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第一部
第三十九話 超男性(1)
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――ヴィトカツイ王国南端国境付近
汽車は何も考えていないかのように一直線に走り続ける。
綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツのメイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカはつまらなそうに車窓を睨み据えていた。
先ほどの駅で、面識のある客二人連れが降りていくと、虚脱状態と言うか、重い肩の荷を降ろした気分になった。
その客が居続ける限り、能力を使い続けなければならなかったルナもどっと疲れたのか鼻提灯を膨らませながら眠りこけている。
それほど分厚い本ではない『ゴルダヴァ地誌』はもう読了してしまった。昔のものなので多少古い情報はあるだろうが、ゴルダヴァで迷う心配はなくなった。
やがて向かい側で編み針を器用に動かしているナイフ投げのカミーユ・ボレルにぼんやりと視線を移す。
「うまいな」
褒めるつもりで言ったわけではなかったが、カミーユは頬を赤らめて、針を置き、編み上げた糸をきゅっと掴んだ。
「そんな! まだまだ下手くそですよ。サーカスの練習が大変な中、ちょっとずつしか縫い物できなくて」
「その割には早いじゃねえか」
実際、車窓を見るちょっと前には糸巻きが取り出されたばかりだったが、今ではぬいぐるみ用の洋服と思われるニットのセーターの原型ができかけている。
「どうしてでしょうか。ふふふ。私もルナさんみたいに集中したら何でも早くできるのかも知れませんね」
ルナの集中力は異常だが、カミーユも狙った対象にナイフを当てられる能力を持っている。
――頑張れば何でも独りで出来るのかもしれないな。
そう考えるとズデンカは心強いような寂しいような気持ちがした。
――あたしは、別にこいつの保護者じゃねえ。
そう打ち消しても、寂しさはなかなか抜けなかった。
ルナに対しても、いつかその感情を自分は向けるのだろうかと思ってしまったからだ。
ルナとの別れを考えるとしんみりした気分になってしまう。
遅かれ早かれそれは必ず来るからだ。
普段は気を強く持っているつもりだが、今のようにぼんやりしている時間はそう言うことばかり考えてしまう。
ズデンカはまた車窓を見た。
と。
何か物凄い勢いで砂煙が上がり、窓外が茶色く染まった。颱風《たいふう》に巻き込まれたようだった。
ズデンカは身構えた。
何かが、起こっている。
「気を付けろよ!」
カミーユに向かって叫んだ。
身体能力は高いとは言え、カミーユは普通の人間だ。
「はい!」
急いで編み物をしまって、カミーユは身を屈めた。
やがて煙は晴れてくる。ズデンカは窓の外をじっくり眺めた。
何かが――黒い影が、汽車と寄り添うように走っている。
ズデンカは吸血鬼の動体視力を用いて、詳しく観察した。
人。
それは人だ。
長い髭を風に靡かせ、力一杯両手両足を前後に動かしながら走り続ける男だ。
ズデンカは驚愕した。
汽車と併走出来る人間がこの世の中にいるとはとても思われない。
できるとしたらそれはズデンカのように不死者になったものだけだ。
だが、証拠としてそれは今目の前にいるのだ。
筋骨隆々として、健康的な肌の色から見て、とても不死者だとは思えない。
デニムと一枚のランニングシャツだけを纏い、鍛え上げた肉体を見せ付けんばかりだ。
「ブラヴォ! 実に面白そうだ!」
いつのまに目を覚ましたのか、ルナが一緒に車窓を覗き込んできた。
「お前も控えてろ」
ズデンカは注意した。
汽車は何も考えていないかのように一直線に走り続ける。
綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツのメイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカはつまらなそうに車窓を睨み据えていた。
先ほどの駅で、面識のある客二人連れが降りていくと、虚脱状態と言うか、重い肩の荷を降ろした気分になった。
その客が居続ける限り、能力を使い続けなければならなかったルナもどっと疲れたのか鼻提灯を膨らませながら眠りこけている。
それほど分厚い本ではない『ゴルダヴァ地誌』はもう読了してしまった。昔のものなので多少古い情報はあるだろうが、ゴルダヴァで迷う心配はなくなった。
やがて向かい側で編み針を器用に動かしているナイフ投げのカミーユ・ボレルにぼんやりと視線を移す。
「うまいな」
褒めるつもりで言ったわけではなかったが、カミーユは頬を赤らめて、針を置き、編み上げた糸をきゅっと掴んだ。
「そんな! まだまだ下手くそですよ。サーカスの練習が大変な中、ちょっとずつしか縫い物できなくて」
「その割には早いじゃねえか」
実際、車窓を見るちょっと前には糸巻きが取り出されたばかりだったが、今ではぬいぐるみ用の洋服と思われるニットのセーターの原型ができかけている。
「どうしてでしょうか。ふふふ。私もルナさんみたいに集中したら何でも早くできるのかも知れませんね」
ルナの集中力は異常だが、カミーユも狙った対象にナイフを当てられる能力を持っている。
――頑張れば何でも独りで出来るのかもしれないな。
そう考えるとズデンカは心強いような寂しいような気持ちがした。
――あたしは、別にこいつの保護者じゃねえ。
そう打ち消しても、寂しさはなかなか抜けなかった。
ルナに対しても、いつかその感情を自分は向けるのだろうかと思ってしまったからだ。
ルナとの別れを考えるとしんみりした気分になってしまう。
遅かれ早かれそれは必ず来るからだ。
普段は気を強く持っているつもりだが、今のようにぼんやりしている時間はそう言うことばかり考えてしまう。
ズデンカはまた車窓を見た。
と。
何か物凄い勢いで砂煙が上がり、窓外が茶色く染まった。颱風《たいふう》に巻き込まれたようだった。
ズデンカは身構えた。
何かが、起こっている。
「気を付けろよ!」
カミーユに向かって叫んだ。
身体能力は高いとは言え、カミーユは普通の人間だ。
「はい!」
急いで編み物をしまって、カミーユは身を屈めた。
やがて煙は晴れてくる。ズデンカは窓の外をじっくり眺めた。
何かが――黒い影が、汽車と寄り添うように走っている。
ズデンカは吸血鬼の動体視力を用いて、詳しく観察した。
人。
それは人だ。
長い髭を風に靡かせ、力一杯両手両足を前後に動かしながら走り続ける男だ。
ズデンカは驚愕した。
汽車と併走出来る人間がこの世の中にいるとはとても思われない。
できるとしたらそれはズデンカのように不死者になったものだけだ。
だが、証拠としてそれは今目の前にいるのだ。
筋骨隆々として、健康的な肌の色から見て、とても不死者だとは思えない。
デニムと一枚のランニングシャツだけを纏い、鍛え上げた肉体を見せ付けんばかりだ。
「ブラヴォ! 実に面白そうだ!」
いつのまに目を覚ましたのか、ルナが一緒に車窓を覗き込んできた。
「お前も控えてろ」
ズデンカは注意した。
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