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第一部
第四十一話 踊る一寸法師(12)
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フランツは起き上がってため息を吐いた。
――結局、今回もファキイルの助けを借りてしまった。
軽く慚愧の念を感じる。
アメリーゴの四肢の切り口は鮮やかなまでに赤かった。燃えさかる家の火に照らされている。
――ファキイルは強い。
フランツはいつも守られていると感じた。
あまり嬉しくなかった。自分より身の丈の小さい少女の姿をした存在に助けて貰ったと言うことは。
小人の女たちと子供たちが逃げ出していた。その姿は遙か遠くに見えるだけだ。
今からでは追うことは不可能に思えた。
「はぁ、仕方ないですねぇ」
オドラデクは全身を巨大な糸巻きへと変じた。そして物凄い速度で逃げる小人たちを追いかけた。
身体の中に巻き込んでしまうと強く絞め上げ、血飛沫と共に肉塊へ変えた。
後にはもう何も残らなかった。
「良かったんですね?」
血を払い落としてから元の姿へ戻ったオドラデクは確かめるように言った。
「良い。なぜわざわざ訊く」
「難しい風な言葉を使うと『無辜の者』たちでしょ。奥さん方と子供たちは」
「だが殺しを見た以上、生かしてはおけない」
フランツはきっぱりと告げる。
「でもトゥールーズでグルムバッハを殺した時はその奥さんの命までは取らなかったじゃないですか」
――そう言えば、そんなこともあった。
フランツは『火葬人』の一人グルムバッハの妻ケートヒェンのことを思い出していた。
「結局あなたの中でも決まっていないんですよね。それを確かめるために殺すことに決めた、そうじゃあありませんかぁ? もっともぼくも実行者です。とやかく言える立場じゃあないですけどね、うふん」
オドラデクは笑った。
「……」
フランツは黙った。己の中にある矛盾をオドラデクに鋭く指摘されたのだ。
小人の妻や子供たちに罪があるわけではない。ケートヒェンと立場は同じだ。
――あの頃はまだ迷いが多かった。今だったらケートヒェンも躊躇わず殺すだろう。
だが反面そうだろうかと考え直す部分もあった。
ケートヒェンとフランツは話をしてしまっている。つまり、いささかなりとも情が移ってしまっているのだ。
対して小人の家族はそうではなかったと言うだけの話だった。
つまり情が移っている相手を殺す手は鈍る、と言うことだ。
今後、そんな相手が出て来たとき、自分は斬ることが出来るだろうか。
――まだまだ、未熟だ。
フランツは恥ずかしくなった。
「フランツ」
ファキイルが近付いて来た。
「さっさと帰るぞ」
フランツは言った。
家は燃える。大分離れたつもりだがこちらまで黒い煙が漂ってきていた。
三人は闇の中を歩いた。
「あっけないもんですね。昼日中まで彼らは生きていたのにああやって喋っていたのに」
後ろでオドラデクの声が響く。
「俺を責めているのか」
フランツは訊いた。
オドラデクに背後を取らせていたという失錯を感じながら。
「いーえ。別にぃ」
オドラデクはとぼける。
「フランツ、腹が空いてないか」
ファキイルはいきなり話を逸らさせた。意図あってのものかそうでないか見極めるのは難しい。
だが、その内容はまさに正鵠を射ていた。
市場で買い物の途中で小人と出逢い、そのままここに来たのだから。
「確かに腹が減ったな。まだ夜は時間がある。夕食の時間にするか」
「うわーい!」
と叫ぶオドラデクの手にはいつの間にかカルロが残した葉巻の箱が握られていた。
「ふっふう。愉しんじゃいましょう」
「ついていけん」
フランツは首を振った。箱には返り血もかかっているのだ。
「飲食店に入る前には別の入れ物に移して置けよ」
それだけは釘を刺しておいた。
