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第一部
第四十五話 柔らかい月(7)
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「うーん、それは残念ですね」
ルナは懐にパイプをしまい、立ち上がった。
「夜風を浴びてきましょう」
お菓子作りに精を出していた間に、もうすっかり暗くなっていた。
「おい、お前」
ズデンカはもちろん尾いていく。
「ふう」
扉を開けて夜風に身を晒すと、ルナは髪を静かに掻き上げた。
「なんだよいきなり」
ズデンカは戸惑った。
「単に顔が火照っただけさ。真っ昼間に炎天下を歩かされたからね」
涼しさに身体を包まれて、ルナの柔らかみは少し収まったようだった。
「まるであたしにやらされたかのような言い草だな」
ズデンカはまた腹が立った。
「ふんふん♪」
ルナは訊いていないように頭を振っていた。
――何をやってるんだか。
「ジュリツァもミロスに逢ってやってもいいと思うんだがな」
「仕方ないよ」
ルナは答えた。
「なんでだよ。実の息子だろ?」
「だから、逢いたくないということもあるのかもしれない。知らんけど」
ルナはパイプをまた取りだし、ライターで着火した。
煙を吐く。
「まあ、そりゃ親子の間にはいろいろなことがあるからな。あたしも親父とは二度と逢いたくない」
ズデンカは自分の来し方を顧みた。父親のゴルシャも吸血鬼となったが、もう百年以上は前に討伐され、今は亡かった。
故郷を離れて以来、ズデンカは一度も父親と顔を合わせることがなかった。最後にゴルダヴァに戻ってきた時にゴルシャが討たれたという話を耳にしたが、何も感じなかったし悲しくも思えなかった。
――あいつはろくでもない親だった。
「経験者は語る、ってやつ?」
ルナは茶化した。
「別にんなんじゃねえよ」
「君の親がいるとしたらぜひ逢ってみたいかも」
「もう死んでるぞ」
ズデンカは手短に言った。やっぱりゴルシャのことはルナには何も話していない。
気恥ずかしかったからだ。
「君の故郷にも近付いて来たし、そろそろ過去の話を訊きたい」
「着いてからな」
ズデンカは断った。
「楽しみだなー、わくわく」
正直、ズデンカはどこから話していいかわからなかった。物語《はなし》らしい物語《はなし》をするのが苦手なのだ。
これほど綺譚好きなルナのそばにずっといるのに。
「さて、戻ろう。夕食食べて、寝るよ」
ルナは中に入った。
「夕食だと? まだ何も出来てねえぞ」
「匂いがしてきたよ」
ズデンカは血の臭い以外はとんと鈍感だが、香ばしい香りが漂ってきていることに気付いた。
きっと、ジュリツァか、カミーユが作り始めたに違いない。
「クソッ、あたしがやりゃよかったのに!」
「まだ間に合うよ、手伝いなー」
「お前は何もしないだろうが」
「ふんふん♪」
またルナが頭を振り出した。
ズデンカは家の中に入った。
大きなフライパンで、カミーユが野菜を炒めていた。
「ズデンカさん、今度は私がメインで作りますよ!」
カミーユはグッと拇指を突き出して、ズデンカに笑いかけた。
「あたしも手伝う」
ズデンカは傍に寄ろうとする。
「私が独りでもなんとかなります!」
「いやいや、この国の料理はあたしは一応詳しいんだ」
そう言い訳しながら、ズデンカはひき肉の調理を始めた。
「私も負けませんよー!」
二人の間に健康的な火花が散った。
確かにジュリツァの言ったとおり、食品棚に保存されているものは多過ぎた。ジュリツァ独りの生活ではすぐに腐ってしまうだろう。
ズデンカは出来る限り使うことにした。
ルナは懐にパイプをしまい、立ち上がった。
「夜風を浴びてきましょう」
お菓子作りに精を出していた間に、もうすっかり暗くなっていた。
「おい、お前」
ズデンカはもちろん尾いていく。
「ふう」
扉を開けて夜風に身を晒すと、ルナは髪を静かに掻き上げた。
「なんだよいきなり」
ズデンカは戸惑った。
「単に顔が火照っただけさ。真っ昼間に炎天下を歩かされたからね」
涼しさに身体を包まれて、ルナの柔らかみは少し収まったようだった。
「まるであたしにやらされたかのような言い草だな」
ズデンカはまた腹が立った。
「ふんふん♪」
ルナは訊いていないように頭を振っていた。
――何をやってるんだか。
「ジュリツァもミロスに逢ってやってもいいと思うんだがな」
「仕方ないよ」
ルナは答えた。
「なんでだよ。実の息子だろ?」
「だから、逢いたくないということもあるのかもしれない。知らんけど」
ルナはパイプをまた取りだし、ライターで着火した。
煙を吐く。
「まあ、そりゃ親子の間にはいろいろなことがあるからな。あたしも親父とは二度と逢いたくない」
ズデンカは自分の来し方を顧みた。父親のゴルシャも吸血鬼となったが、もう百年以上は前に討伐され、今は亡かった。
故郷を離れて以来、ズデンカは一度も父親と顔を合わせることがなかった。最後にゴルダヴァに戻ってきた時にゴルシャが討たれたという話を耳にしたが、何も感じなかったし悲しくも思えなかった。
――あいつはろくでもない親だった。
「経験者は語る、ってやつ?」
ルナは茶化した。
「別にんなんじゃねえよ」
「君の親がいるとしたらぜひ逢ってみたいかも」
「もう死んでるぞ」
ズデンカは手短に言った。やっぱりゴルシャのことはルナには何も話していない。
気恥ずかしかったからだ。
「君の故郷にも近付いて来たし、そろそろ過去の話を訊きたい」
「着いてからな」
ズデンカは断った。
「楽しみだなー、わくわく」
正直、ズデンカはどこから話していいかわからなかった。物語《はなし》らしい物語《はなし》をするのが苦手なのだ。
これほど綺譚好きなルナのそばにずっといるのに。
「さて、戻ろう。夕食食べて、寝るよ」
ルナは中に入った。
「夕食だと? まだ何も出来てねえぞ」
「匂いがしてきたよ」
ズデンカは血の臭い以外はとんと鈍感だが、香ばしい香りが漂ってきていることに気付いた。
きっと、ジュリツァか、カミーユが作り始めたに違いない。
「クソッ、あたしがやりゃよかったのに!」
「まだ間に合うよ、手伝いなー」
「お前は何もしないだろうが」
「ふんふん♪」
またルナが頭を振り出した。
ズデンカは家の中に入った。
大きなフライパンで、カミーユが野菜を炒めていた。
「ズデンカさん、今度は私がメインで作りますよ!」
カミーユはグッと拇指を突き出して、ズデンカに笑いかけた。
「あたしも手伝う」
ズデンカは傍に寄ろうとする。
「私が独りでもなんとかなります!」
「いやいや、この国の料理はあたしは一応詳しいんだ」
そう言い訳しながら、ズデンカはひき肉の調理を始めた。
「私も負けませんよー!」
二人の間に健康的な火花が散った。
確かにジュリツァの言ったとおり、食品棚に保存されているものは多過ぎた。ジュリツァ独りの生活ではすぐに腐ってしまうだろう。
ズデンカは出来る限り使うことにした。
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