上 下
413 / 526
第一部

第四十話 仮面の孔(3)

しおりを挟む
 楢《オーク》材のテーブルを挟んで五人は坐った。

 ルナ、カミーユ、ズデンカの反対側にエルヴィラとアグニシュカが並んだ。

 アグニシュカはなかなか警戒を解かないらしい。

「ここは宿屋じゃないのか。荷物を預けねえと」

 ズデンカは店の主人に訊いた。太った中年の男だった。

「おや、あなたはずいぶんと古風な話し方をされるのですね」

 店主が驚いて言った。

 ズデンカは長らくゴルダヴァ語を使っていなかった。二百年も経てば発音はだいぶ変わってしまう。

「まあ、長いことここを離れていたからな」

 ズデンカは焦った。

「にしてはお若く見えますよ。私もここで何十年も暮らして商売していますが、そんな発音、老人でもしません」

「それよか、荷物を置きたいんだが良い部屋はないか」

 ズデンカは話を逸らした。

 「うちはないですね。ただの料理屋なんで」

 主人は答えた。

「はあ」

 ちょうど店員が運んできたローストチキンを素手で貪り食い始めたルナの横にズデンカは坐った。

「おいひいよ」

 ルナは肉を頬張りながら言った。

「お前、あたしが食べられないことわかって言ってるだろ」

「君に言ってないよ。まあ独り言みたいなものさ」

 ルナは肉を嚥《の》み込んでしまってから答えた。

「ふふふっ。ルナさん面白い」

 カミーユは口を押さえて笑い出した。さっきまで緊張していたようだったが少しほぐれたらしい。

「大変な召し上がり方ですね」

 エルヴィラは流石に貴族らしい婉曲法でルナを評した。

 アグニシュカはまだ黙っている。よほど頑固らしい。

 ズデンカは何とか口を割らせてみたく思った。

「おい、おまえ、相変わらず黙ってやがるよ。喋れないのか?」

 ズデンカは苛立った口調で、アグニシュカの前に掌を叩き付けた。

「いや、喋れますが」

 やっとアグニシュカは話した。

 二人の視線がぶつかる。

 エルヴィラは不安そうに両者を眺めた。

「お前は園丁の娘だったか。まあ、召使いだな。あたしもそうだ」

 園丁の娘とは言え、アグニシュカと雇用関係はないはずで、論理展開に無理があるように思ったが、ハッタリをかます気分で言った。

  アグニシュカはまた黙った。

――無口も良いとこだな。

「名前はズデンカだ。それは知ってるな」

「はあ、まあ一応は」

 ズデンカはそこに舐めた態度を感じ取った。

――素直に引き下がるのも良いが。

 もう少しアグニシュカという人間を掘り下げてみたい。

 そういう欲求が強くわき上がってきたのだ。

 「エルヴィラは礼儀正しいが、お前はそうじゃないな。わざわざこんな主人を追っていくとは殊勝な心がけだが、もうちょっと周りの人間を敵にしないようにした方がいいぜ。老婆心から言って置くがな」

「確かにそうですね。今までの非礼をお詫びします」

 エルヴィラの名前を出されたからだろう。アグニシュカは唇をわななかせながら頭を垂れた。

――こいつ、それなりにプライドが高いな。

  自分がそうだからか、ズデンカは相手のことがよくわかった。

「アグニシュカ!」

 エルヴィラは焦っている。顔色まで若干青くなっているほどだ。

 それを見て、ズデンカは矛を収めるべきだと判断した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

イタズ
ファンタジー
定年を機に、サウナ満喫生活を行っていた島野守。 極上の整いを求めて、呼吸法と自己催眠を用いた、独自のリラックス方法『黄金の整い』で、知らず知らずの内に神秘の力を身体に蓄えていた。 そんな中、サウナを満喫していたところ、突如、創造神様に神界に呼び出されてしまう。 『黄金の整い』で得ていた神秘の力は、実は神の気であったことが判明し、神の気を大量に蓄えた身体と、類まれなる想像力を見込まれた守は「神様になってみないか?」とスカウトされる。 だが、サウナ満喫生活を捨てられないと苦悶する守。 ならば異世界で自分のサウナを作ってみたらどうかと、神様に説得されてしまう。 守にとって夢のマイサウナ、それが手に入るならと、神様になるための修業を開始することに同意したとたん。 無人島に愛犬のノンと共に放り出されることとなってしまった。 果たして守は異世界でも整えるのか? そして降り立った世界は、神様が顕現してる不思議な異世界、守の異世界神様修業とサウナ満喫生活が始まる! *基本ほのぼのです、作者としてはほとんどコメディーと考えています。間違っていたらごめんなさない。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

処理中です...