「はいはいー! 諒解!」
ついさっき人を殺したとは思えないほどの活気が三人の中に戻ってきた。
――結局、今回もファキイルの助けを借りてしまった。
軽く慚愧の念を感じる。
アメリーゴの四肢の切り口は鮮やかなまでに赤かった。燃えさかる家の火に照らされている。
――ファキイルは強い。
フランツはいつも守られていると感じた。
あまり嬉しくなかった。自分より身の丈の小さい少女の姿をした存在に助けて貰ったと言うことは。
小人の女たちと子供たちが逃げ出していた。その姿は遙か遠くに見えるだけだ。
今からでは追うことは不可能に思えた。
「はぁ、仕方ないですねぇ」
オドラデクは全身を巨大な糸巻きへと変じた。そして物凄い速度で逃げる小人たちを追いかけた。
身体の中に巻き込んでしまうと強く絞め上げ、血飛沫と共に肉塊へ変えた。
後にはもう何も残らなかった。
「良かったんですね?」
血を払い落としてから元の姿へ戻ったオドラデクは確かめるように言った。
「良い。なぜわざわざ訊く」
「難しい風な言葉を使うと『無辜の者』たちでしょ。奥さん方と子供たちは」
「だが殺しを見た以上、生かしてはおけない」
フランツはきっぱりと告げる。
「でもトゥールーズでグルムバッハを殺した時はその奥さんの命までは取らなかったじゃないですか」
――そう言えば、そんなこともあった。
フランツは『火葬人』の一人グルムバッハの妻ケートヒェンのことを思い出していた。
「結局あなたの中でも決まっていないんですよね。それを確かめるために殺すことに決めた、そうじゃあありませんかぁ? もっともぼくも実行者です。とやかく言える立場じゃあないですけどね、うふん」
オドラデクは笑った。
「……」
フランツは黙った。己の中にある矛盾をオドラデクに鋭く指摘されたのだ。
小人の妻や子供たちに罪があるわけではない。ケートヒェンと立場は同じだ。
――あの頃はまだ迷いが多かった。今だったらケートヒェンも躊躇わず殺すだろう。
だが反面そうだろうかと考え直す部分もあった。
ケートヒェンとフランツは話をしてしまっている。つまり、いささかなりとも情が移ってしまっているのだ。
対して小人の家族はそうではなかったと言うだけの話だった。
つまり情が移っている相手を殺す手は鈍る、と言うことだ。
今後、そんな相手が出て来たとき、自分は斬ることが出来るだろうか。
――まだまだ、未熟だ。
フランツは恥ずかしくなった。
「フランツ」
ファキイルが近付いて来た。
「さっさと帰るぞ」
フランツは言った。
家は燃える。大分離れたつもりだがこちらまで黒い煙が漂ってきていた。
三人は闇の中を歩いた。
「あっけないもんですね。昼日中まで彼らは生きていたのにああやって喋っていたのに」
後ろでオドラデクの声が響く。
「俺を責めているのか」
フランツは訊いた。
オドラデクに背後を取らせていたという失錯を感じながら。
「いーえ。別にぃ」
オドラデクはとぼける。
「フランツ、腹が空いてないか」
ファキイルはいきなり話を逸らさせた。意図あってのものかそうでないか見極めるのは難しい。
だが、その内容はまさに正鵠を射ていた。
市場で買い物の途中で小人と出逢い、そのままここに来たのだから。
「確かに腹が減ったな。まだ夜は時間がある。夕食の時間にするか」
「うわーい!」
と叫ぶオドラデクの手にはいつの間にかカルロが残した葉巻の箱が握られていた。
「ふっふう。愉しんじゃいましょう」
「ついていけん」
フランツは首を振った。箱には返り血もかかっているのだ。
「飲食店に入る前には別の入れ物に移して置けよ」
それだけは釘を刺しておいた。
「はいはいー! 諒解!」
ついさっき人を殺したとは思えないほどの活気が三人の中に戻ってきた。
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