月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
410 / 526
第一部

第三十九話 超男性(11)

しおりを挟む
「降ろすの、お手伝いしましょうか?」

 カミーユが立ち上がった。

「いやいい」

 ズデンカは断った。

「そうですか……」

 カミーユは残念そうだった。

 すぐに鞄は見つかった。

 網棚の奥の奥の方に突っ込んでいたらしい。ズデンカは背が高いため、軽々と降ろすことが出来た。

 錠を外し、蓋を開ける。中に何着か代えのメイド服が畳み込まれている。問題はない。

 だが。

 ズデンカはヴィトルドを睨み付けた。

「トイレに行くから絶対に開けんなよ!」

 ズデンカは鋭く言って着替えを手に歩いていった。

 トイレはデッキに設けられてあった。ノックしてみると幸い誰もいない。

 ズデンカは安堵の吐息を漏らした。

 だが、着換え始めるとすぐにノックの音が響いた。

「誰だ?」

 詰問する。ヴィトルドだと思ったのだ。

 そうではない可能性もあるのに、すこし険のある声になってしまったと内心反省した。

「私です。ズデンカさん」

 カミーユだった。

――まさか超男性でも声帯模写まで出来ないだろう。

 疑り深いズデンカはそれでも警戒したが、とりあえずカミーユということで話をすることにした。

「何で来た?」

「私もトイレに……とか言っちゃうと嘘ですね。ごめんなさい……じつは、あの人、私苦手で」

 ヴィトルドのことだろう。

「わかる。あたしもだ」

「ズデンカさんもですか! ちゃんとやりとりしてたじゃないですか」

「話せるのと、苦手かそうじゃないかと言うのはまた違うだろ」

 ズデンカは自分の声が不意に優しくなっていることに気付いた。

「確かに……」

 カミーユは納得したようだった。

「あいつには実力がある。それは事実だが、どうも自信過剰過ぎていかん」

「そうですそうです! ぐいぐい来られる感じが凄い苦手で」

 カミーユはうんざりしたような口調だった。
 
「あたしは子供が産めない、と言ったら素直に諦めてくれたようだが……」

 ズデンカは自分の舌つい回ってしまうのを感じた。

――これが、ルナが前言っていた『ガールズトーク』というやつだろうか。

「やですよねー。女を何だと思ってるんでしょう。子供を産む機械じゃないですよ! あ……すみません!」

 カミーユは追わず声を荒げた自分にビックリしているようだった。

「お前が謝らなくてもいい」

 ズデンカは手短に言った。

「ズデンカさん。なんか頼もしいです……」

 ズデンカは新しいメイド服を着替え終え、トイレの扉を開けた。

「んなこたねえよ。あいつはお前に武術の心得があるということも知ってぞ。気を付けろよ。次は狙ってくるかも」

「ええええええっ。怖い!」

 カミーユは抱き付いてきた。

 ズデンカは妙に気恥ずかしかった。

「帰るぞ」 

 ズデンカは先に歩きだした。

「なんか戻りたくないなぁ」

 ズデンカが驚かしてしまったのか、カミーユは渋っていた。

「ああ言う奴は何を言っても変わらんからな。無視しとくに限る」

 長年の人生経験からズデンカは言った。

「はい……」

 ところが、車室に戻っていくと超男性は既に消えていた。

 そしてなんと、ルナが窓を全開にして、パイプを吹かしているではないか。

「お前! あいつはどこへ行った?」

「帰ったよ」

 ルナは言った。

「あんなにしつこい奴が帰るわけねえだろ」

 ズデンカは懐疑的だった。

「ちょっとばかりわたしとお話ししたら、次に助けるべき人がいるとか言って窓から飛び出していったよ。あ、願いを一つだけ叶えてはあげたけどね」

 ルナは暢気に言った。

「はあ? あいつの願いってのは……」

 ズデンカは嫌な予感がした。

「もちろん、君やカミーユと夫婦になりたいと言うのは駄目だと先回りして潰しておいたよ。彼は意外に素直だった。私の持っている煙草をわけてくれというものさ。快くあげたよ。そして今一服してるという訳さ」

 ルナは煙を吐き出した。

「はあ」

 ズデンカは何か二人の間で話があったのだろうとは推測したが、後はやめておいた。

 隣でカミーユが実にほっとした表情を浮かべていたので。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...