月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十六話 オロカモノとハープ(10)

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「凄いですね! これがあったら、ナイフを買う必要がなくなるかも!」

 カミーユは素直に感心していた。

「別に見なくてもできるだろ。お前なら」

 ズデンカは呆れた。

「実際に見た方がいいよ。いままでわたしの作りだしたものは見たものが多い。雷を出す術は本から学んだり、まあ色々だけどね。他の人の記憶から作り出したものもある。膜《バリア》だってそれを上手く組み合わせただけさ」

 ルナは額の汗を拭いた。また太陽に照り付けられてきたからだ。

「何を見てきたんだお前は」

 ズデンカは疑問だった。日傘を開いて渡してやる。

「そりゃわたしは人が見てないものも見ているさ。ゾッとするようなものもね」

 ルナはウインクした。

 ズデンカは深く訊くのをやめておいた。

 今はそんなことやっている場合ではない。

 ズデンカはアコに向かって言った。

「あたしが、ハープを取り替えしてやるよ」

 そして、膜《バリア》から外へ飛び出していった。

 ルナが作り出したナイフはゆっくり蝙蝠たちを減らしていくので、ズデンカが近付く間に地面に落下することはなかった。

 ズデンカは空を飛ぶことは出来ない。

 かつて、空を飛べる敵と揉み合った経験はあったが。

 吸血鬼のなかには出来る者もいると聞くから、その意味でも自分は劣等種なのだと感じてしまう。

 飽くまで、地上に降りてきたところを奪い取るしかない。

――出来る限りはやってやるよ。

 蝙蝠は順当に数を減らしていった。

 近くで改めて見ると思いの外、ハープは大きい。

――縋り付いた衝撃で壊しちまってもな。

 ズデンカは己の爪を見て躊躇する。

 ある程度意志で長さをコントロールできるのだが、感情などが高ぶるとつい伸びてしまうことがある。

 今はできるだけ短く調節した。

 ハープは精巧な作りだ。下手に触ってしまったら大変なことになる。

 ズデンカは静かに静かに近付いた。

 蝙蝠の数が半分近くになったとき、ガクンとハープが斜めにずれた。

 今にも落ちそうだ。

 ズデンカは急いでその下へ入った。

 やがて、ハープは落ちた。

 ズデンカは腕を伸ばして、強くハープを押さえた。

 軽い。いや、人間なら潰れてしまう重さなのだろうが、ズデンカにとってはとても軽かった。

 ルナのナイフは容赦なく蝙蝠たちを突き刺していった。

 こうなった以上、遠慮は何もいらないのだから。

 ズデンカは空を仰ぎ、ハープが落ちないよう気を使いながら何歩か後ろに下がり、安全だと思える場所に置いた。

 ハープは地面に深く沈み込んだ。 

 荒く息をすることもなく、ズデンカは皆の元へ引き返す。

「どうだ。取り戻してやったぞ!」

 ズデンカは自慢げに言った。

 アコは直ぐに走り出そうとした。ズデンカはそれを引き止める。

「待て、少なくとも膜《バリア》の中に入れてからだ。それに、蝙蝠もまだ残っている」

 アコは反応しない。

「ルナ、あそこまで歩くぞ」

 一同はハープの周りに移動した。蝙蝠は未だ空に滞留しているが先ほどの半数もない。

「あたしには手が出ん。退治はお前がやれ」

「はいはい」

 ルナはナイフや雷を使って、残った蝙蝠を一掃した。

「ふう、これで片づいたか」

 ズデンカがそうため息を吐こうとしたその時だ。

「ここにいたのか」

 冷たい声が響いた。

 ズデンカは戦慄した。
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