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第一部
第四十四話 炎のなかの絵(11)
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ファキイルはゆっくりと降下した。
炎の足は速い。瞬く間に黒煙が部屋部屋の窓の隙間から噴き出していた。
――あの部屋は窓を壊したから、大丈夫なはずだ。
フランツたちは回り込んだ。
ボリバルがいた部屋も火に包まれていた。だが、絵は机に伏せられていたので、炎を浴びていない。
「我が行く」
そう言うファキイルをフランツは止めた。
「いや、俺が」
フランツは歩き出した。
「大丈夫なんですか。この中じゃフランツさんが一番脆いつうか、死んじゃいますよ」
オドラデクが後ろから冷やかすように声を掛ける。
「問題ない」
フランツは口を押さえ、濛々と立ちこめる黒煙の中へ踏み入る。
とは言え、涙は出てくるし、喉の奥は針が刺さるように痛い。
深く吸い込んでしまうことになるから、咳をこらえ、手探りで机へと近づき、絵の額縁を掴んで引き寄せた。
駈け出す。
涙で曇って前は見えない。
「はあっ、はああ」
外に出ると荒く息を吐いた。
「まったくもう。フランツさぁん。無理しちゃってえ」
オドラデクは頭を揺すりながら近付いてくる。
「これぐらい……大したことない」
フランツは強がった。
何とか目を開けて見ると、ファキイルは一瞬姿を消していた。
――一体どこへ。
と思った傍から空から舞い降りた。
「フランツ、顔を洗え」
その掌の間には水が湛えられていた。
「すまん」
フランツは煤で汚れた顔を洗った。
「気にするな」
ファキイルは短く言った。
顔が綺麗になったフランツはまだ目が痛くはあったが、伏せていた絵を見ることにした。
ところが。
なんと、その絵にはボリバルの姿はなかった。白銀の髪を持つ男性が――
カスパー・ハウザーが描かれていたのだ。
「なぜだ」
フランツはあんぐりと口を開けてしまった。
「うははははははっ。フランツさん間抜けぇ!」
オドラデクが腹を抱えて笑っている。
だが、フランツに言い返す余裕はなかった。
背筋が寒くなった。何で、どうして。
「うーむ。もしかすると熱によって絵が変化する仕掛けが施されていたのかも知れませんねえ」
「なんだと?」
「そういう絵の具があるんですよ。もちろん安くはない。でも、お金を掛ければ何とかなりかもしれないですね」
オドラデクは自慢げに語った。
「どちらにせよ。これは回収するぞ。スワスティカの残党が絡んでいる確実な証拠だ」
「はいはい、わかりましたよぉ」
とは言え、結局フランツが肩に担ぐことになった。
「どうするんですかぁ」
「車を使う」
フランツはイタロの乗っていた自動車を指差した。
「フランツさん、免許ってあります?」
「もちろん」
まだ自動車の免許を持っている人間は少ないが、猟人はどのような場所も移動しなければならないため当然訓練の一環として取得させられる。
とは言え、最近あまり乗っていないため、腕はすっかり鈍っている。
「ホントに大丈夫なんでしょうかねえ」
「不安なら歩いていけ」
フランツは絵を先の通り荷台に据え付けた。
オドラデクは何も言わず助手席に上がり込んできた。
ファキイルは飛翔して荷台に坐り込む。
「お前こそ、助手席に乗るべきなのに」
フランツは声を掛けた。
「ここで良い。何かあったら、我が応戦する」
ファキイルに頼らず自分でやれると思ったのに、結局いろいろ手助けして貰っていることが、情けなかった。
イタロは鍵を差したままにしていたので助かった。エンジンをかけ、重いハンドルを回すと、車はゆっくりと走り出した。
「安全運転を心がけてくださいね」
オドラデクは口笛を吹きながら言った。
「お前は黙っとけ」
