421 / 526
第一部
第四十話 仮面の孔(11)
しおりを挟む
獅子は咆哮しながら、振り向いた。
瞬時にその頭蓋をズデンカは刺し貫く。強く、脳を押し潰すように。
血飛沫と暖かい内臓に包まれながらズデンカは手探りする。
本だ。
――やつは、本をどこに隠している?
獅子の頭部から胃袋に掛けて、自分の腕を肩先まですっかり通しても、見つからない。
実際、獅子はこうなってなおズデンカの身体を力強く押さえつけていた。
まるで何かに遠くから操作されているかのように。
――ここにはないのか。
「ズデンカさん。変な本があったんですけどー」
カミーユは金文字の分厚い本を手に持っていた。
「馬鹿! カミーユ、それを早く投げ捨てろ!」
ズデンカは鋭く叫んでいる己に気付いた。
――しまった。
カミーユに『鐘楼の悪魔』について詳しく話していなかったことをズデンカは後悔した。
「はいっ!」
あたふたとカミーユは本を投げ捨てた。
――クソッ、手が離せない。
獅子の身体奥深くまで腕を入れているのだから、すぐ抜き放てるはずがない。
だが。
「大丈夫」
と答えたのはルナだった。ライターを本に寄せると即座に燃え上がる。
「阿呆か! 店が焼けるぞ!」
ズデンカは取り敢えず叫んだ。
だが、心の裡では安心していた。
ルナは本がすっかり燃え上がった後、床に敷いてあった絨毯を炎の上に被せて鎮火させた。
「焦げちゃった。でも店主さん死んじゃったし大丈夫でしょ」
「死んだ?」
ズデンカは急いで獅子の方を顧みた。腕の一つや二つ、すぐに再生するのでどうなっても良かったのだ。
もう、ぴくりとも動かなくなっていた。
「店主さん。自分は仮面で制御できるとか言っていたのに、実際は本に魂を吸われちゃってたみたいだね。本が焼かれたと同時に死亡! 残念、残念!」
ルナはライターをしまうと馬鹿にするようにヒラヒラと裏表に動かした。
「結局、あいつは何だったんだ」
ズデンカは血まみれになりながらゆっくり腕を引き抜いた。
「ただの哀れな人だよ。早いうちに死んだのが幸いだったというしかない」
ルナはにんまりとした。
「おいカミーユ、何か変なことになってないか? あの本は手に取っただけでやばいんだ」
ズデンカは獅子の血を滴らしながらカミーユに駈け寄った。
「一瞬、すごい怖い気持ちになったんですが、すぐ投げたので大丈夫でした。でも、私が鍛錬を受けていなかったら、投げることすら出来なかったかも……」
詳しく話を訊くと、店主はテーブルの下に小型の金庫を据え付けて、その中に本を隠していたらしい。
「どうやって開けたんだ?」
ズデンカは恐る恐る訊いた。
「お祖母さまに錠の開け方を教えられましたので……でも本物を試してみるのは初めてでした……」
と、どこから用意したのか針金を手に取りながらカミーユは答えた。
――こいつ、単に臆病という訳ではないらしい……。
ズデンカはカミーユが底知れなく感じられた。
「恐ろしい……恐ろしい……」
震え声が聞こえた。
さきほどモラクスを乱雑に突っ込んだ袋の中から聞こえる。
「おう、忘れていたぜ」
ズデンカは袋から牛の首を取り出した。
「何てものを呼び出してくれたんだ。『鐘楼の悪魔』なぞ、近くにあるだけで吐き気がする!」
モラクスは泡を吹きながら叫んだ。
「おやおや、恐がらせちゃったみたいで」
ルナが脱帽しながら髪を整えた。
瞬時にその頭蓋をズデンカは刺し貫く。強く、脳を押し潰すように。
血飛沫と暖かい内臓に包まれながらズデンカは手探りする。
本だ。
――やつは、本をどこに隠している?
