月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十三話 悪魔の恋(1)

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ゴルダヴァ中部パヴィッチ付近――

 しばらく平坦な草原が続いていたかと思えば、やがてミニチュアの街並みが見えてきた。

 いや、ミニチュアではなく遠景だ。

 そう感じられるぐらい、この街の建物は一つ一つ精巧に作られていた。 

「やっと着いたかぁ」

 車道を走るトラックの荷台の上で寝っ転がりながら、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツはあくびをした。

「もうお前らともお別れだな」

 メイド兼従者兼馭者のズデンカは同じく荷台に乗っているコジンスキ伯爵家令嬢エルヴィラと園丁の娘アグニシュカに言った。

「そうですね」

 二人は顔を見合わせた。表情は心なしか落ち着いている。

 さきほどまでズデンカとぎくしゃくしていたのが、ここ一時間ばかりですっかり落ち着いた印象だ。

 二人はどうやらパヴィッチで生活を始めるらしい。

 ルナがお金を与えてはいるがそれでも大変だろう。

「まあ頑張れ」

 ズデンカは短く言った。

「はい」

 アグニシュカは答えた。

 街の建物が現れた。もうミニチュアではなく眼の前に堂々と聳えている。

 二人は荷台から降りて手を振って遠ざかっていった。

 並んで、手を繋ぎながら。

「行っちまったな」

 ズデンカは寂しそうに言った。

「なんだよ、君。あんなに喧嘩してたくせに」

 ルナが言った。

「ルナさん! 意地悪はだめですよ。仲直りしてたじゃないですか」

 いつも諫め役のナイフ投げカミーユ・ボレルが口を挟んだ。

「まあうちのメイドはすぐ手が出るからなあ。そう言うことがなくてよかったよ。いてて」

 と言うルナの頭をズデンカは軽く撲った。

 「ところで、この後どうするんです?」

 カミーユが尋ねた。

「さらに南部に向かいたいところだけど、ブラゴダさんはここで降りるらしいから、一緒にそこまで入ってみようよ……えーとたしか、帽子工場でしたよね?」

 とルナ。

「はい。帽子だけじゃなく、服飾も手掛けておりますが。麦藁帽の材料に使う予定なんですよ」

 運転室から言うブラゴダ。

 トラックは再び動き出した。

 工場はパヴィチの郊外に位置していた。

 巨大な白煉瓦の建物で中では沢山の作業員が機織りを動かして布を織ったり、藁を編み上げて帽子を一つ一つ手編みしていた。

 早速荷台に詰まれた藁束が工場員の手により運搬され、すぐさま作業台へと持っていかれた。

「ご覧ください! これが工場の一日です。私は商用以外はここで暮らし、常に工場の点検を欠かしていません」

 ブラゴダは両手を拡げた。

「素晴らしい。触ってみても良いですか」

 ルナは訊いた。

「もちろん」

 ルナは被っていた帽子をズデンカに渡すと出来たてほやほやの麦藁帽を被った。

「うん、これもいけるね」

「餓鬼じゃねえか」

 ズデンカは嘲笑った。

「わたしもいいですか」

 カミーユも許可を取って帽子を被った。

「日焼けしちゃう時期ですから一つ買おうかなあ? どうしようかなぁ」

 カミーユは首を左右に傾げた。

「高名なルナさまのご一行がせっかく来て下さったのです。進呈しますよ」

「ありがとうございます!」

 カミーユは顔を輝かした。
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