462 / 526
第一部
第四十四話 炎のなかの絵(10)
しおりを挟む
「いやあ、まずいことになりましたねぇ」
オドラデクは顔を顰めていた。
大戦の英雄をいとも容易くメアリーは殺してしまったのだ。
シエラレオーネ政府への報告書はまたも分厚くなるだろう。
フランツはさっき鞘に収めたばかりの剣を抜いた。
メアリーは開いた手を振る。
「ないない。あの太刀筋を見て、ミスター・シュルツと直接対決するなんて愚の骨頂ですよ」
そう言うが速いか駈け出していた。階段を登って。
フランツは追った。だがメアリーの足は速い。
三階まで一息に登ったメアリーを、フランツは部屋の隅まで追い詰めた。
――馬鹿か。すぐ外へ逃げれば良いのに。
窓を背にしてメアリーは笑む。
「ふふん、それはどうですかね」
斬り掛かるフランツを尻目にメアリーは背中を反らせて跳んだ。
後方転回をするかのように。
窓が割れて、飛び散った。
勢いよくメアリーは落ちていく。
フランツは驚いて窓から下を覗いた。
ところが。
黒い影が一閃した。
何かが物凄い勢いで滑空してきて、メアリーを引っ攫《さら》う。
鉄の鳥――いや、あれは。
翼龍だ。フランツも名前だけは知っている。太古、空を飛んでいたとされる爬虫類だ。現在は絶滅し、その化石を発掘している研究者も多くいると訊く。
機械で作られた翼龍が空を飛んでいるのだ。ありえない光景だった。
メアリーはその脚をしっかりと掴み、フランツを笑いながら見詰めていた。
「またねー!」
「ファキイル、力を貸してくれないか」
内心、恥ずかしく思いながら、自分を追って階段を上がってきて、傍にいたファキイルに声を掛ける。
「わかった」
ファキイルが宙に浮く。フランツはその袖を掴んだ。
翼竜を目指して飛んでいく。
「やっばーい。そんな、隠し玉があったんですねえ」
メアリーは余裕の面持ちだった。
フランツはファキイルの袖を持ちながら、薔薇王の切っ先を向けた。片手で持たなければいけないので、なかなか腕に負担が掛かってしまう。
そこへ。
鋭く響く音が。火薬の臭いもした。
銃声だ。メアリーが拳銃を空に向けていた。
「もしこれ以上近付いてくるなら、ミスター・シュルツの額は撃ち抜かれることになるでしょう」
――くそっ。
フランツには身を守る術がない。
「我が守る。フランツは安心していけ」
「そういうわけにはいかない」
フランツは断った。ファキイルが全力を出せば恐らくメアリーをすぐに殺すことはできるだろうが、フランツは即座に殺すより捕縛をしたかった。
――こいつには口を割らせないといけないことがたくさんある。
だが現状それは難しいだろう。
「フランツさん!」
割れた窓辺からオドラデクが声を上げた。
「大変ですよぉ!」
「どうした?」
「火、火!」
メアリーが薄く笑んだ。
「ふふふ、細工は起動したようですね」
物が焦げる、臭い。
火の手が、上がった。
炎の舌が館を舐めつくしていた。
「この屋敷にはない方がいい書類が多すぎますから」
メアリーはそう言って、鉄の翼龍の背へ這い登り、遠くへ遠くへと飛んでいった。
フランツは頭を抱えた。
だが、すぐに決断をくださねばならない。
フランツはメアリーを追うのを諦めることにした。
「オドラデク、飛び乗って来い」
「んな無茶なあ!」
とは言いつつもオドラデクは勢いよくジャンプしてファキイルの袖を掴んだ。
「あの絵だけでも、何とか回収できないか」
フランツは渋い顔で言った。
なんとかこの館に入ったという証拠を確保して置きたい。
そうしないと自分がルスティカーナを殺した犯人と疑われる。
オドラデクは顔を顰めていた。
大戦の英雄をいとも容易くメアリーは殺してしまったのだ。
シエラレオーネ政府への報告書はまたも分厚くなるだろう。
フランツはさっき鞘に収めたばかりの剣を抜いた。
メアリーは開いた手を振る。
「ないない。あの太刀筋を見て、ミスター・シュルツと直接対決するなんて愚の骨頂ですよ」
そう言うが速いか駈け出していた。階段を登って。
フランツは追った。だがメアリーの足は速い。
三階まで一息に登ったメアリーを、フランツは部屋の隅まで追い詰めた。
――馬鹿か。すぐ外へ逃げれば良いのに。
窓を背にしてメアリーは笑む。
「ふふん、それはどうですかね」
斬り掛かるフランツを尻目にメアリーは背中を反らせて跳んだ。
後方転回をするかのように。
窓が割れて、飛び散った。
勢いよくメアリーは落ちていく。
フランツは驚いて窓から下を覗いた。
ところが。
黒い影が一閃した。
何かが物凄い勢いで滑空してきて、メアリーを引っ攫《さら》う。
鉄の鳥――いや、あれは。
翼龍だ。フランツも名前だけは知っている。太古、空を飛んでいたとされる爬虫類だ。現在は絶滅し、その化石を発掘している研究者も多くいると訊く。
機械で作られた翼龍が空を飛んでいるのだ。ありえない光景だった。
メアリーはその脚をしっかりと掴み、フランツを笑いながら見詰めていた。
「またねー!」
「ファキイル、力を貸してくれないか」
内心、恥ずかしく思いながら、自分を追って階段を上がってきて、傍にいたファキイルに声を掛ける。
「わかった」
ファキイルが宙に浮く。フランツはその袖を掴んだ。
翼竜を目指して飛んでいく。
「やっばーい。そんな、隠し玉があったんですねえ」
メアリーは余裕の面持ちだった。
フランツはファキイルの袖を持ちながら、薔薇王の切っ先を向けた。片手で持たなければいけないので、なかなか腕に負担が掛かってしまう。
そこへ。
鋭く響く音が。火薬の臭いもした。
銃声だ。メアリーが拳銃を空に向けていた。
「もしこれ以上近付いてくるなら、ミスター・シュルツの額は撃ち抜かれることになるでしょう」
――くそっ。
フランツには身を守る術がない。
「我が守る。フランツは安心していけ」
「そういうわけにはいかない」
フランツは断った。ファキイルが全力を出せば恐らくメアリーをすぐに殺すことはできるだろうが、フランツは即座に殺すより捕縛をしたかった。
――こいつには口を割らせないといけないことがたくさんある。
だが現状それは難しいだろう。
「フランツさん!」
割れた窓辺からオドラデクが声を上げた。
「大変ですよぉ!」
「どうした?」
「火、火!」
メアリーが薄く笑んだ。
「ふふふ、細工は起動したようですね」
物が焦げる、臭い。
火の手が、上がった。
炎の舌が館を舐めつくしていた。
「この屋敷にはない方がいい書類が多すぎますから」
メアリーはそう言って、鉄の翼龍の背へ這い登り、遠くへ遠くへと飛んでいった。
フランツは頭を抱えた。
だが、すぐに決断をくださねばならない。
フランツはメアリーを追うのを諦めることにした。
「オドラデク、飛び乗って来い」
「んな無茶なあ!」
とは言いつつもオドラデクは勢いよくジャンプしてファキイルの袖を掴んだ。
「あの絵だけでも、何とか回収できないか」
フランツは渋い顔で言った。
なんとかこの館に入ったという証拠を確保して置きたい。
そうしないと自分がルスティカーナを殺した犯人と疑われる。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる