月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
470 / 526
第一部

第四十五話 柔らかい月(7)

しおりを挟む
「うーん、それは残念ですね」

 ルナは懐にパイプをしまい、立ち上がった。

「夜風を浴びてきましょう」

 お菓子作りに精を出していた間に、もうすっかり暗くなっていた。

「おい、お前」

 ズデンカはもちろん尾いていく。

「ふう」

 扉を開けて夜風に身を晒すと、ルナは髪を静かに掻き上げた。

「なんだよいきなり」

 ズデンカは戸惑った。

「単に顔が火照っただけさ。真っ昼間に炎天下を歩かされたからね」

 涼しさに身体を包まれて、ルナの柔らかみは少し収まったようだった。

「まるであたしにやらされたかのような言い草だな」

 ズデンカはまた腹が立った。

「ふんふん♪」

 ルナは訊いていないように頭を振っていた。

 ――何をやってるんだか。

「ジュリツァもミロスに逢ってやってもいいと思うんだがな」

「仕方ないよ」

 ルナは答えた。

「なんでだよ。実の息子だろ?」

「だから、逢いたくないということもあるのかもしれない。知らんけど」

 ルナはパイプをまた取りだし、ライターで着火した。

 煙を吐く。

「まあ、そりゃ親子の間にはいろいろなことがあるからな。あたしも親父とは二度と逢いたくない」

 ズデンカは自分の来し方を顧みた。父親のゴルシャも吸血鬼となったが、もう百年以上は前に討伐され、今は亡かった。

 故郷を離れて以来、ズデンカは一度も父親と顔を合わせることがなかった。最後にゴルダヴァに戻ってきた時にゴルシャが討たれたという話を耳にしたが、何も感じなかったし悲しくも思えなかった。

――あいつはろくでもない親だった。

「経験者は語る、ってやつ?」

 ルナは茶化した。 

「別にんなんじゃねえよ」

「君の親がいるとしたらぜひ逢ってみたいかも」

「もう死んでるぞ」

 ズデンカは手短に言った。やっぱりゴルシャのことはルナには何も話していない。

 気恥ずかしかったからだ。

「君の故郷にも近付いて来たし、そろそろ過去の話を訊きたい」

 「着いてからな」

 ズデンカは断った。

「楽しみだなー、わくわく」

 正直、ズデンカはどこから話していいかわからなかった。物語《はなし》らしい物語《はなし》をするのが苦手なのだ。

 これほど綺譚好きなルナのそばにずっといるのに。

「さて、戻ろう。夕食食べて、寝るよ」

 ルナは中に入った。

「夕食だと? まだ何も出来てねえぞ」

「匂いがしてきたよ」

 ズデンカは血の臭い以外はとんと鈍感だが、香ばしい香りが漂ってきていることに気付いた。

 きっと、ジュリツァか、カミーユが作り始めたに違いない。

「クソッ、あたしがやりゃよかったのに!」

「まだ間に合うよ、手伝いなー」

「お前は何もしないだろうが」

「ふんふん♪」

 またルナが頭を振り出した。

 ズデンカは家の中に入った。

 大きなフライパンで、カミーユが野菜を炒めていた。

「ズデンカさん、今度は私がメインで作りますよ!」

 カミーユはグッと拇指を突き出して、ズデンカに笑いかけた。

「あたしも手伝う」

 ズデンカは傍に寄ろうとする。

「私が独りでもなんとかなります!」 
 
「いやいや、この国の料理はあたしは一応詳しいんだ」

 そう言い訳しながら、ズデンカはひき肉の調理を始めた。

「私も負けませんよー!」

 二人の間に健康的な火花が散った。

 確かにジュリツァの言ったとおり、食品棚に保存されているものは多過ぎた。ジュリツァ独りの生活ではすぐに腐ってしまうだろう。

 ズデンカは出来る限り使うことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...