月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十六話 オロカモノとハープ(8)

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 ルナが握り締めたままの日傘を畳んで脇に挟み、ズデンカは進んだ。

 適確に、適確に山の上へ登っていく。

 辛くはなかった。

 むしろ、荷物を処分して、ルナやアコを歩かせる必要がなくなったので楽なぐらいだ。

「カミーユ、大丈夫か?」

 前へ声を掛けた。

「少し……疲れてきたかもですね! でも、まだ大丈夫です!」

 カミーユは汗を拭いていた。

――まずいな。

 ズデンカは空を見上げて、考えていた。 

 蝙蝠はなお空を蔽っている。羽ばたきの音もズデンカは聞き分けることが出来た。

――騒いでいる。

 何かが、起ころうとしている。

 ズデンカは確信した。

 やがて、黄金の光が一筋、通り過ぎた。

 蝙蝠の群が、少し動いて、光が差して来たのだ。

 それだけではない。

 現れたのはそれだけではなかったのだ。

 太陽の光を照射して、ハープが輝いていたのだ。

 ハープは、空を翔んでいた。

 その周りには無数の蝙蝠が群がって必死に運んでいるのだ。

 そんなことがありえるのかと、ズデンカは驚いていた。

「ブラヴォ!」

 ルナも賛嘆の声を上げていた。

「どうでもいい。今のうちに逃げるぞ」

 ズデンカは速度を早めた。

 だが、巨大な竪琴を運びながらも蝙蝠の動きは俊敏だ。

 一行のいる真上にも瞬く間に集まってきた。

――まだ、気付かれていないはずだがな。

 だが、その時。

 ハープを指差しながら、アコが何か叫んでいた。

 声にならぬ声。

 やはり、自分が奏でるように命じられた者に反応したのだろうか。

 ルナの言うとおり防音はされているのだろう。だが、声は大きすぎた。

 たちまちのうちに蝙蝠たちは一直線に降下し、群がってくる。

「より、硬度を高めるね」

 ルナが言った。

 黒板を引き裂くような、金切り声のような音があたりに満ちる。

 蝙蝠の突撃は弾き返された。勢いよくぶつかり、頭を潰されて地面に落ちるのも何匹かいた。

 だが、その程度で数は減らないのだ。

 何匹も、何百匹も、何千匹も。

 蝙蝠は渦をなして迷彩された膜《バリア》の周りを飛び回る。

「ひいいっ!」

 カミーユは怯えていた。

 ズデンカはルナとアコを地面に下ろして、

 「ナイフを投げろ、何匹かは殺せるはずだ!」

 と歯がみしながら言った。

 同時に自身も蝙蝠を引き剥がしに掛かった。

 その気になれば、普通の動物の速さなど超えられるズデンカは一秒のうちに三匹以上の蝙蝠を屠った。

 カミーユのナイフの助力もあってか、群がっていた蝙蝠をかなりの数撃退することに成功した。

 だが、わずかに進めるようになっただけだ。

「仕方ない。わたしも協力するか」

「……」

 ルナにこれ以上力を使わせたくはなかったが、かといって止めろとも言えないズデンカは黙るしかなかった。

 紅蓮の炎が巻き起こる。

 蝙蝠たちに着火したのだ。

 須臾《しゅゆ》のうちに燃え広がり、炎の輪が現れた。

 ズデンカは急いでまた膜の中に戻った。

「大丈夫かお前ら? 疵を負っていないか?」

「はい! 少しも! でも、ナイフを使い過ぎちゃいましたけど! また買い足さないと!」

 額の汗を拭きながらカミーユが言った。

「アコさんが……」

 ルナが言った。

 ズデンカは驚いてアコを捜す。

 いない。

 外に出たのだ。

――やばい。

 ズデンカは膜の外を見た。アコはひたすらに、蝙蝠たちが掲げたハープを目指して走り出している。

 その周りへ黒い渦がまた近付こうとしている。

 ズデンカは勢いよく駆け出した。
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