387 / 526
第一部
第三十七話 愛の手紙(6)
しおりを挟む
「だがお前の能力は確か……」
ズデンカは不満げだった。
「そうだよ。せいぜいこの列車から降りて一キロ程度続けば良い方かなあ」
ルナは頭を掻いた。
「叶えたことにならねえじゃねえか」
「叶えたさ! 本人だって言ってたし、永続的にそうだとは約束してない。ちょっとした白昼夢を見せてあげるぐらいしかわたしには術《すべ》がないからね」
ルナは少し苛立たしげだった。
ルナが願いのことを言われる度、気分を害すると知ったズデンカは、すこしからかってみたい気持ちになった。
「ミロスワフが消えたとき、ヨハンナは寂しそうな顔をするだろうなあ……」
「そ、それは! 仕方がない。今まで旅で出会った人皆を助けられたわけじゃないし……」
ルナは俯いてしまった。
「まあ、仕方ねえよな」
ズデンカは寂しそうに言った。
「でも、ヨハンナさん、すんごい笑顔でしたよ! とにかくルナさんが叶えてあげたから幸せになったんですよ。私には何が何だかさっぱり訳がわかりませんけど!」
カミーユは微笑んでいた。その言葉には少しの皮肉も籠められていないようだった。
「褒めんじゃねえよ。根性のねじくれたルナには、ちょっとばかりきつーいお仕置きが必要なんだ」
ズデンカはカミーユをちょっとだけ睨んだ。
「そうだよね! 今が幸せなら後のことなんてどうなってもいいよね!」
ルナはカミーユに同調しながらも、まだ自分のしたことが不完全なのではないかと悩んでいるようだった。
ズデンカはその様子を見てさすがに気の毒になった。
「まあ、あいつらの人生だしな。お前が気に病むことはない」
「うん」
ルナは素直に応じた後、でもまだ俯き続けていた。
――なんだよ。あたしが悪いみたいじゃねえか。
ズデンカは暗い気分になった。
――そりゃヨハンナはずっとミロスワフと一緒にいたいだろ。そう思ってあたしは言っただけなんだが。
「そういや、だ」
ズデンカは話題を変えることにした。
「ヨハンナを騙した詐欺師ってのは一体誰だったんだろうな」
「実は心当たりがあるんだ」
ルナはポツンと言った。
「誰だよ。すぐにぶちのめしてやる」
ズデンカは拳を固めた。
――そいつがそもそも全ての元凶じゃねえか。
「もう死んでる。シエラフィータ族の一人でね。収容所にいたよ」
ズデンカは黙った。
ただでさえ落ち込んでいるルナに収容所での経験を思い出させてはいけないと思ったからだ。
だが、ルナは独りでに話し始めた。
「わたしは女子房だったから、直接は接点がなかったんだけど、噂は人伝てに色々聞いたことがある。大層な詐欺師で、逢いもしない各地の女から金を貢がせたのだと自慢していたらしい」
「クソみてえなやつだな」
ズデンカは憤りを隠せなかった。
「バーゾフ出身なんだけど、王族を騙ったりしてたから、国を追われてあちこちを転々としていたらしい。同じような手法で目を付けた人たちに大量の手紙を送っていたけど、ほとんどは無視するよね。でも、中には引っかかる人が何人かいて、しばらくは払っていたけど、どんどん脱落していく。その中の一番最後まで残ったのが――彼は『太客』って呼んでたらしいけど――がヨハンナさんだったんだ」
「あいつは信じやすかったんだろうな」
ズデンカは言った。
「そうだね」
ルナが答えた。
「そんな悪運の強そうなやつなら、まだ生きていたっておかしくなさそうだが」
「人は誰だって死ぬさ。良い人も、悪い人も。現状では、だけどね」
ルナは寂しげに笑った。
ズデンカは不満げだった。
「そうだよ。せいぜいこの列車から降りて一キロ程度続けば良い方かなあ」
ルナは頭を掻いた。
「叶えたことにならねえじゃねえか」
「叶えたさ! 本人だって言ってたし、永続的にそうだとは約束してない。ちょっとした白昼夢を見せてあげるぐらいしかわたしには術《すべ》がないからね」
ルナは少し苛立たしげだった。
ルナが願いのことを言われる度、気分を害すると知ったズデンカは、すこしからかってみたい気持ちになった。
「ミロスワフが消えたとき、ヨハンナは寂しそうな顔をするだろうなあ……」
「そ、それは! 仕方がない。今まで旅で出会った人皆を助けられたわけじゃないし……」
ルナは俯いてしまった。
「まあ、仕方ねえよな」
ズデンカは寂しそうに言った。
「でも、ヨハンナさん、すんごい笑顔でしたよ! とにかくルナさんが叶えてあげたから幸せになったんですよ。私には何が何だかさっぱり訳がわかりませんけど!」
カミーユは微笑んでいた。その言葉には少しの皮肉も籠められていないようだった。
「褒めんじゃねえよ。根性のねじくれたルナには、ちょっとばかりきつーいお仕置きが必要なんだ」
ズデンカはカミーユをちょっとだけ睨んだ。
「そうだよね! 今が幸せなら後のことなんてどうなってもいいよね!」
ルナはカミーユに同調しながらも、まだ自分のしたことが不完全なのではないかと悩んでいるようだった。
ズデンカはその様子を見てさすがに気の毒になった。
「まあ、あいつらの人生だしな。お前が気に病むことはない」
「うん」
ルナは素直に応じた後、でもまだ俯き続けていた。
――なんだよ。あたしが悪いみたいじゃねえか。
ズデンカは暗い気分になった。
――そりゃヨハンナはずっとミロスワフと一緒にいたいだろ。そう思ってあたしは言っただけなんだが。
「そういや、だ」
ズデンカは話題を変えることにした。
「ヨハンナを騙した詐欺師ってのは一体誰だったんだろうな」
「実は心当たりがあるんだ」
ルナはポツンと言った。
「誰だよ。すぐにぶちのめしてやる」
ズデンカは拳を固めた。
――そいつがそもそも全ての元凶じゃねえか。
「もう死んでる。シエラフィータ族の一人でね。収容所にいたよ」
ズデンカは黙った。
ただでさえ落ち込んでいるルナに収容所での経験を思い出させてはいけないと思ったからだ。
だが、ルナは独りでに話し始めた。
「わたしは女子房だったから、直接は接点がなかったんだけど、噂は人伝てに色々聞いたことがある。大層な詐欺師で、逢いもしない各地の女から金を貢がせたのだと自慢していたらしい」
「クソみてえなやつだな」
ズデンカは憤りを隠せなかった。
「バーゾフ出身なんだけど、王族を騙ったりしてたから、国を追われてあちこちを転々としていたらしい。同じような手法で目を付けた人たちに大量の手紙を送っていたけど、ほとんどは無視するよね。でも、中には引っかかる人が何人かいて、しばらくは払っていたけど、どんどん脱落していく。その中の一番最後まで残ったのが――彼は『太客』って呼んでたらしいけど――がヨハンナさんだったんだ」
「あいつは信じやすかったんだろうな」
ズデンカは言った。
「そうだね」
ルナが答えた。
「そんな悪運の強そうなやつなら、まだ生きていたっておかしくなさそうだが」
「人は誰だって死ぬさ。良い人も、悪い人も。現状では、だけどね」
ルナは寂しげに笑った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる