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第一部
第四十二話 仲間(2)
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エルヴィラは答えられなかった。
「旅は長いんだ。これから歩くんだからな。とりあえず近くで水が飲める場所がないか捜してくる」
ズデンカは歩き去った。
走れる限り走ってみると小さな村に行き合ったので中に入った。
周りの人間に近くが呑める場所がないかと訊くと川を案内された。
――急いで来たから忘れた。ちっ、用意してくりゃよかったぜ。
ズデンカは手持ちの金で革袋を買った。
村の畔《ほとり》を流れる川へ静かに革袋をつけていると、
「ようズデンカ。ひさしぶり」
後ろから声がした。
まったく接近を察知出来なかったズデンカは驚いて革袋を胸に抱き川から三歩も飛びすさった。
爪で下草を掻き、砂利を飛ばし前のめりになりながら体勢を整える。
赤い髪の毛を持ち、開襟シャツを着た女が眼の前に立っていたのだ。
いや、女ではあるが、眼の前に人ではない。 吸血鬼《ストリゴアイカ》だ。
しかもズデンカはその女を知っていた。
「ハロス、今さら何のようだ?」
「姓で呼ぶとは他人行儀だな。俺はお前を誘いに来たのだ」
ハロスは近くまで歩み寄ってくる。
「これ以上寄るな」
ズデンカは歯を食いしばって威嚇した。
ハロス家は近国エリアーデにあるストリゴアイカ――男性形でストリゴイの中ではかなりの名門で眷属は数多に登る。
今ズデンカの眼の前に立っている女もその一人だが、最期に会ったのがもう七十年近く前でロルカの近くでだったと記憶している。
百歳をちょっと越えるぐらいなのでズデンカよりは年下で、吸血鬼に成り立てだった。
だが会話内容はさっぱり覚えておらず印象にも残っていない。
まさに、今さらだった。
「何でそう警戒する? 俺は仲間に誘っているのに!」
ハロスも少し怒ったらしく、身を乗り出して大声を張り上げた。
「お前の仲間になどなる気はない」
ズデンカは飽くまで冷静に応対しようと努めた。
「あたしにはもう仲間がいる」
――これ当人どもの前では絶対に言えねえな。恥ずかしすぎる。
ズデンカは内心焦った。
「仲間……? あ、そうか。さっきから見てたぞ。連れ歩いてる人間どもだろ。俺たちにとっては食い物でしかない。常備用に連れ歩いてるものかと思ったが……」
「お前にあたしのことをとやかく知られる必要はない」
だがハロスはズデンカの言い分は無視して話を始めた。
「考えてもみろよ。ヴァンパイア・ノスフェラトゥ・ヴルダラク・ウプイリ・ストリゴイ。吸血鬼の支族は多くにわかれ過ぎている。そこで近年――と言っても俺たちの近年だから三十年は前からだが――とある高貴な方が中心となって結社『ラ・グズラ』が組織された。ズデンカ、お前の実力なら俺の片腕を担えるはずだ」
「知らんそんなもん」
ズデンカは立ち上がり身構えた。どこから攻撃されても大丈夫なよう抜かりはない。
故郷を離れて久しいのでそのような組織が出来上がっていたことなどついぞ訊いたことがなかった。
「知らないならこれから知ればいい。俺と一緒に来るんだ」
吐き気がした。
ハロスの口吻《くちぶり》が元スワスティカの親衛部長カスパー・ハウザーがルナに対して向けるものと被ったからだ。
あるいはズデンカはほとんど言葉を交わさなかったがルナと旧友らしいフランツ・シュルツとかいう青年がルナを仲間に勧誘したさいの言葉と似たものもあった。
両者の立場は全く正反対のようだが、ズデンカの中でカスパーとフランツは似ているのだ。
――こっちの事情など関係なしで「こっちに来い」「仲間になれ」とか言いやがる。お前の事情など知ったこっちゃない。
「やだね」
ズデンカはきっぱりと断った。
「そうか……なら……」
と言ってハロスは走り出した。
「縛る物がなくなれば考えも変わるだろ! お前の仲間を皆殺しにさせて貰う」
