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第一部
第四十話 仮面の孔(5)
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「何だこれは!」
ズデンカは叫んだ。
「作りものだよ」
ルナのモノクルがきらりと光った。
「それぐらいわかってるが」
ズデンカは不機嫌になった。
「どんな仮面でも被る人がいるんだから覗くための孔が開いてるのは当然さ。でも、なんか怪しいな。だって、わたしたちを見詰めるかのように、この孔は開かれているのだから」
ルナは言った。
「中に誰かいるんだろう」
ズデンカは推理した。
「うん。わたしもその線で考えてみた。でも、よくわからなかった。だから店長さんに聞いてみよう」
「やめとけ」
店長の腹に一物ある可能性は十分にある。
だが、ルナはズデンカの忠告など一向に訊かず、店長の元へと歩いて行った。
「あそこに仮面があるんですが、何か言われのあるものなんですか?」
初手では孔のことを聞かなかったようだ。
――さすがにそこは心得ているか。
ズデンカはほっとした。
「そうですね。店を開いたときに知人から貰ったものですよ」
店長が答えた。
「それは興味深い。もしや、それに纏わる面白い綺譚《おはなし》を何かご存じではないでしょうか?」
ルナは眼を輝かせながら言った。
「別に、何も」
店長は唐突に言葉数が少なくなった。
――これは何かあるな。
ズデンカは確信した。
「残念だなぁ」
ルナはパイプを取り出しながら、とぼとぼと部屋の端へ歩いていった。
それにズデンカは素早く寄り添う。
「ありゃあ黒だな」
ズデンカは小声で言った。
「何か隠しごとをしてるのは誰でもわかるよ。でも、その理由はどうだろう」
ルナも小声を出した。
「お前の力を使えばすぐだろ」
「だよね。でも、もうちょっと自分の頭で考えてみたい」
「馬鹿か?」
ズデンカは首を傾げた。
「情緒ってものがわからないんだね。便利なものに頼りすぎじゃ人間は退化するよ」
ルナは鼻で笑った。
ズデンカは頭にきた。
「多分あの壁に細工がしてあって、奥が隠し部屋になってるんだよ。で、中のやつは孔を通して覗いてやがる。嫌らしい奴だ」
ズデンカは前に言った推理をさらに敷衍《ふえん》して見せた。
「そうかな。にしては小さな孔だったけど」
ルナは答えた。
「じゃあなんだよ。部屋なんぞなくて単に孔が開いてるだけか?」
「うん。だろうね」
ルナは掌でライターの火をパイプの口に誘導した。ズデンカは火傷しないか心配になってそれを見た。
「はぁ? じゃあ、店主はなんで口を濁したんだ」
「別に大した意味はなかったんじゃないかな。意味のないところに意味を見出そうとするのがわれわれの悪い癖だ」
「一緒にするな」
ズデンカは頭を抱えた。
仮面の孔。
一体、何のためにそんなものが作られたのだろう。
もちろん、ルナの言う通り、かつて仮面の被り手はいたのだから、そのために開かれているの当然だ。
だが、そこから妙な視線を感じたのはルナもズデンカも一致した。
つまり、何か意図があってあそこに欠けられた物に間違いないのだ。
「どうすりゃいいんだ」
ズデンカは呟いた。
「蛇の道は蛇って言うし、悪魔に訊いてみよう」
ルナがまた訳のわからないことを言い始めた。
「悪魔だと」
「モラクスだよ」
「ああ、牛の首か」
モラクスとは汽車の旅の途中で出会った幽霊の魂を捕らえていた悪魔だ。その際、牛の首に化けて現れた。それを引っ括って袋に入れ、荷物にまとめていたのだ。
「確かにあいつならわかるかもしれんが……」
――性格が悪い。
ズデンカは叫んだ。
「作りものだよ」
ルナのモノクルがきらりと光った。
「それぐらいわかってるが」
ズデンカは不機嫌になった。
「どんな仮面でも被る人がいるんだから覗くための孔が開いてるのは当然さ。でも、なんか怪しいな。だって、わたしたちを見詰めるかのように、この孔は開かれているのだから」
ルナは言った。
「中に誰かいるんだろう」
ズデンカは推理した。
「うん。わたしもその線で考えてみた。でも、よくわからなかった。だから店長さんに聞いてみよう」
「やめとけ」
店長の腹に一物ある可能性は十分にある。
だが、ルナはズデンカの忠告など一向に訊かず、店長の元へと歩いて行った。
「あそこに仮面があるんですが、何か言われのあるものなんですか?」
初手では孔のことを聞かなかったようだ。
――さすがにそこは心得ているか。
ズデンカはほっとした。
「そうですね。店を開いたときに知人から貰ったものですよ」
店長が答えた。
「それは興味深い。もしや、それに纏わる面白い綺譚《おはなし》を何かご存じではないでしょうか?」
ルナは眼を輝かせながら言った。
「別に、何も」
店長は唐突に言葉数が少なくなった。
――これは何かあるな。
ズデンカは確信した。
「残念だなぁ」
ルナはパイプを取り出しながら、とぼとぼと部屋の端へ歩いていった。
それにズデンカは素早く寄り添う。
「ありゃあ黒だな」
ズデンカは小声で言った。
「何か隠しごとをしてるのは誰でもわかるよ。でも、その理由はどうだろう」
ルナも小声を出した。
「お前の力を使えばすぐだろ」
「だよね。でも、もうちょっと自分の頭で考えてみたい」
「馬鹿か?」
ズデンカは首を傾げた。
「情緒ってものがわからないんだね。便利なものに頼りすぎじゃ人間は退化するよ」
ルナは鼻で笑った。
ズデンカは頭にきた。
「多分あの壁に細工がしてあって、奥が隠し部屋になってるんだよ。で、中のやつは孔を通して覗いてやがる。嫌らしい奴だ」
ズデンカは前に言った推理をさらに敷衍《ふえん》して見せた。
「そうかな。にしては小さな孔だったけど」
ルナは答えた。
「じゃあなんだよ。部屋なんぞなくて単に孔が開いてるだけか?」
「うん。だろうね」
ルナは掌でライターの火をパイプの口に誘導した。ズデンカは火傷しないか心配になってそれを見た。
「はぁ? じゃあ、店主はなんで口を濁したんだ」
「別に大した意味はなかったんじゃないかな。意味のないところに意味を見出そうとするのがわれわれの悪い癖だ」
「一緒にするな」
ズデンカは頭を抱えた。
仮面の孔。
一体、何のためにそんなものが作られたのだろう。
もちろん、ルナの言う通り、かつて仮面の被り手はいたのだから、そのために開かれているの当然だ。
だが、そこから妙な視線を感じたのはルナもズデンカも一致した。
つまり、何か意図があってあそこに欠けられた物に間違いないのだ。
「どうすりゃいいんだ」
ズデンカは呟いた。
「蛇の道は蛇って言うし、悪魔に訊いてみよう」
ルナがまた訳のわからないことを言い始めた。
「悪魔だと」
「モラクスだよ」
「ああ、牛の首か」
モラクスとは汽車の旅の途中で出会った幽霊の魂を捕らえていた悪魔だ。その際、牛の首に化けて現れた。それを引っ括って袋に入れ、荷物にまとめていたのだ。
「確かにあいつならわかるかもしれんが……」
――性格が悪い。
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