上 下
455 / 526
第一部

第四十四話 炎のなかの絵(3)

しおりを挟む
「フランツ、これからどうするのだ」

 ファキイルが訊いた。

 この問いは正しい。

 正し過ぎるぐらいに。

 フランツは思い付きで飛び乗ってはみたものの、さて次は何をすれば良いのかがわからない。我ながら無思慮が恥ずかしくなった。

――どこまで行くか、追うしかない。

 そう決心した。

「とりあえずこのまま乗っていくぞ。到着してから持ち主を問い詰める」

「でも、肖像画を持っているからと言って、この車の持ち主がボリバルと何らかの関係があった、とは言えないわけでしょう?」

 オドラデクは嫌に論理的に突っ込んだ。

「そりゃそうだが……」

 フランツは反論しかねた。 

 そうこうしているうちに車はどんどん進んで行く。

 方角は南。

 うってつけだ。

 フランツたちは南へ行こうとしていたのだから。

「まあ良いんじゃないですか。人生は冒険の連続ですからね」

 オドラデクは笑った。

「お前に人生はないだろ」

 フランツは腕を組んで皮肉を言う。

「ひどいなあ。僕だってまあ世間を眺めていれば思うところはありますよ」

 車が大きく揺れた。

 いつの間にか山曲《やまたわ》の路に入ったらしい。フランツが外を確認すると、砂岩に車輪が勢いよくぶつかって弾けたようだ。

 運転手は窓から顔も出さずに平気で運転を続けている。

 パヴェーゼの南部にここまで大きな山脈が拡がっているとは思ってもいなかった。忙しさにかまけて、地図すら買っていなかったことをフランツは悔やんだ。

「うっぷ、酔いそう」

 オドラデクは吐くふりをしたがフランツは無視した。

 糸巻きが酔うことはないからだ。

 事実数秒後にはオドラデクは余裕の表情で葉巻を燻らせ始めていた。

 ファキイルは完全に黙っている。

 実際、この程度の時間は確実に数千年は生きてきているファキイルにとってはさしたるものではないのだろう。

 やがて古びた館が見えてきた。数世代は前の様式で建てられたゴテゴテとした破風の建物だ。

 車は煙を立てて敷地の中へと入り、停まった。

 男が降りてきて、荷台へ迫ってくる。絵を降ろそうというのだろう。

「お前ら、何者だ?」

 そう叫ぼうとした男を三人は三方向から取り囲み、互いの切っ先――剣、髪の毛、糸を向けた。

「少しでも声を出したら命がないものと思え」

 フランツは無情に言った。

「俺が質問する。すぐに答えろ。もし黙るのなら……」

「わ、わかりました。話します。話します」

 明らかに男は怯えていた。ランドルフィ語だ。

 フランツはたどたどしいながら質問した。

「お前は何者だ?」

「私はイタロ。北部からやってきました」

「なるほどな。あの絵はなんだ?」

「この館の主から依頼されて持ってきたました」

「依頼主だと? 名前は」

「ルスティカーナ卿です」

 卿と言うからには枢機卿だろう。

  もう少し南にある都市エーコには法王庁がある。

 この近くに屋敷を構えていてもおかしくはない。聖職者というのに俗物が多く、子息を多く作り、財産を独り占めしているものは多いと訊く。

 フランツでもルスティカーナの名前を小耳に挟んだことがあった。先の戦争時には反スワスティカの論陣を張り、大執権《ドゥーチェ》ジャコモに睨まれていた一人だ。

――そんな人間がなぜボリバルの肖像を? フランツは訝しんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。

白藍まこと
恋愛
 百合ゲー【Fleur de lis】  舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。  まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。  少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。  ただの一人を除いて。  ――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)  彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。  あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。  最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。  そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。  うん、学院追放だけはマジで無理。  これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。  ※他サイトでも掲載中です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...