「待てよ!」
ズデンカは革袋の蓋をすると後を追った。
「旅は長いんだ。これから歩くんだからな。とりあえず近くで水が飲める場所がないか捜してくる」
ズデンカは歩き去った。
走れる限り走ってみると小さな村に行き合ったので中に入った。
周りの人間に近くが呑める場所がないかと訊くと川を案内された。
――急いで来たから忘れた。ちっ、用意してくりゃよかったぜ。
ズデンカは手持ちの金で革袋を買った。
村の畔《ほとり》を流れる川へ静かに革袋をつけていると、
「ようズデンカ。ひさしぶり」
後ろから声がした。
まったく接近を察知出来なかったズデンカは驚いて革袋を胸に抱き川から三歩も飛びすさった。
爪で下草を掻き、砂利を飛ばし前のめりになりながら体勢を整える。
赤い髪の毛を持ち、開襟シャツを着た女が眼の前に立っていたのだ。
いや、女ではあるが、眼の前に人ではない。 吸血鬼《ストリゴアイカ》だ。
しかもズデンカはその女を知っていた。
「ハロス、今さら何のようだ?」
「姓で呼ぶとは他人行儀だな。俺はお前を誘いに来たのだ」
ハロスは近くまで歩み寄ってくる。
「これ以上寄るな」
ズデンカは歯を食いしばって威嚇した。
ハロス家は近国エリアーデにあるストリゴアイカ――男性形でストリゴイの中ではかなりの名門で眷属は数多に登る。
今ズデンカの眼の前に立っている女もその一人だが、最期に会ったのがもう七十年近く前でロルカの近くでだったと記憶している。
百歳をちょっと越えるぐらいなのでズデンカよりは年下で、吸血鬼に成り立てだった。
だが会話内容はさっぱり覚えておらず印象にも残っていない。
まさに、今さらだった。
「何でそう警戒する? 俺は仲間に誘っているのに!」
ハロスも少し怒ったらしく、身を乗り出して大声を張り上げた。
「お前の仲間になどなる気はない」
ズデンカは飽くまで冷静に応対しようと努めた。
「あたしにはもう仲間がいる」
――これ当人どもの前では絶対に言えねえな。恥ずかしすぎる。
ズデンカは内心焦った。
「仲間……? あ、そうか。さっきから見てたぞ。連れ歩いてる人間どもだろ。俺たちにとっては食い物でしかない。常備用に連れ歩いてるものかと思ったが……」
「お前にあたしのことをとやかく知られる必要はない」
だがハロスはズデンカの言い分は無視して話を始めた。
「考えてもみろよ。ヴァンパイア・ノスフェラトゥ・ヴルダラク・ウプイリ・ストリゴイ。吸血鬼の支族は多くにわかれ過ぎている。そこで近年――と言っても俺たちの近年だから三十年は前からだが――とある高貴な方が中心となって結社『ラ・グズラ』が組織された。ズデンカ、お前の実力なら俺の片腕を担えるはずだ」
「知らんそんなもん」
ズデンカは立ち上がり身構えた。どこから攻撃されても大丈夫なよう抜かりはない。
故郷を離れて久しいのでそのような組織が出来上がっていたことなどついぞ訊いたことがなかった。
「知らないならこれから知ればいい。俺と一緒に来るんだ」
吐き気がした。
ハロスの口吻《くちぶり》が元スワスティカの親衛部長カスパー・ハウザーがルナに対して向けるものと被ったからだ。
あるいはズデンカはほとんど言葉を交わさなかったがルナと旧友らしいフランツ・シュルツとかいう青年がルナを仲間に勧誘したさいの言葉と似たものもあった。
両者の立場は全く正反対のようだが、ズデンカの中でカスパーとフランツは似ているのだ。
――こっちの事情など関係なしで「こっちに来い」「仲間になれ」とか言いやがる。お前の事情など知ったこっちゃない。
「やだね」
ズデンカはきっぱりと断った。
「そうか……なら……」
と言ってハロスは走り出した。
「縛る物がなくなれば考えも変わるだろ! お前の仲間を皆殺しにさせて貰う」
「待てよ!」
ズデンカは革袋の蓋をすると後を追った。
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