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第一部
第四十五話 柔らかい月(4)
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「早く旅を続けたいんだが」
ズデンカは真意を告げた。
「もうちょっといようよ。まだ身体が本調子じゃない。ふにゃああああ」
ルナは訊く耳持たない。
ズデンカは部屋を出ることにした。
「にゃはははははは」
カミーユが鮮やかに笑う声が聞こえる。
――こんな状況で。しかもあんなババアと何話すことがあるんだ。
などとズデンカは考えてしまうが、カミーユは、
「ズデンカさんズデンカさん、私、ジュルツァさんにお菓子の作り方を伝授してもらいましたよ!」
と話し掛けてきた。
「そうか」
ズデンカは短く答えた。
「一緒に作りましょうよ」
「うーん」
ズデンカは渋る。お菓子など、自主的に作ったことがない。大昔に暇潰しとして作った覚えはあるが、レシピなどほとんど忘れてしまった。
「ねえねえ」
ズデンカの服の袖を、カミーユは引っ張ってきた。その瞳は輝いている。
「仕方ねえな」
ズデンカは腕まくりした。
カミーユの指示に従って、まずクッキーを作る。
砂糖、バター、牛乳、小麦粉をボウルに入れた。
ズデンカはこねる。
勢いよく麺棒を動かすと、瞬く間に生地が出来上がっていく。
「うわあ、ズデンカさんすごい! そんなに早くやってるのに、少しも生地が飛び散らない!」
カミーユは素直にびっくりしていた。
「あんた、見どころあるよ」
ジュリツァはニヤリと笑った。
「別にたいしたこたねえよ」
ズデンカはそう言って生地をのばしに掛かる。麺棒を勢いよく押して調理台の上で真っ平らに広げた。
型抜きはカミーユの作業だ。丸い形の方を必死に当てて、幾つもの方を切り出す。簡単なようで、なかなか時間を掛けてやっていた。
ぺろりと舌を見せて。
「おい、よだれ垂らすなよ」
ズデンカは突っ込んだ。
「わっ、わかってますってば!」
カミーユは焦って舌を引っ込めた。
並べたクッキーを石窯の中に入れる。
「石窯なんて見るの久しぶりだぜ。ずいぶん凝ってるんだな」
「息子が好きだったからね。子供の頃から」
ジュリツァは言った。
ズデンカはあえて答えなかった。
クッキーが焼き上がるのを待つ間、次の作業に移った。
ジャムを作るのだ。杏、李、薔薇の実などを砂糖やレモン汁とかき混ぜて、煮る。
本来は時間を置かないといけないのだが、そうも言っていられない。
実際カミーユはお腹を鳴らして、思わず顔を赤らめていた。
やがてジャムはトロトロと煮立ってきた。同時にクッキーも良い色合いで仕上がってくる。
ズデンカは過去のことを思い出していた。
――そうだ、あたしはこれと似た菓子を家族と作ったことがある。もう二百年近く前になるのか。
煮えていく鮮やかな朱の液体を前に、戻らない昔を戻って、少し切ない気持ちになった。
やがてジャムが仕上がってくると、それを出来上がったクッキーに挟んだ。
「最後の仕上げはあたしがやるよ」
ジュリツァが戸棚から取り出してきた瓶に入った雪を思わせる白さの粉砂糖を振りかけた。
「これで完成だ」
「せっかくで悪いが、あたしは食べれないんだ。何つうか喰うと湿疹が起こる体質でな」
ズデンカは嘘を吐いた。
「ふにゃにゃああん、良い匂いだぁ!」
鼻をクンクンひくつかせてふにゃふにゃしたルナが入ってきた。ぷるんぷるんと震えながら、頭身まで縮まったようにすら思える。
――何なんだよ、こいつは。
ズデンカはルナが謎だった。
「いっただきまーす!」
ルナはお菓子をつまんで口に運んだ。
ズデンカは真意を告げた。
「もうちょっといようよ。まだ身体が本調子じゃない。ふにゃああああ」
ルナは訊く耳持たない。
ズデンカは部屋を出ることにした。
「にゃはははははは」
カミーユが鮮やかに笑う声が聞こえる。
――こんな状況で。しかもあんなババアと何話すことがあるんだ。
などとズデンカは考えてしまうが、カミーユは、
「ズデンカさんズデンカさん、私、ジュルツァさんにお菓子の作り方を伝授してもらいましたよ!」
と話し掛けてきた。
「そうか」
ズデンカは短く答えた。
「一緒に作りましょうよ」
「うーん」
ズデンカは渋る。お菓子など、自主的に作ったことがない。大昔に暇潰しとして作った覚えはあるが、レシピなどほとんど忘れてしまった。
「ねえねえ」
ズデンカの服の袖を、カミーユは引っ張ってきた。その瞳は輝いている。
「仕方ねえな」
ズデンカは腕まくりした。
カミーユの指示に従って、まずクッキーを作る。
砂糖、バター、牛乳、小麦粉をボウルに入れた。
ズデンカはこねる。
勢いよく麺棒を動かすと、瞬く間に生地が出来上がっていく。
「うわあ、ズデンカさんすごい! そんなに早くやってるのに、少しも生地が飛び散らない!」
カミーユは素直にびっくりしていた。
「あんた、見どころあるよ」
ジュリツァはニヤリと笑った。
「別にたいしたこたねえよ」
ズデンカはそう言って生地をのばしに掛かる。麺棒を勢いよく押して調理台の上で真っ平らに広げた。
型抜きはカミーユの作業だ。丸い形の方を必死に当てて、幾つもの方を切り出す。簡単なようで、なかなか時間を掛けてやっていた。
ぺろりと舌を見せて。
「おい、よだれ垂らすなよ」
ズデンカは突っ込んだ。
「わっ、わかってますってば!」
カミーユは焦って舌を引っ込めた。
並べたクッキーを石窯の中に入れる。
「石窯なんて見るの久しぶりだぜ。ずいぶん凝ってるんだな」
「息子が好きだったからね。子供の頃から」
ジュリツァは言った。
ズデンカはあえて答えなかった。
クッキーが焼き上がるのを待つ間、次の作業に移った。
ジャムを作るのだ。杏、李、薔薇の実などを砂糖やレモン汁とかき混ぜて、煮る。
本来は時間を置かないといけないのだが、そうも言っていられない。
実際カミーユはお腹を鳴らして、思わず顔を赤らめていた。
やがてジャムはトロトロと煮立ってきた。同時にクッキーも良い色合いで仕上がってくる。
ズデンカは過去のことを思い出していた。
――そうだ、あたしはこれと似た菓子を家族と作ったことがある。もう二百年近く前になるのか。
煮えていく鮮やかな朱の液体を前に、戻らない昔を戻って、少し切ない気持ちになった。
やがてジャムが仕上がってくると、それを出来上がったクッキーに挟んだ。
「最後の仕上げはあたしがやるよ」
ジュリツァが戸棚から取り出してきた瓶に入った雪を思わせる白さの粉砂糖を振りかけた。
「これで完成だ」
「せっかくで悪いが、あたしは食べれないんだ。何つうか喰うと湿疹が起こる体質でな」
ズデンカは嘘を吐いた。
「ふにゃにゃああん、良い匂いだぁ!」
鼻をクンクンひくつかせてふにゃふにゃしたルナが入ってきた。ぷるんぷるんと震えながら、頭身まで縮まったようにすら思える。
――何なんだよ、こいつは。
ズデンカはルナが謎だった。
「いっただきまーす!」
ルナはお菓子をつまんで口に運んだ。
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