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第一部
第三十九話 超男性(2)
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「危険はないよ。よく彼の様子を見てごらん。健全そのものじゃないか」
ルナは感心したとでも言いたげに窓の外を指差した。
「そうかぁ?」
ズデンカはこちらには頓着せずに走り続ける男の横顔を眺めた。
「今度開催される世界体育大会にはぜひ出場して貰いたいものだね」
二年後、オルランド公国で世界体育大会が開かれる予定になっている。物好きな貴族が莫大な私財を投じて作った委員会が主催するという。
世界各国から集めたさまざまなスポーツで功績のある人々が順位を競って戦う。かなり大がかりな催しとなるであろうことは予想された。
――こいつが参加したらなかなかすげえことになりそうだな。
ズデンカはその姿を想像しただけで冷や冷やした。
「とりあえず、コミュニケーションを図ろうじゃないか」
ルナが言った。
「誰がやる」
「もちろん君だ」
「嫌だ」
ズデンカは断った。
「だって君しか出来ないじゃないか。彼と並んで走れるのは」
「大蟻喰にでもやらせたらいい」
三人の旅先でちょくちょく顔を合わせる自称反救世主大蟻喰の名前をズデンカは出した。
「今いないからね」
「まったく。都合の良い時だけいなくなりやがって」
「私、やってみましょうか……?」
カミーユが訊いた。
「じゃあ、頼もうかな」
ルナが含み笑いをした。
「止めとけ!」
ズデンカは怒鳴った。そして立ち上がる。
「仕方ねえ」
車室のガラス扉を後ろ手に閉めると、ズデンカはどしどしと廊下を大股に歩いた。
「よっと!」
車輌先頭に付けられた階段から外に飛び下りる。
少しも地面に擦られることなく、見事に着地した。
「おいてめえ!」
そのまま勢いよく疾走して、走り続ける男に並ぶと横から怒鳴りつけた。
「おや、どうしたんだね。それにしてもお嬢さん、ずいぶんと足が速いね」
男は足を止めた。
「余計なお世話だ」
ズデンカは止まりながら吐き捨てた。
「レディらしくないね。なら、私と競争するかい?」
「てめえの名前は?」
ズデンカは軽くいなして逆に問い返す。
「そちらから先に行ってもらおうか」
男は腕を組み身を反り返らせて鳩胸になった。
「メイドのズデンカだ」
「私はヴィトルド。よろしくお願いする」
ヴィトルドは一揖した。
「お前は何でそんな力を身につけた」
「私は超男性だからな。常人から遙かに隔たった胆力と膂力を持ち合わせている」
「ちょう……なんだと?」
「男性を超えた男性。普通の男性ならぬ超常的力を手に入れた男性なのだ」
「はぁ?」
意味不明な解説だった。
――だが、こいつが何か得体の知れない能力を持ってることは間違いない。もし、ハウザーの仕業だったら……。
旧スワスティカの残党カスパー・ハウザーはトルタニア大陸の各地に邪悪な書籍『鐘楼の悪魔』を拡散し続けている。その本を読んだ者は特殊な力を身につけたり、暴走し始めたりするようになる。
多くの人に害を及ぼす前に何とかして倒して本を回収しなければならない。
「貴様、変な本を持っていたりしないだろうな?」
ズデンカはヴィトルドを睨んだ。
「はははっ、私は本は読まないからねえ! 心からの自信を持つ者は本など読まなくても賢さを身につける、いや、既に存在そのものが賢さとなるんだよ」
「はぁ?」
ズデンカは呆れたが、同時に相手が馬鹿で安心した。『鐘楼の悪魔』を手に取りたくなる人間はどこか知識欲に溺れている側面があった。一度は取り込まれ掛けたルナですらそんなところがある。
だが、この男は。
ルナは感心したとでも言いたげに窓の外を指差した。
「そうかぁ?」
ズデンカはこちらには頓着せずに走り続ける男の横顔を眺めた。
「今度開催される世界体育大会にはぜひ出場して貰いたいものだね」
二年後、オルランド公国で世界体育大会が開かれる予定になっている。物好きな貴族が莫大な私財を投じて作った委員会が主催するという。
世界各国から集めたさまざまなスポーツで功績のある人々が順位を競って戦う。かなり大がかりな催しとなるであろうことは予想された。
――こいつが参加したらなかなかすげえことになりそうだな。
ズデンカはその姿を想像しただけで冷や冷やした。
「とりあえず、コミュニケーションを図ろうじゃないか」
ルナが言った。
「誰がやる」
「もちろん君だ」
「嫌だ」
ズデンカは断った。
「だって君しか出来ないじゃないか。彼と並んで走れるのは」
「大蟻喰にでもやらせたらいい」
三人の旅先でちょくちょく顔を合わせる自称反救世主大蟻喰の名前をズデンカは出した。
「今いないからね」
「まったく。都合の良い時だけいなくなりやがって」
「私、やってみましょうか……?」
カミーユが訊いた。
「じゃあ、頼もうかな」
ルナが含み笑いをした。
「止めとけ!」
ズデンカは怒鳴った。そして立ち上がる。
「仕方ねえ」
車室のガラス扉を後ろ手に閉めると、ズデンカはどしどしと廊下を大股に歩いた。
「よっと!」
車輌先頭に付けられた階段から外に飛び下りる。
少しも地面に擦られることなく、見事に着地した。
「おいてめえ!」
そのまま勢いよく疾走して、走り続ける男に並ぶと横から怒鳴りつけた。
「おや、どうしたんだね。それにしてもお嬢さん、ずいぶんと足が速いね」
男は足を止めた。
「余計なお世話だ」
ズデンカは止まりながら吐き捨てた。
「レディらしくないね。なら、私と競争するかい?」
「てめえの名前は?」
ズデンカは軽くいなして逆に問い返す。
「そちらから先に行ってもらおうか」
男は腕を組み身を反り返らせて鳩胸になった。
「メイドのズデンカだ」
「私はヴィトルド。よろしくお願いする」
ヴィトルドは一揖した。
「お前は何でそんな力を身につけた」
「私は超男性だからな。常人から遙かに隔たった胆力と膂力を持ち合わせている」
「ちょう……なんだと?」
「男性を超えた男性。普通の男性ならぬ超常的力を手に入れた男性なのだ」
「はぁ?」
意味不明な解説だった。
――だが、こいつが何か得体の知れない能力を持ってることは間違いない。もし、ハウザーの仕業だったら……。
旧スワスティカの残党カスパー・ハウザーはトルタニア大陸の各地に邪悪な書籍『鐘楼の悪魔』を拡散し続けている。その本を読んだ者は特殊な力を身につけたり、暴走し始めたりするようになる。
多くの人に害を及ぼす前に何とかして倒して本を回収しなければならない。
「貴様、変な本を持っていたりしないだろうな?」
ズデンカはヴィトルドを睨んだ。
「はははっ、私は本は読まないからねえ! 心からの自信を持つ者は本など読まなくても賢さを身につける、いや、既に存在そのものが賢さとなるんだよ」
「はぁ?」
ズデンカは呆れたが、同時に相手が馬鹿で安心した。『鐘楼の悪魔』を手に取りたくなる人間はどこか知識欲に溺れている側面があった。一度は取り込まれ掛けたルナですらそんなところがある。
だが、この男は。
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