月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
391 / 526
第一部

第三十八話 人魚の嘆き(1)

しおりを挟む
 ――ランドルフィ王国中部パヴェーゼ 

 はっとして目覚めると、高い梁が見えた。

 スワスティカ猟人《ハンター》、フランツ・シュルツはベッドに仰向けに寝ていることに気付く。

 ランドルフィ中部のパヴェーゼまで来て、悪寒を発し、倒れこんでしまったことを思い出した。

――これまでの旅がハード過ぎたんだな。

 生まれて始めて空中を飛行して、トルタニア大陸を何千キロも横断をしたのだ。身体に負荷を与えないわけがない。

 寝間着に変えるのもしんどいのでシャツのままで横たわっている。

  布団を深く被っても身体がガタガタと震える。指先まで凍えて感覚が鈍くなってきた。

 しんどくて歩くのも億劫な中、湯たんぽだけは買いこんできたが、いくら暖めても寒さは簡単に引いていかない。

 看病を求めようにもオドラデクはどこかに出かけてしまっている。

 同行する犬狼神ファキイルは心配そうに窓辺に腰掛けながらフランツを見詰めていた。

「フランツ、大丈夫か」

「大丈夫じゃない。見ればわかるだろ」

「何か食べれば」

「食欲もないんだよな、これが」

  少しおどけていったつもりだが、ファキイルには通じなかった。

「我が探してこよう」

 ファキイルが歩き出した。

「待て、お前一人だと不安だ」

 病んでしまって、いつもより心配性になるフランツだった。

「そんなことはない。これまでだってちゃんと戻ってきただろう」

 相変わらずファキイルの表情には変化はなかったが、元の場所に戻ってきてさらに二、三歩前に身を乗り出した。

 怒っているのだろう。

「なら、行ってこい。必ず帰ってこいよ」

 フランツは念押しした。

  ファキイルは出ていった。

「フランツさぁん」

 それと入れ替わるようにオドラデクが部屋の中に入って来た。

 手には葡萄の粒のように、たくさんの紙袋をぶら下げている。

 鼻歌まで唄って、気分はすっかり絶好調のようだ。

「しんどいんですかぁ?」

「熱が出てるようだ」

「あれあれ。たぁいへん!」

 大仰に嘆声を上げてみせるが、少しもフランツには近寄らず、椅子に坐って紙袋の中味を物色し始めた。

 さて、フランツは困ってしまう。

 何か快適になる製品を買ってきてくれていないのか、と訊くのも恩着せがましくなるし、かといって何もせずにいたらファキイルの帰還を待たなくてはいけない。

 と、いきなり背中に重量を感じた。

「確かに凄いつめたぁい!」

 オドラデクに乗っかられたのだ。

 フランツは毒虫のように手足を蠢かした。

「やめろ」

 さすがのフランツも大騒ぎするような年齢ではなかった。

 だが、少しは気恥ずかしい。

「熱を測らなくちゃなりませんねぇ」

 オドラデクは布団を剥ぎ取る。

 さらにフランツのシャツをいとも容易く剥ぎ取った。

「あ、人魚の刺青」

 オドラデクはちょっと声を高めた。

「前見せなかったか?」

「見せて貰いましたけど、どうやって彫ったのか、とか詳しい話は訊いてなかったですからねぇ」

「別に大した謂われはない」

 フランツはぴしゃりと答えた。

「でも凄い痛みはあるんでしょう?」

 オドラデクは興味津々な風だった。

「そうだな。あの時も酷い熱が出た」

 フランツは思い出していた。

「なら、話してくださいよ」

「その前に退け」

「はいはい」

 オドラデクは言われる通りにした。

 フランツはベッドの上に胡座を掻いたまま、オドラデクに向き合って話し始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

処理中です...