月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
403 / 526
第一部

第三十九話 超男性(4)

しおりを挟む
「それにしても凄い筋肉ですね! ちょっと触らせて頂いてもいいですか?」

 ルナはヴィトルドの周りをぐるぐるまわりながら言った。

「やめとけ!」

 ズデンカは焦った。

 おそらく生物学・博物学的な感心からだろうが、ルナに男の身体を触らせたくはない。

「はい。もちろん、ムッシュの仰せのままに」

 突然ヴィトルドはキリッとして、ポーズを取ったまま銅像のように動かなくなった。

 ズデンカは心の中で失笑した。

 ルナは男装こそしているが、よっほどのすっとこどっこいではない限り、すぐ妙齢の女性だと気付ける。

 だが、そんなよっほどのすっとこどっこいが目の前に現れたのだ。

 相手の身分が高いと見たのか、急に畏まった態度になったこともおかしい。

 ルナは盛り上がった上腕の筋肉を触りだした。

 フニフニと、まるでゴム鞠で遊ぶ子供のように無邪気な触り方だ。

 ズデンカはハラハラしながらそれを見守る。

「こんな鍛え方、一日や二日じゃ無理でしょう。一体いつからですか?」

「物心ついた時からです。初めての記憶が公園で懸垂をしていたというものですからね」

 ヴィトルドは自慢げに言った。

「すごい。本当に凄いですね」

 ルナは両手を打った。

「でも、ここまでの能力を身につけられたのはいつからなのでしょう?」

 ルナのモノクルがきらりと光った。

「それが少し不思議な話があるのですよ」

「綺譚《おはなし》ですか。それは興味深い。詳しく教えてくださいませんか? わたし、ルナ・ペルッツと申します」

 とルナが差し出した手を、ヴィトルドは握った。

 それなりには知られているルナの名乗りにもヴィトルドは驚いていないようで、

「初めましてヴィトルドです。よろしくお願いします、ムッシュ」

 と女であることに気付いていない様子だ。

 ルナの方もそれには頓着しない様子で、

「さあ、車室にどうぞ」

 と案内した。

「うわぁぁっ、わああああっ!」

 車室に入ったヴィトルドを見た途端、カミーユは竦《すく》みあがって、先に入っていたズデンカの後ろに隠れた。

「どうした」

 とズデンカは訊いたが理由はわかっていた。 カミーユは若干男性が苦手としている。

 それでも普通の人なら普通にやり過ごせるようだが、こんな筋肉を見せびらかす男に入ってこられたら怯えてしまうのも無理はない。

「そ、その人は……」

 カミーユの声は震えていた。

「ルナの客だ。苦手ならあたしの後ろに隠れてろ」

 ズデンカは言った。

「おやおやおや、どうされましたかマドモアゼル?」

 ヴィトルドは驚いた風で近寄ろうとしてきた。

「お前は離れて坐れ」

 ズデンカはそれを軽く押しのけた。

「なにぉ?」

 相手が押し返そうとしてくるが、ズデンカは組み付いて離れない。

「まあまあ、連れがちょっとあなたみたいな風采の方を苦手としていまして。離れて坐って頂くことは出来ませんか?」

 ルナが珍しく空気を読んだのか、ヴィトルドに離れた席を案内した。

「ふん、わかりましたよ」

 ヴィトルドは少し不満そうにしながら椅子の端へと腰を掛ける。

「それではお話頂きましょうか」

 ルナはヴィトルドの前に坐って足を組んだ。

「あれは……そうだな……八才ぐらいの時でしたか」

 ヴィトルドは語り始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...