444 / 526
第一部
第四十三話 悪魔の恋(1)
しおりを挟む
ゴルダヴァ中部パヴィッチ付近――
しばらく平坦な草原が続いていたかと思えば、やがてミニチュアの街並みが見えてきた。
いや、ミニチュアではなく遠景だ。
そう感じられるぐらい、この街の建物は一つ一つ精巧に作られていた。
「やっと着いたかぁ」
車道を走るトラックの荷台の上で寝っ転がりながら、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツはあくびをした。
「もうお前らともお別れだな」
メイド兼従者兼馭者のズデンカは同じく荷台に乗っているコジンスキ伯爵家令嬢エルヴィラと園丁の娘アグニシュカに言った。
「そうですね」
二人は顔を見合わせた。表情は心なしか落ち着いている。
さきほどまでズデンカとぎくしゃくしていたのが、ここ一時間ばかりですっかり落ち着いた印象だ。
二人はどうやらパヴィッチで生活を始めるらしい。
ルナがお金を与えてはいるがそれでも大変だろう。
「まあ頑張れ」
ズデンカは短く言った。
「はい」
アグニシュカは答えた。
街の建物が現れた。もうミニチュアではなく眼の前に堂々と聳えている。
二人は荷台から降りて手を振って遠ざかっていった。
並んで、手を繋ぎながら。
「行っちまったな」
ズデンカは寂しそうに言った。
「なんだよ、君。あんなに喧嘩してたくせに」
ルナが言った。
「ルナさん! 意地悪はだめですよ。仲直りしてたじゃないですか」
いつも諫め役のナイフ投げカミーユ・ボレルが口を挟んだ。
「まあうちのメイドはすぐ手が出るからなあ。そう言うことがなくてよかったよ。いてて」
と言うルナの頭をズデンカは軽く撲った。
「ところで、この後どうするんです?」
カミーユが尋ねた。
「さらに南部に向かいたいところだけど、ブラゴダさんはここで降りるらしいから、一緒にそこまで入ってみようよ……えーとたしか、帽子工場でしたよね?」
とルナ。
「はい。帽子だけじゃなく、服飾も手掛けておりますが。麦藁帽の材料に使う予定なんですよ」
運転室から言うブラゴダ。
トラックは再び動き出した。
工場はパヴィチの郊外に位置していた。
巨大な白煉瓦の建物で中では沢山の作業員が機織りを動かして布を織ったり、藁を編み上げて帽子を一つ一つ手編みしていた。
早速荷台に詰まれた藁束が工場員の手により運搬され、すぐさま作業台へと持っていかれた。
「ご覧ください! これが工場の一日です。私は商用以外はここで暮らし、常に工場の点検を欠かしていません」
ブラゴダは両手を拡げた。
「素晴らしい。触ってみても良いですか」
ルナは訊いた。
「もちろん」
ルナは被っていた帽子をズデンカに渡すと出来たてほやほやの麦藁帽を被った。
「うん、これもいけるね」
「餓鬼じゃねえか」
ズデンカは嘲笑った。
「わたしもいいですか」
カミーユも許可を取って帽子を被った。
「日焼けしちゃう時期ですから一つ買おうかなあ? どうしようかなぁ」
カミーユは首を左右に傾げた。
「高名なルナさまのご一行がせっかく来て下さったのです。進呈しますよ」
「ありがとうございます!」
カミーユは顔を輝かした。
しばらく平坦な草原が続いていたかと思えば、やがてミニチュアの街並みが見えてきた。
いや、ミニチュアではなく遠景だ。
そう感じられるぐらい、この街の建物は一つ一つ精巧に作られていた。
「やっと着いたかぁ」
車道を走るトラックの荷台の上で寝っ転がりながら、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツはあくびをした。
「もうお前らともお別れだな」
メイド兼従者兼馭者のズデンカは同じく荷台に乗っているコジンスキ伯爵家令嬢エルヴィラと園丁の娘アグニシュカに言った。
「そうですね」
二人は顔を見合わせた。表情は心なしか落ち着いている。
さきほどまでズデンカとぎくしゃくしていたのが、ここ一時間ばかりですっかり落ち着いた印象だ。
二人はどうやらパヴィッチで生活を始めるらしい。
ルナがお金を与えてはいるがそれでも大変だろう。
「まあ頑張れ」
ズデンカは短く言った。
「はい」
アグニシュカは答えた。
街の建物が現れた。もうミニチュアではなく眼の前に堂々と聳えている。
二人は荷台から降りて手を振って遠ざかっていった。
並んで、手を繋ぎながら。
「行っちまったな」
ズデンカは寂しそうに言った。
「なんだよ、君。あんなに喧嘩してたくせに」
ルナが言った。
「ルナさん! 意地悪はだめですよ。仲直りしてたじゃないですか」
いつも諫め役のナイフ投げカミーユ・ボレルが口を挟んだ。
「まあうちのメイドはすぐ手が出るからなあ。そう言うことがなくてよかったよ。いてて」
と言うルナの頭をズデンカは軽く撲った。
「ところで、この後どうするんです?」
カミーユが尋ねた。
「さらに南部に向かいたいところだけど、ブラゴダさんはここで降りるらしいから、一緒にそこまで入ってみようよ……えーとたしか、帽子工場でしたよね?」
とルナ。
「はい。帽子だけじゃなく、服飾も手掛けておりますが。麦藁帽の材料に使う予定なんですよ」
運転室から言うブラゴダ。
トラックは再び動き出した。
工場はパヴィチの郊外に位置していた。
巨大な白煉瓦の建物で中では沢山の作業員が機織りを動かして布を織ったり、藁を編み上げて帽子を一つ一つ手編みしていた。
早速荷台に詰まれた藁束が工場員の手により運搬され、すぐさま作業台へと持っていかれた。
「ご覧ください! これが工場の一日です。私は商用以外はここで暮らし、常に工場の点検を欠かしていません」
ブラゴダは両手を拡げた。
「素晴らしい。触ってみても良いですか」
ルナは訊いた。
「もちろん」
ルナは被っていた帽子をズデンカに渡すと出来たてほやほやの麦藁帽を被った。
「うん、これもいけるね」
「餓鬼じゃねえか」
ズデンカは嘲笑った。
「わたしもいいですか」
カミーユも許可を取って帽子を被った。
「日焼けしちゃう時期ですから一つ買おうかなあ? どうしようかなぁ」
カミーユは首を左右に傾げた。
「高名なルナさまのご一行がせっかく来て下さったのです。進呈しますよ」
「ありがとうございます!」
カミーユは顔を輝かした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[完結]
(支え合う2人)
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる