月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第三十九話 超男性(6)

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「はああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?」

 ズデンカは大声で叫んでいた。

 思わず口を押さえる。ちょっと車室の外がざわざわした気がした。

「ふふふふふ」

 ルナは含み笑いをしていた。

「何を言いやがる?」

 ズデンカはヴィトルドを睨んだ。

 「さきほど手合わせしてわかったんだよ。あなたが私に匹敵するほどの力を持っているということを」

 ヴィトルドは、ズデンカを見詰めた。

「誰がお前なんかと」

 ズデンカは戸惑っていた。過去に求婚された記憶もないではなかったがずいぶんと昔だ。

 久しぶりにされて驚いたのは言うまでもない。

「実は二年後の世界体育大会を目指して日夜トレーニング中なのだよ、私は。ともに参加している伴侶を求めている。それがあなただ。ズデンカさん!」

 ヴィトルドは言われてもいないのに説明を始めた。

「だからどうした?」

 ズデンカは腹が立って仕方なかった。

 結局、自分の性分が生真面目なのだとは理解している。

 だから、そんなことを言われたら、嫌でもまともに考え込んでしまう。

 伴侶。

 人生の行路を共にする者。

 なら、好きな相手と一緒にいる方が良い。

 自分が好きな相手は誰だ?

――こんなやつじゃない。

 ズデンカはそっぽを向いた。

 ヴィトルドの顔を見ることすら嫌悪感を覚える。

 では。

 ずっと一緒にいたいのは誰だ。

――ルナだ。

 答えは出てしまっていた。

「断る!」

 ズデンカは叫んだ。

「いずれ気が変わるだろう! 俺は全ての男性を超えた男性だ。代わりはこの世に存在しないのだからね」

 ヴィトルドは身を乗り出してきた。相変わらず大胸筋を見せびらかしながら。

――鬱陶しい。

 ズデンカはさっさと出ていって欲しかった。

 ――本気で喧嘩したらこいつぐらい簡単にだせるが、ここは迷惑だ。どうする?

「まあまあ、うちのメイドがああ言ってるんです。仕方ないじゃあ、ありませんか?」

 ルナは半笑いを崩さずに言った。

「私のような力を持つ者はそれと同等な遺伝子を持つ者と結び付くべきなのですよ」

「それ、危ない考え方ではないでしょうか。スワスティカも似たようなことを言っていましたよ」

「スワスティカ! ムッシュ、何と言うことをおっしゃいます! 私は連合軍に義勇兵として参加し、一騎当千の働きをして、勲章まで頂いたのですよ?」

 ヴィトルドは顔を赤くして反論した。

「あなた個人は善良な方でしょう。でも、だからこそ、そういう考えに結び着いてしまうことがあるのですよ」

「なんですと?」

 ヴィトルドはまだ立腹してるようだった。

 「自分は善良で優れている。従って、社会も善良なものにしなければならない。だから、優れて善良な者だけが子供を残し、社会を維持していく必要がある。こう言う考え方になってしまうとまずいんじゃないかと」

 ルナは人差し指をピンと立てながら話をした。

「はあ、確かにそうでしょうな」

 ヴィトルドは腕を組んだ。

「あなた個人が善良で優れた方でいらっしゃるのですから、それは別に問題はない。でも、子供を作る場合、相手がいる訳でしょう? その意志を尊重しなくちゃなりませんよね」

――なんか嫌な良い方だな。まるであたしがこいつと子を作る前提みたいじゃねえか。第一あたしは……。

 ズデンカは子供が作れない。

 だが同時にズデンカはルナに感謝してもいた。
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