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第一部

第三十五話 シャボン玉の世界で (10)

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 こんな時間になるまで街を歩き回ってるとはよっぽど暇なんだなとフランツは思った。

 ファキイルは察したように勢いよく降下する。

 そのまま見送ってもしまっても良いとフランツは思っていたが。

――ルナの話を聞いたって何になる?

「皆歩くの速いんだぁねえ。ファキイルさん急に飛んでいっちゃうし、探すの大変だったぁよ」

 くりくりとボタンのような目を輝かせながら、カルメンは首を左右に傾げていた。

 いかにも憎めない。

「俺は家に帰るんだ」

 フランツは言い張った。

「フランツさん見るからにお腹空いてそうですからねぇ。大冒険しましたし」

 オドラデクがフランツの脇腹を小突いた。

 図星だった。

 オドラデクはよく腹が減ったような素振りをすることがあるが、人間ではないので本当にそうかわからない。

 人間の作ったものを腹の底に落とすことは出来るようだが……。

 しかしフランツは本当に腹が減っていた。気付けば今日一日何も食べていない。

「そうなのぉ、あたし幾つかパンを買ってきているよぉ」

 とカルメンは背嚢をポンポンと叩いた。

「へえ、野ねずみがパンなんて食べるんですねぇ?」

 オドラデクは不躾に言った。

「獣人だから雑食だぁよぉ。あたしは人間と関わることも多いから、食べる機会も多くってねぇ」

 カルメンは怒りもしていないようだった。

 さっきから何度もオドラデクに挑発されているのに、一向に乗ってこない。

――よほどのお人好しか、慎重家のどちらかだろうな。

 フランツは考えた。

 他に何も食べる物はないので、結局はカルメンの好意に甘えるかたちとなった。

 宿屋に着いて自室へ帰り、据え置きの皿に白パンを乗せて囓り付く。

 硬い。

 作られてから何日かは経過しているだろう。

 井戸から汲んできた水と一緒に胃の中へ流し込んだ。

 だが、それが良かったのか、二個ぐらい食べただけで腹はすっかりくちくなった。

 「あんまし美味しくないですねぇ」

 と文句を付けながらもオドラデクは喉を詰めもせず水もなしでパン三個をバリバリと貪っている。

 さっき落下した時、舌を噛まなかったのもそうだが、オドラデクの人間離れした要素が強く目立った一日だった。

 結局、ボナヴェントゥーラから連絡はなかった。縛めがどうなったかはわからない。

「もうすっかり解かれて今は家に戻ってますってば。ぼくは残してきた糸から色々知ることが出来るって何度言ったらわかるんですか」

 オドラデクに念を押すと呆れ顔で答えた。

 ファキイルは食べもせず、窓辺に腰掛けて、夜空をぼおっと眺めていた。

「すまんな」

 フランツはカルメンに向かって、軽く礼を言った。

「いいんだぁよぉ。お腹が減ったらっておもって買い置きしておいたやつだからぁ」

 カルメンは相変わらずだ。

「そういや、思い出したんだけどぉルナさん、パピーニに帰ってくるって言ってたよ」

「本当か!」

 自分でも驚くぐらいフランツは大声で叫んでいた。

「うん、あたしが身の上話を語ったら、そのお礼ってことさぁ。でもぉいつになるかはわかんないんだねぇ」

「そうか」

 フランツは立ち上がった。鞄に入れてあるレターブックから一枚破り、ファキイルの近くにおいてあった机へ行って文字を書き付けた。

「よし」

 若干字が汚くなった気がしたが、フランツは手紙を折りたたんで、カルメンに渡した。

「ルナが戻ってきたらで良いんで渡してくれ。内容は見ないでくれれば助かる」

 フランツは言った。

「わかったぁよぉ」

 カルメンはそのまま手紙を背嚢に入れた。

「フランツさぁん、ちょっとお。何書いたんですかぁ?」

 オドラデクがしな垂れ掛かってきた。

「大したことではない」

「気になるなぁ、教えてくださいよ」

「教えない」

 フランツはきっぱりと断った。

「何だとぉ」

 オドラデクはフランツの襟を掴んで揺さぶった。

「教えないったら教えない」

 何度も揺すられながら、フランツはそこだけは守り続けた。
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