月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十四話 炎のなかの絵(7)

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「あなたはフランツ・シュルツさまですね」

「なぜ、俺の名前を?」

 フランツは驚愕した。

「色々と情報は入って来るものですよ。グルムバッハに、テュルリュパン、マンチーノの手下たちを殺したという話も。見事なばかりの腕前だったそうですね」

 メアリーは静かに言った。

――そこまでわかっていたとは。

 フランツは考え直した。

 さきほどルスティカーナはフランツが猟人《ハンター》だと喝破した。

 なら、やってくるよりも前に正体が知れていてもおかしくはない。

 その証拠に枢機卿もメアリーも平気でフランツと同じ言葉を喋っている。

 わざわざ、ボリバルの肖像画を運ばせたのも、フランツを引き寄せる餌だったと考えられた。

――俺としたことが、抜かった。

 逃げられないわけではない。オドラデクとファキイルの力があればメアリーでも応戦は不可能だろう。

 だが、おそらくきっとメアリーはフランツが逃げないことを知っている。

 スワスティカへの憎悪を抱いていることを知っているから。

 もし、自分を殺さずに逃げたら、それはフランツにとって大きな恥となる。

 こうメアリーは思っているのだろう。

 もちろん、それはあたりだった。

 フランツはメアリーを殺すか、捕まえるかはしたかった。

 迷うのは、直接的には害を何もなしていないと言うことだ。

 戦時中は子供だったのだから。

 先日も小人の一人を同じ理由で逃がしたが、攻撃されたことがあった。

 向こうが何もやってこないのならば、わざわざ自分から殺すことは出来兼ねた。

 だが、立ち去る訳にもいかない。

 フランツは迷った。

 さながらメアリーが作った迷路の中を彷徨っているようだ。

 相手は微笑んでいるだけなのに。

「あなたもボリバルさまとお会いしたいのではなりませんか」

 メアリーが口火を切った。

「殺す。殺すつもりで会う」

 フランツは繰り返した。

「おっかないですね。でもそれこそが猟人《ハンター》です」

 メアリーは答えた。

「でも、殺したところで、それはボリバルさまではない。ボリバルさまはとっくに死んでいます」

「ああそうだ。なら、いなくなるまで殺す。それが俺の仕事だ!」

 フランツは叫んだ。

「わかりました。ならば、ご案内致しましょう」

 メアリーは歩き出した。

 フランツは尾いていく。もちろん、オドラデクもファキイルも続いた。

「何なんですか、あいつ。感じ悪いなぁ」

 オドラデクもあからさまに警戒の色を見せていた。

「いつでも殺せる」

 ファキイルは静かに言った。
「いや、殺すのは待て」

 フランツは言った。

 奥の方の暗い部屋まで招き入れられた。普通は客人を入れないような場所だ。

「ごきげんよう」

 机を前に坐っていたのはクリスティーネ・ボリバルその人だ。

「こちらが、クリスティーネさまです」

 メアリーが言わずもがなのことを言う。

 同時に使用人が複数か部屋に入ってきた。

 イタロが車に積んでいた肖像画を担いで持ってきたのだ。

 立ち上がって、抱きしめるようにその額縁に寄りかかるボリバル。

「お前が、俺の同胞を殺した」

 フランツは怒りを抑えきれなかった。

「殺したのはあたくしではなくってよ。あたくしはただの影法師に過ぎないのだから」

「同じだ。お前とボリバルは寸分違わず異ならない。なら、生かして置くわけにはいかない」

「ほんとめんどくさい子ねえ」

 とボリバルは机の上に置いたままにしていた、トレードマークの白鳥らしきものの羽根を繕い直した扇子を広げて煽ぎ始めた。
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