フランツは物思いに耽りたい自分を押し殺し、山道に注意を払いながらハンドルを握り続けた。
炎の足は速い。瞬く間に黒煙が部屋部屋の窓の隙間から噴き出していた。
――あの部屋は窓を壊したから、大丈夫なはずだ。
フランツたちは回り込んだ。
ボリバルがいた部屋も火に包まれていた。だが、絵は机に伏せられていたので、炎を浴びていない。
「我が行く」
そう言うファキイルをフランツは止めた。
「いや、俺が」
フランツは歩き出した。
「大丈夫なんですか。この中じゃフランツさんが一番脆いつうか、死んじゃいますよ」
オドラデクが後ろから冷やかすように声を掛ける。
「問題ない」
フランツは口を押さえ、濛々と立ちこめる黒煙の中へ踏み入る。
とは言え、涙は出てくるし、喉の奥は針が刺さるように痛い。
深く吸い込んでしまうことになるから、咳をこらえ、手探りで机へと近づき、絵の額縁を掴んで引き寄せた。
駈け出す。
涙で曇って前は見えない。
「はあっ、はああ」
外に出ると荒く息を吐いた。
「まったくもう。フランツさぁん。無理しちゃってえ」
オドラデクは頭を揺すりながら近付いてくる。
「これぐらい……大したことない」
フランツは強がった。
何とか目を開けて見ると、ファキイルは一瞬姿を消していた。
――一体どこへ。
と思った傍から空から舞い降りた。
「フランツ、顔を洗え」
その掌の間には水が湛えられていた。
「すまん」
フランツは煤で汚れた顔を洗った。
「気にするな」
ファキイルは短く言った。
顔が綺麗になったフランツはまだ目が痛くはあったが、伏せていた絵を見ることにした。
ところが。
なんと、その絵にはボリバルの姿はなかった。白銀の髪を持つ男性が――
カスパー・ハウザーが描かれていたのだ。
「なぜだ」
フランツはあんぐりと口を開けてしまった。
「うははははははっ。フランツさん間抜けぇ!」
オドラデクが腹を抱えて笑っている。
だが、フランツに言い返す余裕はなかった。
背筋が寒くなった。何で、どうして。
「うーむ。もしかすると熱によって絵が変化する仕掛けが施されていたのかも知れませんねえ」
「なんだと?」
「そういう絵の具があるんですよ。もちろん安くはない。でも、お金を掛ければ何とかなりかもしれないですね」
オドラデクは自慢げに語った。
「どちらにせよ。これは回収するぞ。スワスティカの残党が絡んでいる確実な証拠だ」
「はいはい、わかりましたよぉ」
とは言え、結局フランツが肩に担ぐことになった。
「どうするんですかぁ」
「車を使う」
フランツはイタロの乗っていた自動車を指差した。
「フランツさん、免許ってあります?」
「もちろん」
まだ自動車の免許を持っている人間は少ないが、猟人はどのような場所も移動しなければならないため当然訓練の一環として取得させられる。
とは言え、最近あまり乗っていないため、腕はすっかり鈍っている。
「ホントに大丈夫なんでしょうかねえ」
「不安なら歩いていけ」
フランツは絵を先の通り荷台に据え付けた。
オドラデクは何も言わず助手席に上がり込んできた。
ファキイルは飛翔して荷台に坐り込む。
「お前こそ、助手席に乗るべきなのに」
フランツは声を掛けた。
「ここで良い。何かあったら、我が応戦する」
ファキイルに頼らず自分でやれると思ったのに、結局いろいろ手助けして貰っていることが、情けなかった。
イタロは鍵を差したままにしていたので助かった。エンジンをかけ、重いハンドルを回すと、車はゆっくりと走り出した。
「安全運転を心がけてくださいね」
オドラデクは口笛を吹きながら言った。
「お前は黙っとけ」
フランツは物思いに耽りたい自分を押し殺し、山道に注意を払いながらハンドルを握り続けた。
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