475 / 526
第一部
第四十六話 オロカモノとハープ(1)
しおりを挟む
ゴルダヴァ中部――
「文明の利器を発明をするという、人間の習性は褒めるべきものがあるよ!」
翼を広げた蝙蝠のような日傘を片手に持ちながら綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツが言った。
「これ一つで差すだけで、こんなに楽ちんなんだから」
「どれだけ捜したと思ってる。そして幾ら金を使ったのか」
メイド兼従者兼馭者だが今は徒歩で行く吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカは詰問した。
つい先程旅立った谷戸にある村の衆に一人一人あたって、日傘を買い求めたものの、ふっかけられたのだ。
ルナは日射病になりやすい。
ならば多少は金を払っても日傘を入手するしかなかった。
「まあいいじゃないですか。村で持ってる人がいただけでもよかったですよ」
同行するナイフ投げ、カミーユ・ボレルがほんわかと言った。
「お前はそう言うがな。ルナの持っている金だって無限じゃない。いざという時のために必要なんだ」
金を持たずに長距離移動した経験のあるズデンカは殊の外不必要な出費には厳しかった。
「いいよ。少なくとも今後十年ぐらいは楽に生きられる。カミーユもお菓子とか欲しいのがあったらなんでも買ってあげる」
ルナが言った。
「ええっ! ホントですか!」
カミーユは目を輝かせた。
その喜びを無碍《むげ》にしかねたズデンカは、黙ることにした。
三人は歩みを進める。
荷物は多い。両腕を鞄やトランクの持ち手で鈴なりにしていた。
一番抱えているのはズデンカだ。
もちろん、吸血鬼の体力なら難しいことではない。
だがルナはスワスティカの残党に追われている。即座に応戦できるように身軽にならなければならないのだ。
「ともかく都合のいい町を捜して、この荷物を何とかするぜ」
本当なら前行ったパヴィッチで倉庫を借りて預けておくべきだったのだ。
「えー」
ルナは嫌そうだった。欲しい物が見つかるとなんでも買ってしまう性分なのだ。
食欲というか、物欲というか、知的好奇心というか。
――真の随から快楽主義者と呼べるのかもしれんが。
ズデンカは呆れた。
実際、ズデンカの故郷に向かっているのもルナの飽くなき探究心によるものなのだ。
「ほんとうにお前は良いのか、こんな馬鹿みたいな旅に付き合うなんて」
ズデンカはカミーユに言った。
「もうズデンカさん。ここまできて、そんなこと言いっこなしですよ!」
カミーユは頬を膨らませた。
「そ、そうか」
ズデンカは言葉に詰まる。
「わたしはずっとルナさんとズデンカさんについていくって決めたんです。そりゃ、最初のうちこそ座長から言われたって意識はありましたよ。でも、旅しているうちにこの人たちしかいないって思えるようになったんです!」
「過大評価だぜ」
ズデンカは顔を背けた。
先へ先へ急ぐ。
山道はどんどんきつくなる。
登りだ。
先を行く人がいたからこそ切り拓かれた道なのだろうが、それでも草が蔽い尽くして、進みづらくしていた。
「はぁ、はぁ!」
案の定ルナが息を切らし始めた。
カミーユはと言えば勢いよく上へ上へと上がっていく。
「体力を使いすぎるなよ」
「寝てすっかり恢復《かいふく》、ですよ!」
カミーユが振り返って笑顔で言った。
その時、夏場には珍しい涼やかな楽の音が聞こえてきた。
「何て楽器でしょう」
とカミーユ。
「あれは……そうだ。ハープだ。まさかこんなところで訊けるなんて!」
ルナが答えた。
「文明の利器を発明をするという、人間の習性は褒めるべきものがあるよ!」
翼を広げた蝙蝠のような日傘を片手に持ちながら綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツが言った。
「これ一つで差すだけで、こんなに楽ちんなんだから」
「どれだけ捜したと思ってる。そして幾ら金を使ったのか」
メイド兼従者兼馭者だが今は徒歩で行く吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカは詰問した。
つい先程旅立った谷戸にある村の衆に一人一人あたって、日傘を買い求めたものの、ふっかけられたのだ。
ルナは日射病になりやすい。
ならば多少は金を払っても日傘を入手するしかなかった。
「まあいいじゃないですか。村で持ってる人がいただけでもよかったですよ」
同行するナイフ投げ、カミーユ・ボレルがほんわかと言った。
「お前はそう言うがな。ルナの持っている金だって無限じゃない。いざという時のために必要なんだ」
金を持たずに長距離移動した経験のあるズデンカは殊の外不必要な出費には厳しかった。
「いいよ。少なくとも今後十年ぐらいは楽に生きられる。カミーユもお菓子とか欲しいのがあったらなんでも買ってあげる」
ルナが言った。
「ええっ! ホントですか!」
カミーユは目を輝かせた。
その喜びを無碍《むげ》にしかねたズデンカは、黙ることにした。
三人は歩みを進める。
荷物は多い。両腕を鞄やトランクの持ち手で鈴なりにしていた。
一番抱えているのはズデンカだ。
もちろん、吸血鬼の体力なら難しいことではない。
だがルナはスワスティカの残党に追われている。即座に応戦できるように身軽にならなければならないのだ。
「ともかく都合のいい町を捜して、この荷物を何とかするぜ」
本当なら前行ったパヴィッチで倉庫を借りて預けておくべきだったのだ。
「えー」
ルナは嫌そうだった。欲しい物が見つかるとなんでも買ってしまう性分なのだ。
食欲というか、物欲というか、知的好奇心というか。
――真の随から快楽主義者と呼べるのかもしれんが。
ズデンカは呆れた。
実際、ズデンカの故郷に向かっているのもルナの飽くなき探究心によるものなのだ。
「ほんとうにお前は良いのか、こんな馬鹿みたいな旅に付き合うなんて」
ズデンカはカミーユに言った。
「もうズデンカさん。ここまできて、そんなこと言いっこなしですよ!」
カミーユは頬を膨らませた。
「そ、そうか」
ズデンカは言葉に詰まる。
「わたしはずっとルナさんとズデンカさんについていくって決めたんです。そりゃ、最初のうちこそ座長から言われたって意識はありましたよ。でも、旅しているうちにこの人たちしかいないって思えるようになったんです!」
「過大評価だぜ」
ズデンカは顔を背けた。
先へ先へ急ぐ。
山道はどんどんきつくなる。
登りだ。
先を行く人がいたからこそ切り拓かれた道なのだろうが、それでも草が蔽い尽くして、進みづらくしていた。
「はぁ、はぁ!」
案の定ルナが息を切らし始めた。
カミーユはと言えば勢いよく上へ上へと上がっていく。
「体力を使いすぎるなよ」
「寝てすっかり恢復《かいふく》、ですよ!」
カミーユが振り返って笑顔で言った。
その時、夏場には珍しい涼やかな楽の音が聞こえてきた。
「何て楽器でしょう」
とカミーユ。
「あれは……そうだ。ハープだ。まさかこんなところで訊けるなんて!」
ルナが答えた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
まほカン
jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。
今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル!
※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる