446 / 526
第一部
第四十三話 悪魔の恋(3)
しおりを挟む
「何が臭うんだ?」
ズデンカは工場の入り口まで袋を提げていき、口を開けて中からモラクスを取り出した。
「あの工場だ! そこらじゅう、臭い! 臭い!」
ズデンカは考えた。
自分たちが行くところどこへでも現れる謎の本、『鐘楼の悪魔』の存在を、だ。
その本はどうやら悪魔の力が封じ込められているらしく、モラクスはその臭いを嗅ぐことが出来るようだ。
それは後から知ったので結果論ではあるが、使い勝手のいい火災報知機の役割込みで連れてきていたという側面もある。
「誰かが『鐘楼の悪魔』を持っているのか?」
「いや、おそらくは違うだろう。あの本は傍にいるだけで怖気が立つような気分になるが」
「じゃあ何だ?」
ズデンカは不思議に思った。
「おそらく俺と悪魔の臭いだ。それも古い奴だ。古ければ古いほど臭いからな」
「そういうものか」
「そういうもんだ」
モラクスは黙った。
「ならお前なら話が早い。出て来て貰ってくれ。工場内で暴れられたら困る」
「何で俺が」
モラクスは不機嫌な声を漏らした。
「お前しかできるやつがいないからだ。もし、出来ないなら引き裂くぞ」
ズデンカは冷酷に言った。
「……」
モラクスはまた黙った。
ズデンカはそれを袋へしまう。
工場の中へ戻った。
「やっと帰ってきた」
ルナが微笑んだ。
「お前、話がある」
ズデンカは耳打ちする。
「なぁに?」
「モラクスの仲間が工場の中にいるという話だぞ」
「それはめでたい!」
ルナが声を張り上げた。
「ちょっと、お前……なにがめでたいんだよ」
ズデンカはそれを押さえようとする。
「だってモラクスが友達と再会できそうなんだからこんな嬉しいことはないじゃないか」
ルナが言った。
「再会したくもないが」
袋の中で呟く声が聴き取れた。
「ふむ。たぶんその友達は天井にいるんじゃないかな」
ルナが上を指差した。
ズデンカには何も見えなかった。
いや、おそらくはルナもだろう。にも関わらず、何かの気配を感じ取ったのだ。
――あたしですら、気付けなかったのに……。
だが袋の中でモラクスが震えていた。
「あいつだ……あいつだ……ウァサゴ」
ウァサゴは悪魔の中でもかなりの高位だ。ズデンカもその名前は以前から知っていたが地獄にいると思っていたので、まさか現世に現れるとは思いもしなかった。
――不死者は消滅後は地獄行きが確定してるからその際に面通しを楽しみにしていたが……。
「姿を消してるな」
「うん、それも身体のほんの一部……おそらく眼とか手とかだろう。全部が現れている訳じゃない」
ルナが説明する。
だが、客観的には天井には何も見えないのだ。
「やつ……俺の頭の中に……語り掛けてくる。『モラクス、モラクス、なぜそのような醜い姿になりはてているのだ』と」
袋の中から声が聞こえた。悪魔同士無言で言葉が交わせるようだ。
「何て答える?」
ズデンカは訊いた。
「『仕方なく』と答えてみた……そしたら笑い声。畜生、畜生。俺を笑っていやがる」
悔しそうな声だった。
「なんか質問しろ」
ズデンカは急かした。
「『じゃあなぜ貴様はここにいるんだ』って聞いた……『我が輩は恋をしたのだ』とウァサゴのやつ……なんだ色気付きやがって……」
悪魔の恋。
そんなものがこの世にありうるのかと考えると、ズデンカは失笑してしまった。
ズデンカは工場の入り口まで袋を提げていき、口を開けて中からモラクスを取り出した。
「あの工場だ! そこらじゅう、臭い! 臭い!」
ズデンカは考えた。
自分たちが行くところどこへでも現れる謎の本、『鐘楼の悪魔』の存在を、だ。
その本はどうやら悪魔の力が封じ込められているらしく、モラクスはその臭いを嗅ぐことが出来るようだ。
それは後から知ったので結果論ではあるが、使い勝手のいい火災報知機の役割込みで連れてきていたという側面もある。
「誰かが『鐘楼の悪魔』を持っているのか?」
「いや、おそらくは違うだろう。あの本は傍にいるだけで怖気が立つような気分になるが」
「じゃあ何だ?」
ズデンカは不思議に思った。
「おそらく俺と悪魔の臭いだ。それも古い奴だ。古ければ古いほど臭いからな」
「そういうものか」
「そういうもんだ」
モラクスは黙った。
「ならお前なら話が早い。出て来て貰ってくれ。工場内で暴れられたら困る」
「何で俺が」
モラクスは不機嫌な声を漏らした。
「お前しかできるやつがいないからだ。もし、出来ないなら引き裂くぞ」
ズデンカは冷酷に言った。
「……」
モラクスはまた黙った。
ズデンカはそれを袋へしまう。
工場の中へ戻った。
「やっと帰ってきた」
ルナが微笑んだ。
「お前、話がある」
ズデンカは耳打ちする。
「なぁに?」
「モラクスの仲間が工場の中にいるという話だぞ」
「それはめでたい!」
ルナが声を張り上げた。
「ちょっと、お前……なにがめでたいんだよ」
ズデンカはそれを押さえようとする。
「だってモラクスが友達と再会できそうなんだからこんな嬉しいことはないじゃないか」
ルナが言った。
「再会したくもないが」
袋の中で呟く声が聴き取れた。
「ふむ。たぶんその友達は天井にいるんじゃないかな」
ルナが上を指差した。
ズデンカには何も見えなかった。
いや、おそらくはルナもだろう。にも関わらず、何かの気配を感じ取ったのだ。
――あたしですら、気付けなかったのに……。
だが袋の中でモラクスが震えていた。
「あいつだ……あいつだ……ウァサゴ」
ウァサゴは悪魔の中でもかなりの高位だ。ズデンカもその名前は以前から知っていたが地獄にいると思っていたので、まさか現世に現れるとは思いもしなかった。
――不死者は消滅後は地獄行きが確定してるからその際に面通しを楽しみにしていたが……。
「姿を消してるな」
「うん、それも身体のほんの一部……おそらく眼とか手とかだろう。全部が現れている訳じゃない」
ルナが説明する。
だが、客観的には天井には何も見えないのだ。
「やつ……俺の頭の中に……語り掛けてくる。『モラクス、モラクス、なぜそのような醜い姿になりはてているのだ』と」
袋の中から声が聞こえた。悪魔同士無言で言葉が交わせるようだ。
「何て答える?」
ズデンカは訊いた。
「『仕方なく』と答えてみた……そしたら笑い声。畜生、畜生。俺を笑っていやがる」
悔しそうな声だった。
「なんか質問しろ」
ズデンカは急かした。
「『じゃあなぜ貴様はここにいるんだ』って聞いた……『我が輩は恋をしたのだ』とウァサゴのやつ……なんだ色気付きやがって……」
悪魔の恋。
そんなものがこの世にありうるのかと考えると、ズデンカは失笑してしまった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる