月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第四十話 仮面の孔(9)

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 ズデンカはルナの襟首を引っ掴んで立たせた。

 だが手を離すと、フラフラしながら床へとしゃがみ込んでしまう始末だ。

 ズデンカは無理矢理起こして、ルナを引き摺りながら仮面のところまで来た。

「アグニシュカ」

 と後ろへ声を掛けようとしたその時だ。

「ひっくぅ!」

 ルナは仮面を壁から引っぺがしていた。

「お前! 戻せ!」

 壁が現れた。しかし、そこには何もない。板が張られているだけだ。

 やはり、視線を感じたのはこの仮面に何か怪しげな力が籠もっているからだろう。

「ういー」

 なんと顔を真っ赤にしたルナは仮面を被って飛び跳ね始めた。

「あちゃあ」

 ズデンカは頭を抱えた。

 そのまま勢いよくテーブルの上に飛び乗ってジャンプし始め、他の客を驚かせた。

「ゴラァ!」

 ズデンカは取り急ぎ、駈け寄ってその胴を肩の上に抱え上げ、足をバタバタするルナは無視しながら、

「すまんすまん。うちの主人が迷惑を掛けた」

 と客たちに謝っていった。

「お客さん、迷惑な行為は止めて頂けますか?」

 店長がルナの被った仮面をハラハラと眺めやっていた。

 ズデンカはルナを椅子にちゃんと座らせてから、

「仮面は返す」

 と言ってズデンカは、ルナの顔から仮面を外した。

 もちろん、何も付いていないようきちんと裏をハンカチで吹いてから、店主に渡す。

「当然です。私の所有物なのですから」

 ひったくるように主人は受け取った。

「ふむぅ。所有物かぁ。それは人から渡されたものだったんじゃないんですか?」

 前屈みになったまま腰掛けていたルナが、酒気を吐きながら言った。

「ですから、今の所有者は私という意味で」

 店主は声に怒りを漲らせた。

「それにしては、やたらとその仮面に拘られますよね」

 ルナの顔に帯びた影の中で、モノクルが光っていた。

――まさか、こいつ。店主を試したのか?

 ズデンカは呆れた。

「さぁて、アグニシュカさん。あの仮面には何か感じとれますか? ひっく」

 ルナは声を掛けた。

「いえ、何も」

「そうですか。なるほど、推測はかなり当たっているみたいだね」

 ルナは立ち上がった。

 もうふらついてはいなかった。

「なんでただの料理店主であるあなたがそこまで仮面を大切にするのか。これは実に興味深い問題だ。ひとつめ、単なる魔術マニアだった。なら別にわたしがとやかく言うことじゃない。でも、ふたつめ。あなたが『鐘楼の悪魔』を保有していて……うーんと、そうだなぁ……制御して使うために必要だった、とか?」

 殺気立った眼で店主はルナとズデンカを眺めていた。

「お前ら危ない! 早く店から外へ出ろ!」

 ズデンカは大声を張り上げた。

 アグニシュカやエルヴィラの二人は流石に反応が早く、手を繋いで店の外まで駈け出していった。

 他の客たちも異変に気付いたのか、戸口へと殺到する。

「……気付いてしまったようですね」

 店主は仮面を被った。

「『鐘楼の悪魔』という本は人を操る。しかし、この魔術師の仮面があれば! 逆に人が本を操ることが出来るのですよ!」

「それはどうでしょうか」

 ルナは冷ややかに言った。

「なんだと」

 店主は途端に声を荒げた。

「今まで『鐘楼の悪魔』の影響を受けた人はほとんど破滅してきました。運良くわたしが助かったぐらいです。それだって実に辛かった。あなたに耐えきれるでしょうか……いえ、失礼。たとえ耐えきれたとしても、破滅はするかも知れない」

 ルナはくすりと笑った。
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