上 下
460 / 526
第一部

第四十四話 炎のなかの絵(8)

しおりを挟む
 「あたくしの力はもちろん、ご存じのほどだと思うけど? それで眼の前に出てくるとはね」

 ――しまった。

 分身とは言え、ボリバル本人と同じようにものを複製できる。

 それがたとえ、人間――いやそれ以外であったとしても。

 気付いた時にはもう遅かった。ボリバルの後ろに三つの人影が現れていた。

 それは寸分違わぬフランツ、オドラデク、ファキイルだった。

 いや、その偽者だ。

「うわぁ、気持ち悪い! 何なんですかこいつぅ! しっしっ!」

 オドラデクは追わず叫んでいた。

「お前こそぼくとそっくり! いやですねえぇ!」

 オドラデク(偽)が応じた。

 先程まで横にいたと言う事実を頭に入れていなかったら、すぐに間違えてしまうほどそっくりだった。

「フランツ」

 ファキイルが身構えた。

 ファキイル(偽)はそこに無言でぶつかってきた。

「俺は二人と要らない。斬る!」

 フランツ(偽)が抜刀し、迫ってきた。

「待て!」

 フランツは『薔薇王』でそれを受け止める。

 そうは言っても相手の柄物もまた『薔薇王』だ。

 さして広くはない室内で剣戟はあまり喜ばしくないことだった。

「そっくりな顔をしやがって!」

 迫り合わせた剣同士すれすれに互いの表情を窃《ぬす》み見合った。

「あたくしたちはね、作り出した分身を操ることが出来るの。だから、あたくしたちは原型となるクリスティーネに命じられてスワスティカの支援をずっと続けてきてるってわけ」

 ボリバルは悠々と扇子を口元に当てて宣った。

 フランツに答える余裕もなかった。何しろ自分と戦っているのだ。

 白刃は踊る。

――外に出ないと、このままじゃ埒が開かない。

 フランツは窓の方を見た。穏やかな初夏の日差しが差し込んでいる。

――壁を壊す。

 フランツは偽者の刃を躱し、その下をかいくぐり、窓に面した壁を『薔薇王』で両断した。

 またたくまに壁は崩れ、外の景色が現れた。

 フランツは走り出た。

「さすがは俺」

 フランツ(偽)は笑いながら、室内から飛び出してフランツとまた剣を合わせた。

「お前は決して俺には勝てない!」

 フランツは飽くまで表情を変えなかった。

――やはりこいつは偽者だ。

 どこがとははっきり言えなかったが、こんな状況でも笑みを浮かべられるような余裕が自分にはない。

 だが剣筋は確かだ。

 どんなに素早く動いても、確実に受け止められる。敏捷さもまさしく訓練で身につけたものだ。

 幾度も幾度も打ち合わせてもどちらの『薔薇王』も瑕一つ付いていない。

――剣までかよ。

 鍛冶屋が精魂込めて鍛え上げた剣を、いとも簡単にもう一本複製できるのかと考えると厭な気分になった。

「なら、これはどうかな」

 フランツは一計を案じた。

「なんだ?」

「ルナ・ペルッツ」

 フランツは囁いた。

 一瞬、フランツ(偽)の表情が揺らいだ。当惑しているようだった。

――今だ。

 フランツは剣を揮った。血飛沫が上がる。

 首筋ごとフランツの偽者は両断されていた。

――もちろん。

 フランツはその手から『薔薇王』を引き抜き、勢いを付けて家の方へ投げ上げた。

「ぐえっ」

 叫びが上がる。

 『薔薇王』はのんびり机に座って観戦していた複製されたボリバルの心臓を貫いたのだ。

 すぐに複製できる能力の持ち主を殺さないとフランツは何度でも偽者と戦わされることになる。

――二度と同じ手は食わんぞ。

「オドラデク! ファキイル!」

 自分のことで手一杯だったフランツは周囲を見渡した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

処理中です...