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第一部
第四十四話 炎のなかの絵(5)
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「それに、なんだ?」
フランツは急かした。
「クリスティーネは死んでしまったのですから」
ルスティカーナは言った。
「やはり、お前とクリスティーネ・ボリバルは関わりがあったのだな」
「関わりも何も、実の娘です。私生児でしてね」
「仮にも聖職者だろ」
フランツは毒突くように言った。
「確かに仰る通りで。もう四十年以上は昔のことになりますかな。当時の私はとてもやんちゃが過ぎましてね。まだ枢機卿にもなっていない若修道士《わかぼうず》でしたが」
あくまでルスティカーナは腰低く、穏やかに話したが話の内容はとても聞いていて気分が良くなるようなものではなかった。
「行きずりの娘を無理矢理犯したのです。
ロルカのある寒村でのことでしてね。親が怒鳴りこんできました。
当時出せる限りの金を払いましたよ。でも、十何年か経ってこっちもちょっとは出世した頃になって手紙が送られてきて娘が子を産んだことを知りましてね。 それがクリスティーナです。
娘の母――クリスティーネの祖母はオルランド生まれでした。
それで縁ある名前が付けられた。話を訊いた私は引き取ることにしました。とは言え、その頃私は別の女と子供を作っていましてね。
クリスティーネは娘ではありましたが、表向きは娘ではない存在として育てました。忙しい公務の中、たまに顔を合わせるぐらいです。
それでも家庭教師を付け、良い学校に通わせて、多くの言語や学問を学ばせましたよ。挙げ句の果てはオルランドに留学までさせてやりました。
それがスワスティカとの接点となってしまいましたけどね」
「吐き気がするな」
フランツは腕を組んだ。この男は自分のやってきた行いをまるで武勇伝かのように、昔取った杵柄のように話したのだ。清廉潔白であるべき聖職者が裏では外道なことをしていることはよくあるとは知っていたが、いざ眼の前で見るとはらわたが煮えくりかえってくる。
――だが、こいつは斬れない。
何と言ってもルスティカーナはランドルフィ救国の英雄の一人だったし、国内に残留したシエラフィータ族の救助にも力を貸している。暗殺対象には決して選べない存在だ。
もし殺してしまったらフランツがシエラレオーネ政府から追われる身になるだろう。
ボリバルが娘だとして、その父は関係がない。ましてや口頭だけでそれを証明することも難しいだろう。
フランツは怒りを抑えた。
「ありがとうございます。私のような年になると、もう誰も構ってくださらない。そう言って頂けるだけでありがたいものです」
ルスティカーナは飄々と告げた。
実際、そんなことはなく、今でも宗教界や政界に隠然たる力を持っているとも言われている。
実に一癖も二癖もある人物だ。ルナ・ペルッツもそうだが、この男の場合、二度と同じ場に居合わせていたくないような不快感があった。
「お前と話す必要はなくなったな。俺はボリバルではなく、奴が作り出した分身を滅ぼすことにしている」
「もちろん、存じておりますよ。わたしも一度会ったことがありました」
「なんだと」
――会ってもおかしくないか。
実の娘と姿が似た存在と会いたくなるのはまあ人情で理解できる。だが、仮にも救国の英雄がスワスティカの関係者と顔を合わせていたという事実はあまり好ましいものではないに違いなかろう。
「メアリーが会わせてくれたのですよ。北から来たあの娘が」
「お呼びでしょうか」
いつの間にかメアリーが現れ、ルスティカーナの横に立っていた。
フランツは急かした。
「クリスティーネは死んでしまったのですから」
ルスティカーナは言った。
「やはり、お前とクリスティーネ・ボリバルは関わりがあったのだな」
「関わりも何も、実の娘です。私生児でしてね」
「仮にも聖職者だろ」
フランツは毒突くように言った。
「確かに仰る通りで。もう四十年以上は昔のことになりますかな。当時の私はとてもやんちゃが過ぎましてね。まだ枢機卿にもなっていない若修道士《わかぼうず》でしたが」
あくまでルスティカーナは腰低く、穏やかに話したが話の内容はとても聞いていて気分が良くなるようなものではなかった。
「行きずりの娘を無理矢理犯したのです。
ロルカのある寒村でのことでしてね。親が怒鳴りこんできました。
当時出せる限りの金を払いましたよ。でも、十何年か経ってこっちもちょっとは出世した頃になって手紙が送られてきて娘が子を産んだことを知りましてね。 それがクリスティーナです。
娘の母――クリスティーネの祖母はオルランド生まれでした。
それで縁ある名前が付けられた。話を訊いた私は引き取ることにしました。とは言え、その頃私は別の女と子供を作っていましてね。
クリスティーネは娘ではありましたが、表向きは娘ではない存在として育てました。忙しい公務の中、たまに顔を合わせるぐらいです。
それでも家庭教師を付け、良い学校に通わせて、多くの言語や学問を学ばせましたよ。挙げ句の果てはオルランドに留学までさせてやりました。
それがスワスティカとの接点となってしまいましたけどね」
「吐き気がするな」
フランツは腕を組んだ。この男は自分のやってきた行いをまるで武勇伝かのように、昔取った杵柄のように話したのだ。清廉潔白であるべき聖職者が裏では外道なことをしていることはよくあるとは知っていたが、いざ眼の前で見るとはらわたが煮えくりかえってくる。
――だが、こいつは斬れない。
何と言ってもルスティカーナはランドルフィ救国の英雄の一人だったし、国内に残留したシエラフィータ族の救助にも力を貸している。暗殺対象には決して選べない存在だ。
もし殺してしまったらフランツがシエラレオーネ政府から追われる身になるだろう。
ボリバルが娘だとして、その父は関係がない。ましてや口頭だけでそれを証明することも難しいだろう。
フランツは怒りを抑えた。
「ありがとうございます。私のような年になると、もう誰も構ってくださらない。そう言って頂けるだけでありがたいものです」
ルスティカーナは飄々と告げた。
実際、そんなことはなく、今でも宗教界や政界に隠然たる力を持っているとも言われている。
実に一癖も二癖もある人物だ。ルナ・ペルッツもそうだが、この男の場合、二度と同じ場に居合わせていたくないような不快感があった。
「お前と話す必要はなくなったな。俺はボリバルではなく、奴が作り出した分身を滅ぼすことにしている」
「もちろん、存じておりますよ。わたしも一度会ったことがありました」
「なんだと」
――会ってもおかしくないか。
実の娘と姿が似た存在と会いたくなるのはまあ人情で理解できる。だが、仮にも救国の英雄がスワスティカの関係者と顔を合わせていたという事実はあまり好ましいものではないに違いなかろう。
「メアリーが会わせてくれたのですよ。北から来たあの娘が」
「お呼びでしょうか」
いつの間にかメアリーが現れ、ルスティカーナの横に立っていた。
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