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第一部

第三十六話 闇の絵巻(9)

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「お前に指図される筋合いはねえよ!」

 ズデンカは乱妨に相手の腕を退けた。

「はぁ?」

 大蟻喰は睨み付ける。

 ズデンカも応じた。

 火花と火花が散った。

「まあまあ、二人とも! わたしのために喧嘩しないで!」

 ルナが両手を広げながら、ほんわかとその間に入り込む。

「誰が!」

 ズデンカは振り返って怒鳴った。

「だって、君たちが暴れるとこんな列車、すぐに壊れちゃうからさ」

 ルナは真顔にはならないながら、正論を吐いた。

「確かにね」

 先に矛を収めたのは大蟻喰の方だった。

「クソッ」

 忿懣《ふんまん》やる方ないズデンカは座席に腰掛けた。

 そのままだんまりを決め込む。

 大蟻喰は立ったままでも構わないらしい。

「ステラはどこへ行く予定なの」

 ルナが会話を再開した。

「さあ、考えてることは色々あるんだけどね。ルナのことが気になっちゃってさ」

 大蟻喰がニヤニヤ笑いながら言った。

「付きまとうな」

 ズデンカはやっと言葉を発した。

――前、世界を滅ぼすとか言ってやがったのに随分小さく収まったな。

 心の中で皮肉を言いながら。

「だって、ズデ公なんかと一緒にいたら絶対ろくなことが起こらないって決まってるじゃないか」

 大蟻喰は待っていましたとばかりに答えた。

 「それはあたしのセリフだ。こいつなんかと一緒にいたら命が幾つあっても足りねえんだ。あたしだからこそついて行ってやってるんだよ」

 ズデンカはルナを指差して叫んだ。

「え。そうだったんだ!」

 ルナはショックを受けた面持ちになった。

「いや、待て! これは別にお前に責任を被せてわけじゃなくてだな……」

 ズデンカは焦った。

 実際被せているようなものだったからだ。そしてそれは事実だったが。

「なーんてね!」

 ルナが舌を出す。

「こいつ!」

 ズデンカはまたルナの頭を撲りたくなった。

 「ふふふふふふふ」

 カミーユまで釣られて笑っていた。

「まあ、いいじゃないか。ステラもいつも通り気が済むまでここにいてくれ」

 ルナが開けっ放しにしたままだったことに気付いて、ズデンカは窓を急いで閉めた。

 絢爛たる闇の絵巻が眼の前にまた広がった。

「真っ暗だな」

 今度こそ白い魂たちは姿を現そうとしない。

 この近隣には大きな町もなく、村も夜が更けると一斉に灯りを消してしまうのか、他には人工的な輝きすら見えない。

 どこまでもどこまでも続いて行く永遠の闇。

 夜が明けるまでこれはずっと続くのだろう。

 ズデンカは感傷的な気分になった。

――また詩が生まれそうだな。

 忙しくて書く暇はまるでなかったが、アイデアが湧き起こってきた。

 急いでメイド服の前掛けから鉛筆と書きかけの紙を取り出し、書付け始める。

「さあさあ、大詩人《ポエット》の執筆の時間だよ! 皆お静かに!」

 そう言いながらルナは大声で叫び散らした。

「へえ、ズデ公詩を書くのか。柄に合わなすぎい!」

「うるせえよ」

 ズデンカは書くことに集中した。

 脚韻を合わせるのに苦戦しつつ、十行ばかり何とか捻り出したところで、

「ふぁあああああああああ」

 ルナが盛大にあくびをした。

「寝台車、あたしが送ってやるよ」

 ズデンカは立ち上がった。

「いいよ。一人で行ける」

 ルナも立ち上がった。

「私も眠いです。ふぁあ」

 カミーユもあくびする。

「お前ら二人だけじゃ危険だ。とりあえず男子と女子に分かれてるが絶対侵入してくる輩がいる。寝ていると応戦できないだろう」

「何だよ、みんな言っちゃうのか」

 大蟻喰はしょんぼりしていた。

「お前も寝ろ」

「ボクは寝たところは人に見せないんでね。というかさっき起きたとこだし」

 大蟻喰は笑った。

 それは無視してズデンカは先に出ていた二人の後を追って廊下を歩いた。

――やれやれ、いつ創作に集中出来るんだ。

 と思いながら。
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