月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十六話 オロカモノとハープ(3)

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「じゃあ仕方ねえな。殺すか」

 ズデンカはメイド服の袖をまくった。

「そうやってすぐ、暴力に訴えようとする。君の良くない癖だ」

 ルナが窘《たしな》めた。

「じゃあどうするんだよ。こいつをそのまま置いとくのか?」

 ズデンカは面倒臭くなった。

 女は不気味なぐらい何の反応もなく、ズデンカを見詰めたままだった。

「まあそのまま立ち去るって方法もあるね」

 ルナは顎先に手をあてながら言った。

「お前がそんなことやるわけがないのはよくわかってるぜ」

「さっすがー。もう、出会って二年近くだもんね。そのあたりのノリは理解できるようになってきたらしい」

 ルナは他人事のように言った。

「お前、名前は?」

 ズデンカはお決まりのようにルナを無視して女に話し掛けた。

「……」

 相変わらず女は黙るかと思われたが、やがて、

「アコ」

 と短く漏らした。

「はあ、それが名前か?」

「ノンノン。この地方だと結構いたりするんだよ」

 ルナが解説した。

――ゴルダヴァ生まれのあたしに教えるとは、何様のつもりだ?

 ズデンカは向かっ腹を立てた。

 ズデンカの周りではアコという名前の持ち主はいなかった。 

 とはいえ、ズデンカの世間は狭い。

 ゴルダヴァの歴史も昔耳の挟んだ言い伝えや、『地誌』で読んだ以外は特に知らないのだ。実際方言を効かせて話し掛けたら、通じたのもある。

 ズデンカは矛を収めることにした。

――知らないのは悪いことじゃない。

「お前の言う通り、仮にここの生まれだとしよう。だが、なんでこんな妖しげなハープなんかを弾いていた? どこで、誰に学んだんだ? 理由がよくわからないじゃないか」

「人間の頭ってのはいろいろ面白くてね。日常生活には差し支えるほどなのに、なぜか一つのことだけはできたりする人がいるんだ。それも、人より飛び抜けて」

 ルナは自分の頭を指差しながら言った。

「そんなもんか」

 ズデンカは驚いていた。

「でも、生きるのは大変だよ。世の中ってのは一つだけのことが上手でも、なかなか食っていけないようになってるから。このあたりは君の方が詳しいだろうけど」

 ルナはにんまりする。

「人のこと言えるのかよ」

 ズデンカは呆れた。

「まあ、わたしもたいがい不器用だ。でも、幸い何とかなっている。だからこそ、あんな心地の良い体験をさせてくれた芸術家に、敬意を表したいね」

 ルナは脱帽した。

「だからこそ? 論理的におかしいな。繋がってねえぞ」

「細かいことは気にしない方がいいよ」

「私も、凄い感動しましたよ!」

 カミーユは遅ればせながら拍手をして、子供並みの感想を述べた。 

 さて、この素晴らしい? 演奏家はぼんやりとズデンカたちを眺めたままだ。

「お前、どこから来た?」

「キシュ」

 やっとアコの返事があった。

「あたしらが通ってきたところじゃねえか」

 キシュは北部の街で一行はかつて通過したことがある。

 だが、これ以上の情報は聞き出せそうになかった。

「本人がだめだとしたら、わたしに頼ればいい」

「幻想を使うのか?」

「うん」

 牛の首のかたちで袋に詰め込まれた、モラクスという悪魔を押さえこむためにルナは絶えず力を使い続けている。

 口に出してはいないが恐らく膜《バリア》も発動しやすいようにしている可能性も高く、ズデンカはあまりルナを消耗させたくなかった。

「あたしは薦めないが、お前がやりたいんだったらやればいい」

 ズデンカは答えた。
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