知りたいようだ。

「男が女を追って塔の上階まで駈け登って、俺に靡かねば死ぬと言った。女は従おうとしたがそこに他の男がやってきて斬り殺した。こいつも女と結婚したかったようだ。女は驚いて塔から落ちて死んだ。男は後年、二人の愛を記念して塔の上に緑色の硝子を設置した。俺たちが塔で見たのはそれだ。あくまで夢の内容が正しければな」

 フランツは説明した。

「おそらく事実でしょう。ルナ・ペルッツの能力に似ている」

 と言いながらオドラデクが起き上がってきた。

「だがルナの能力は生者の見た幻想を甦らせる能力だろう。なぜ、死者を」

「生者、いるじゃないですか。その葉っぱちゃんですよ」

 オドラデクは蔦を指差した。

――なるほど、その発想はなかった。

  フランツは素直に感心した。

 オドラデクの本体は無生物だ。だから、かえって思い付く発想なのだろう。

 「当時生えていた葉っぱは枯れても、子々孫々に記憶が受け継がれていく。そういうことだって世の中にはあるもんですよ」

「そういうものなのか」

 フランツにはよくわからない世界だ。

 「フランツはどう思った?」

 ファキイルは訊いてくる。

「どうと言われてもな……結局二人の男がいた訳だが。誰も女を理解しなかったように思う」

「ふむ」

 ファキイルは首を傾げた。

「説明しづらいな。あの男は愛だのなんだの言っていたが、本当にそんなものはあったのか、と俺は言いたい」

 フランツは何とか言葉を探した。

「わかりますよ。一方通行な想いを飾っちゃう人は多いですからね」

 オドラデクが珍しく同意する。

「ファキイルに言いたいのだが」

 フランツは言った。

「なんだ」

 相変わらずあまり表情が変わらないファキイル。

「お前が思っているような――いや、それもただ単に俺が感じ取っただけかもしれないが――素晴らしいものじゃ、あの硝子はない。とてもつまらない思惑で作られたつまらないものだ。だから忘れろ」

 かなり恥ずかしく思いながらフランツは言った。これでも最大限ファキイルの意を汲んで言葉を探ったつもりだ。

「ふむ」

 ファキイルはまた首を傾げる。ふくろうのようだ。
 
「フランツの言うことは我にはよくわからない」

 フランツはがっくりきた。

「だが、あの硝子は綺麗だ。それだけでよい」

「そうか」

 フランツは机に向かった。執筆を再開するのだ。

「蔦を煎じた汁を飲むか?」

 ファキイルが訊いてくる。

「いい、また変な夢を見たら困るからな」

 フランツはペンを走らせ始めた。
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