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第一部
第四十六話 オロカモノとハープ(4)
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「じゃあ、やる」
ルナは即答した。
日傘の中棒を肩に預け、パイプへ着火して煙をもくもくとあたりにあふれさせる。
別にルナの能力の発動に必須ではないが、皆に見せびらかすためにやりたがるのだ。
と、煙の中から二つの影が浮かび上がった。
一人は、アコ。今目の前にいるのとは違う。分身だった。
「過去の記憶を甦らせたのさ」
ルナが説明した。
もう一人は、黒く長いマントを身に纏った長身で赤毛の男。
ズデンカも高い方だが、並ぶ程度はあった。
やがて、あることに気付いた。
――こいつは、不死者だ。
それもかなり高位種の者だろう。ズデンカは悪寒を覚えた。
これは、恐怖かも知れない。
以前遭遇した吸血鬼のハロスはズデンカと同じ程度の力しかないとすぐにわかったが、この男から漲る殺気はそんなものではない。
ハロスから話に訊いていた吸血鬼による新しく組織された結社、『ラ・グズラ』の関係者だろうか?
だが、実物が眼の前にいる訳ではない。あくまでルナの作り出した幻想にしか過ぎない。
ズデンカは心を落ち着けようと努めた。
「さて、高みの見物と洒落込もうか」
ルナが言った。
男はハープの方へと歩いていった。そして、その柱から金箔を張られた腕木へ、弦の一本一本を触っていった。
「このハープに俺の力を与える」
「はい」
アコは表情を変えぬまま頷いていた。
「弾けば、命ある人間である限りは心惹かれ、吸い寄せられる。そして、最後まで曲を弾き終わればそのものは死ぬ。魂がことごとく失せてなくなるのだ」
男は静かに言った。
だが、アコは相変わらず訊いていない。
――あたしが止めなけりゃルナは死んでたのか。
その事実にズデンカは愕然とした。吸血鬼の中には触るものに自分の能力を付与できるものがいると訊く。
ヴァンパイア。
その名が浮かんできた。
さまざまな生き物に姿を変えられ、また他に姿を変えさせることもあるという。
テレパシーとでも言うか、心の中に語り掛け、相手を操ることも可能だとされる。
「へえ、興味深い。わたしも何度も催眠には掛けられたことがあるけど、あまり掛からない方でね。吸血鬼の力で操られたことは初めてだ」
ルナは心底興味深そうな顔をしていた。
「悠長に解説してる場合かよ。お前はあの吸血鬼に操られた、ということは、今後も操られるかも知れない。由々しき事態だろうが!」
ズデンカは焦りながら言った。
「気にしないさ。既にスワスティカの残党連中からも追われる身なんだ。いまさら吸血鬼に追われてみるのも悪くないかも知れないな」
ルナは相変わらず暢気だった。
幻想のアコがハープに向かって腰を下ろした。
「しまった、まずい! 止めろ!」
ズデンカは叫んだ。
「えー」
ルナは不満そうな顔をした。
「すぐに止めろ! もし言うことを訊かないなら……」
ズデンカはルナを睨み付けた。
「わかったよ」
さすがに正論だと思ったのかルナが合図を送るまでもなく幻想は掻き消えた。
本物のアコは自分とそっくりなものが現れてもまるで無反応のようだった。
「少なくともこの事件は仕掛け人がいるってことさ」
ルナが自明のことを述べた。
「早くここから立ち去った方がいい。今は姿を消しているが、あの吸血鬼は必ず戻ってくるはずだ」
「まあ戻ってきたら戦えばいいさ。三人がかりなら何とかなるだろ?」
「馬鹿言え。あたしが勝てる相手じゃない」
「へー、そうなんだ。日頃から力自慢の君がねえ。勝てないんだー」
ルナは目を細めて、あからさまに驚いた風を装いながらズデンカを見た。
――クソが。
ズデンカは内心悪態を吐いた。
ルナは即答した。
日傘の中棒を肩に預け、パイプへ着火して煙をもくもくとあたりにあふれさせる。
別にルナの能力の発動に必須ではないが、皆に見せびらかすためにやりたがるのだ。
と、煙の中から二つの影が浮かび上がった。
一人は、アコ。今目の前にいるのとは違う。分身だった。
「過去の記憶を甦らせたのさ」
ルナが説明した。
もう一人は、黒く長いマントを身に纏った長身で赤毛の男。
ズデンカも高い方だが、並ぶ程度はあった。
やがて、あることに気付いた。
――こいつは、不死者だ。
それもかなり高位種の者だろう。ズデンカは悪寒を覚えた。
これは、恐怖かも知れない。
以前遭遇した吸血鬼のハロスはズデンカと同じ程度の力しかないとすぐにわかったが、この男から漲る殺気はそんなものではない。
ハロスから話に訊いていた吸血鬼による新しく組織された結社、『ラ・グズラ』の関係者だろうか?
だが、実物が眼の前にいる訳ではない。あくまでルナの作り出した幻想にしか過ぎない。
ズデンカは心を落ち着けようと努めた。
「さて、高みの見物と洒落込もうか」
ルナが言った。
男はハープの方へと歩いていった。そして、その柱から金箔を張られた腕木へ、弦の一本一本を触っていった。
「このハープに俺の力を与える」
「はい」
アコは表情を変えぬまま頷いていた。
「弾けば、命ある人間である限りは心惹かれ、吸い寄せられる。そして、最後まで曲を弾き終わればそのものは死ぬ。魂がことごとく失せてなくなるのだ」
男は静かに言った。
だが、アコは相変わらず訊いていない。
――あたしが止めなけりゃルナは死んでたのか。
その事実にズデンカは愕然とした。吸血鬼の中には触るものに自分の能力を付与できるものがいると訊く。
ヴァンパイア。
その名が浮かんできた。
さまざまな生き物に姿を変えられ、また他に姿を変えさせることもあるという。
テレパシーとでも言うか、心の中に語り掛け、相手を操ることも可能だとされる。
「へえ、興味深い。わたしも何度も催眠には掛けられたことがあるけど、あまり掛からない方でね。吸血鬼の力で操られたことは初めてだ」
ルナは心底興味深そうな顔をしていた。
「悠長に解説してる場合かよ。お前はあの吸血鬼に操られた、ということは、今後も操られるかも知れない。由々しき事態だろうが!」
ズデンカは焦りながら言った。
「気にしないさ。既にスワスティカの残党連中からも追われる身なんだ。いまさら吸血鬼に追われてみるのも悪くないかも知れないな」
ルナは相変わらず暢気だった。
幻想のアコがハープに向かって腰を下ろした。
「しまった、まずい! 止めろ!」
ズデンカは叫んだ。
「えー」
ルナは不満そうな顔をした。
「すぐに止めろ! もし言うことを訊かないなら……」
ズデンカはルナを睨み付けた。
「わかったよ」
さすがに正論だと思ったのかルナが合図を送るまでもなく幻想は掻き消えた。
本物のアコは自分とそっくりなものが現れてもまるで無反応のようだった。
「少なくともこの事件は仕掛け人がいるってことさ」
ルナが自明のことを述べた。
「早くここから立ち去った方がいい。今は姿を消しているが、あの吸血鬼は必ず戻ってくるはずだ」
「まあ戻ってきたら戦えばいいさ。三人がかりなら何とかなるだろ?」
「馬鹿言え。あたしが勝てる相手じゃない」
「へー、そうなんだ。日頃から力自慢の君がねえ。勝てないんだー」
ルナは目を細めて、あからさまに驚いた風を装いながらズデンカを見た。
――クソが。
ズデンカは内心悪態を吐いた。
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