月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十六話 オロカモノとハープ(5)

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「でも、確かにここにずっといるのはまずそうだよね」

 時間差を置いてルナは肯った。

「お前らには生きて貰わないといけない……それに」

「それに、なに?」

 ズデンカはゴルダヴァ入国直後に襲撃してきたハロスと自分の繋がりを、はっきりとルナやカミーユに開示していなかった。

 それはつまり、己の恥を晒すことになるからだ。

 ハロスは自分との過去の因果関係により襲撃してきた。既にスワスティカの残党に追われるルナに、余計な迷惑を掛けてしまっている。

 全て悪いのは自分だという一言がなかなか告げられなかった。

「何でもない」

「変なの」

 ルナは首を傾げた。 

「もう行っちゃうんですか?」 

 カミーユは名残惜しげだった。どうもあのハープの音色にまだ魅了されているらしい。

 ズデンカはその手を掴んだ。

「いかねえとダメなんだよ!」

 と力強く叫んで。

「は、はい」

 カミーユはどもりながら尾いてきた。

 アコは呆けた顔でずっと草叢に横たわったままだ。自分で立ち上がる気もないらしい。

 ズデンカもさすがに薄気味悪く思えてきた。

 カミーユの手を掴んだまま、ズデンカは距離を大きく取った。

 ルナもやってくる。

「あいつをどうするんだ」

「放置でいいでしょ」

「そうもいかない。またいつかハープを弾き始めるはずだ。そしたら人死にが出る」

 ズデンカは言った。

「わたしたちは別に人助けの旅をしているわけじゃないからね」

 ルナが正論で返した。

「そうは言っても放って置けん。お前らは先に戻ってろ」

 ズデンカはアコの元へと迫っていった。

「……」

 アコは相変わらず喋らない。ズデンカはそれを無理に立たせた。

――そう言えば、なんでこいつはハープの音色で同じないんだ? あのヴァンパイアを前にしても、同じていないようだった。

 もしかすると吸血鬼に魅了されるの知能には一定の関係があるのかも知れない。

 魅了されることがなく、一心に曲を奏でることが出来るアコは、手駒としてちょうどよかったのだろう。

 ズデンカは推測した。

 自分にはそういう芸当ができないので、本当のところはわからなかったが。

 アコの手を引いて歩き出す。

 ヴァンパイアに察知されて襲撃される恐れもあったが、さらなる被害を出すよりはましだと自分を騙しながらズデンカは進む。

「……」

 アコは相変わらず話さない。

 言葉を交わすことが出来ない相手といることにズデンカは軽い疲れを覚えた。

「どうするつもりなの?」

 ルナが興味津々といった様子で訊いてくる。

「どこかの村があればそこに預ける。キシュまで戻るやつがいたら、そいつに連れていって貰う……金は、渡さないといけないな」

「わたしは幾らでも払うけど、君はそれでもいいの? 吝嗇《ケチ》で有名な君が」

 ルナはからかうように言った。

「有名じゃねえよ」

 ズデンカは打ち消した。

「まあ仕方ないね。わずかの旅の友だけど、行くとしよう。あの吸血鬼に逢わないように気を付けないとね」

「何か方法は思い付かないか?」

 ズデンカは焦っていた。

「そうだなぁ」

 とルナは指を鳴らした。

 途端にその姿は眼の前から消えていた。

「何をした?」

 ズデンカは問うた。

 ルナがまた姿を現した。

「まあ言ってみれば『迷彩』だね。周囲の風景に溶け込めるように膜《バリア》に細工を施したんだよ」

「そんなことも出来るんだな」

 ズデンカは素直に感心した。
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