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第一部
第四十話 仮面の孔(2)
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「じゃあ荷物をまとめるぞ」
ズデンカは指令を下した。いつもは影に隠れる自分が先導を取っていることが何とも歯がゆい。
「はーい」
ルナも素直に従った。とは言え、荷物の整理をしたのはほとんどズデンカだ。
カミーユもちょっとは手伝ってくれたが。
そうこうするうちに、汽車が軋んだ音を立てて停まった。
ゴルダヴァ北辺のキシュ駅に着いたのだ。
乗車前と同じように幾つものトランクを抱えながら、ズデンカは歩いていった。
ルナも跡を付いていく。
カミーユも付かず離れずだ。
汽車の下車通路の前に立ったとき、向こうから二人の女性が歩いてきた。
「あ、エルヴィラさん」
ルナは柔やかに話し掛けた。
「ペルッツさま昨日はどうもありがとうございました」
エルヴィラは、昨日ルナとズデンカが話をしたコジンスキ伯爵家の令嬢だ。諸事情あって家を抜け出し、ゴルダヴァで恋人のアグニシュカと合流する予定だと以前訊いた。
ということは。
その後ろに控える黒い髪を短めに切った女性がアグニシュカだろう。以前ルナが幻想として姿を実体化させたときは栗色の巻毛だった。おそらく染めたに違いない。
キシュはゴルダヴァに入国して二つ目の駅だ。アグニシュカは前の駅までわざわざ行って、乗ってきたに違いない。
「同じ駅で降りることになるとはな」
ズデンカはもっと乗っていくものと予測して、誰とも会わないようひっそりと降りるつもりだったのだが。
「お二人の行く先に祝福あれ。でも、これからランチの時間ですよね。どうぞご一緒しませんか?」
ルナは二人に声を掛けた。
「はい。もちろん喜んでご一緒させて頂けましたらありがたいです」
エルヴィラはお辞儀をした。
しかし、アグニシュカの方は若干警戒しているようで新参者の三人のことを眺めていた。
何か、エルヴィラの耳元で囁く。
「大丈夫よ。そんな心配するような人たちじゃないもの」
エルヴィラは明るく笑って答え返す。
アグニシュカはむすっとしたように頭を垂れる。
「アグニシュカさん! よろしく。あなたのお名前はエルヴィラさんからうかがってますよ!」
ルナは愛想良く手を差し出すが、エルヴィラは握り返そうとしない。
「おい、ルナ。止めておけ」
今度はズデンカがルナの耳元で囁いた。
「なんでだよー」
ルナは納得しないようだ。
「人にはな、新しく現れた人間とそうたやすく仲良くなれないタイプもいる。お前みたいな暢気なやつとは違うんだよ」
ズデンカは赤子に教えるかのように言葉を句切って言った。
「そうなんだぁ」
ルナはぽかんとした顔をしていた。
「さあ扉はじきに閉まる。外に出るぞ」
ズデンカが先陣を切って飛び出した。
ルナと他のメンバーも車輌から出てきた。
「とりあえず、近くで料理屋を探そう。美味しい店見つかれば良いなぁ」
ルナは飽くまで暢気そうだ。
キシュは小さな町だ。だがそれでも北辺ではずいぶん繁盛している方と言っていいかもしれない。ズデンカが直近で行ったのが百数十年近く前になるが、その頃とあまり変わっていない。
「飯屋なんぞないだろ」
ズデンカは端から否定した。
だが、いつの間にか出来ていたようだ。
羊の頭を看板に掲げる料理店は煉瓦を積み重ねられものだが、それでももう数十年は経過していると思われ、ひび割れを帯びていた。
「こちらでいいですか?」
ルナがエルヴィラに訊いた。
「はい!」
一同は店の中に入った。
アグニシュカはまだあたりを見回していた。どうもルナが追っ手と通じていて、自分たちを捕まえるのではないかと思っているらしい。
ズデンカは指令を下した。いつもは影に隠れる自分が先導を取っていることが何とも歯がゆい。
「はーい」
ルナも素直に従った。とは言え、荷物の整理をしたのはほとんどズデンカだ。
カミーユもちょっとは手伝ってくれたが。
そうこうするうちに、汽車が軋んだ音を立てて停まった。
ゴルダヴァ北辺のキシュ駅に着いたのだ。
乗車前と同じように幾つものトランクを抱えながら、ズデンカは歩いていった。
ルナも跡を付いていく。
カミーユも付かず離れずだ。
汽車の下車通路の前に立ったとき、向こうから二人の女性が歩いてきた。
「あ、エルヴィラさん」
ルナは柔やかに話し掛けた。
「ペルッツさま昨日はどうもありがとうございました」
エルヴィラは、昨日ルナとズデンカが話をしたコジンスキ伯爵家の令嬢だ。諸事情あって家を抜け出し、ゴルダヴァで恋人のアグニシュカと合流する予定だと以前訊いた。
ということは。
その後ろに控える黒い髪を短めに切った女性がアグニシュカだろう。以前ルナが幻想として姿を実体化させたときは栗色の巻毛だった。おそらく染めたに違いない。
キシュはゴルダヴァに入国して二つ目の駅だ。アグニシュカは前の駅までわざわざ行って、乗ってきたに違いない。
「同じ駅で降りることになるとはな」
ズデンカはもっと乗っていくものと予測して、誰とも会わないようひっそりと降りるつもりだったのだが。
「お二人の行く先に祝福あれ。でも、これからランチの時間ですよね。どうぞご一緒しませんか?」
ルナは二人に声を掛けた。
「はい。もちろん喜んでご一緒させて頂けましたらありがたいです」
エルヴィラはお辞儀をした。
しかし、アグニシュカの方は若干警戒しているようで新参者の三人のことを眺めていた。
何か、エルヴィラの耳元で囁く。
「大丈夫よ。そんな心配するような人たちじゃないもの」
エルヴィラは明るく笑って答え返す。
アグニシュカはむすっとしたように頭を垂れる。
「アグニシュカさん! よろしく。あなたのお名前はエルヴィラさんからうかがってますよ!」
ルナは愛想良く手を差し出すが、エルヴィラは握り返そうとしない。
「おい、ルナ。止めておけ」
今度はズデンカがルナの耳元で囁いた。
「なんでだよー」
ルナは納得しないようだ。
「人にはな、新しく現れた人間とそうたやすく仲良くなれないタイプもいる。お前みたいな暢気なやつとは違うんだよ」
ズデンカは赤子に教えるかのように言葉を句切って言った。
「そうなんだぁ」
ルナはぽかんとした顔をしていた。
「さあ扉はじきに閉まる。外に出るぞ」
ズデンカが先陣を切って飛び出した。
ルナと他のメンバーも車輌から出てきた。
「とりあえず、近くで料理屋を探そう。美味しい店見つかれば良いなぁ」
ルナは飽くまで暢気そうだ。
キシュは小さな町だ。だがそれでも北辺ではずいぶん繁盛している方と言っていいかもしれない。ズデンカが直近で行ったのが百数十年近く前になるが、その頃とあまり変わっていない。
「飯屋なんぞないだろ」
ズデンカは端から否定した。
だが、いつの間にか出来ていたようだ。
羊の頭を看板に掲げる料理店は煉瓦を積み重ねられものだが、それでももう数十年は経過していると思われ、ひび割れを帯びていた。
「こちらでいいですか?」
ルナがエルヴィラに訊いた。
「はい!」
一同は店の中に入った。
アグニシュカはまだあたりを見回していた。どうもルナが追っ手と通じていて、自分たちを捕まえるのではないかと思っているらしい。
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