獅子の頭部から胃袋に掛けて、自分の腕を肩先まですっかり通しても、見つからない。
実際、獅子はこうなってなおズデンカの身体を力強く押さえつけていた。
まるで何かに遠くから操作されているかのように。
――ここにはないのか。
「ズデンカさん。変な本があったんですけどー」
カミーユは金文字の分厚い本を手に持っていた。
「馬鹿! カミーユ、それを早く投げ捨てろ!」
ズデンカは鋭く叫んでいる己に気付いた。
――しまった。
カミーユに『鐘楼の悪魔』について詳しく話していなかったことをズデンカは後悔した。
「はいっ!」
あたふたとカミーユは本を投げ捨てた。
――クソッ、手が離せない。
獅子の身体奥深くまで腕を入れているのだから、すぐ抜き放てるはずがない。
だが。
「大丈夫」
と答えたのはルナだった。ライターを本に寄せると即座に燃え上がる。
「阿呆か! 店が焼けるぞ!」
ズデンカは取り敢えず叫んだ。
だが、心の裡では安心していた。
ルナは本がすっかり燃え上がった後、床に敷いてあった絨毯を炎の上に被せて鎮火させた。
「焦げちゃった。でも店主さん死んじゃったし大丈夫でしょ」
「死んだ?」
ズデンカは急いで獅子の方を顧みた。腕の一つや二つ、すぐに再生するのでどうなっても良かったのだ。
もう、ぴくりとも動かなくなっていた。
「店主さん。自分は仮面で制御できるとか言っていたのに、実際は本に魂を吸われちゃってたみたいだね。本が焼かれたと同時に死亡! 残念、残念!」
ルナはライターをしまうと馬鹿にするようにヒラヒラと裏表に動かした。
「結局、あいつは何だったんだ」
ズデンカは血まみれになりながらゆっくり腕を引き抜いた。
「ただの哀れな人だよ。早いうちに死んだのが幸いだったというしかない」
ルナはにんまりとした。
「おいカミーユ、何か変なことになってないか? あの本は手に取っただけでやばいんだ」
ズデンカは獅子の血を滴らしながらカミーユに駈け寄った。
「一瞬、すごい怖い気持ちになったんですが、すぐ投げたので大丈夫でした。でも、私が鍛錬を受けていなかったら、投げることすら出来なかったかも……」
詳しく話を訊くと、店主はテーブルの下に小型の金庫を据え付けて、その中に本を隠していたらしい。
「どうやって開けたんだ?」
ズデンカは恐る恐る訊いた。
「お祖母さまに錠の開け方を教えられましたので……でも本物を試してみるのは初めてでした……」
と、どこから用意したのか針金を手に取りながらカミーユは答えた。
――こいつ、単に臆病という訳ではないらしい……。
ズデンカはカミーユが底知れなく感じられた。
「恐ろしい……恐ろしい……」
震え声が聞こえた。
さきほどモラクスを乱雑に突っ込んだ袋の中から聞こえる。
「おう、忘れていたぜ」
ズデンカは袋から牛の首を取り出した。
「何てものを呼び出してくれたんだ。『鐘楼の悪魔』なぞ、近くにあるだけで吐き気がする!」
モラクスは泡を吹きながら叫んだ。
「おやおや、恐がらせちゃったみたいで」
ルナが脱帽しながら髪を整えた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する
くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。
世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。
意味がわからなかったが悲観はしなかった。
花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。
そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。
奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。
麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。
周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。
それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。
お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。
全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。
Rich&Lich ~不死の王になれなかった僕は『英霊使役』と『金運』でスローライフを満喫する~
八神 凪
ファンタジー
僕は残念ながら十六歳という若さでこの世を去ることになった。
もともと小さいころから身体が弱かったので入院していることが多く、その延長で負担がかかった心臓病の手術に耐えられなかったから仕方ない。
両親は酷く悲しんでくれたし、愛されている自覚もあった。
後は弟にその愛情を全部注いでくれたらと、思う。
この話はここで終わり。僕の人生に幕が下りただけ……そう思っていたんだけど――
『抽選の結果あなたを別世界へ移送します♪』
――ゆるふわ系の女神と名乗る女性によりどうやら僕はラノベやアニメでよくある異世界転生をすることになるらしい。
今度の人生は簡単に死なない身体が欲しいと僕はひとつだけ叶えてくれる願いを決める。
「僕をリッチにして欲しい」
『はあい、わかりましたぁ♪』
そして僕は異世界へ降り立つのだった――
倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~
乃神レンガ
ファンタジー
謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。
二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。
更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。
それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。
異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。
しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。
国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。
果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。
現在毎日更新中。
※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。
親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました
空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが当たり前になった世界。風間は平凡な会社員として日々を暮らしていたが、ある日見に覚えのないミスを犯し会社をクビになってしまう。その上親友だった男も彼女を奪われ婚約破棄までされてしまった。世の中が嫌になった風間は自暴自棄になり山に向かうがそこで誰からも見捨てられた放置ダンジョンを見つけてしまう。どことなく親近感を覚えた風間はダンジョンで暮らしてみることにするが、そこにはとても可愛らしいモンスターが隠れ住んでいた。ひょんなことでモンスターに懐かれた風間は様々なモンスターと暮らしダンジョン内でのスローライフを満喫していくことになるのだった。
間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎
って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!
何故こうなった…
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
そして死亡する原因には不可解な点が…
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています
ユイユメ国ゆめがたり【完結】
星乃すばる
児童書・童話
ここは夢と幻想の王国。
十歳の王子るりなみは、
教育係の宮廷魔術師ゆいりの魔法に導かれ、
不思議なできごとに巻き込まれていきます。
骨董品店でもらった、海を呼ぶ手紙。
遺跡から発掘された鳥の石像。
嵐は歌い、時には、風の精霊が病をもたらすことも……。
小さな魔法の連作短編、幻想小説風の児童文学です。
*ルビを多めに振ってあります。
*第1部ののち、番外編(第7話)で一旦完結。
*その後、第2部へ続き、全13話にて終了です。
・第2部は連作短編形式でありつつ、続きものの要素も。
・ヒロインの王女が登場しますが、恋愛要素はありません。
[完結しました。応援感謝です!]
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる