369 / 526
第一部
第三十五話 シャボン玉の世界で (7)
しおりを挟む
だが即座に押し寄せてきたシャボン玉の中へと包み込まれた。
胴体の下に柔らかい感覚が広がった。
だが、それすらちょっと動いただけですぐに割れてしまうのだ。
割れては落ち、割れては落ち、幾つものシャボン玉を破りながらフランツとオドラデクは落ち続けた。
葡萄の房のように泡は密集している。
そこはまるで、シャボン玉の世界だった。
二人は仕方なしに組み付いていた。
身を引き離して落下などすれば、死に繋がる。
舌を噛みそうなのでフランツは喋らない。だが、オドラデクは元気そうに、
「面白いですねぇ!」
を繰り返していた。
フランツは応じない。
「ねえねえ、フランツさぁん」
膝でツンツンと突き回された。
「こちょこちょ……しちゃいますよ」
フランツは前オドラデクに腋を擽《くすぐ》られた記憶がある。
大変不快な思い出だ。
「やめろ!」
思わず叫んで舌先を噛んだ。
「いてっ」
「あははははははははは!」
オドラデクは笑った。ぺちゃくちゃ喋りまくっても少しも舌を噛まないあたりはやはり人外だ。
その間にも幾つものシャボン玉を突き破りながらゆっくり落ちていく。
――ああ、こんな風に死ぬのか。
よく考えると人間が緩慢に死に向かっていく道程というのも、この落下に似たようなものがあるのかも知れない。
落ちている時だけは長く感じられるのかもしれない。
オドラデクは頼りになりそうもないし、もう観念したフランツはそんな哲学的なことすら思った。
群れていたシャボン玉の一番下にあったものを突き破って、後はもう地面に激突するしかなくなった時。
目の前を一陣の影が過ぎった。
まるで大きな鷹がやってきたように見えた。
ファキイルだ。
長い衣の裾を風に靡かせて、その上にフランツとオドラデクを乗せていた。
「来てくれたのか」
死を覚悟していたフランツは裾の上で放心していた。
「うむ」
「ぼくはずっと助けてくれるって信じてましたよ!」
オドラデクは朗らかに言った。
ファキイルはゆっくりと地上に降りた。
フランツとオドラデクは裾から立ち上がった。
「服を汚しちまったな、すまん」
フランツは謝った。
「いつも洗っていないから問題ない」
「一度、洗った方がいいぞ……」
フランツはなかば呆れながら言った。
「ところで、ボナヴェントゥーラの野郎はどこ行ったんでしょうねえ? ぼくたちをこんな目に遭わすなんて、我慢なりませんよ。ぷんぷん!」
オドラデクは地面をどしんどんしんと蹴立てて土埃を立てた。
「楽しんでいただろうが」
「怒りを隠しながら面白がっていたんですよ。ぼくは自分の身に訪れることは皆楽しまなきゃって性格してるんですよ。ぷんぷん!」
「俺たちにも非があるんだし、退散した方がいいぞ」
フランツは言った。軽い疲労を感じていた。
「ちきしょー! 目に物見さしちゃる!」
オドラデクは勢いよく走りだしていた。
フランツは止める気にもならなかった。
「帰ろう」
ファキイルに言う。
「オドラデクを待たなくていいのか」
「いいだろ。あいつなら独りでも戻ってくる」
フランツは答えた。
「そうか」
ファキイルは遠くを見やった。どこかオドラデクを心配しているようだった。
「はぁー、仕方ないな。追うぞ」
「うむ」
フランツが服の袖を掴むと、ファキイルは空へと浮かび上がった。
「低空飛行で頼む。もうシャボン玉とぶつかるのはこりごりだ」
「わかった」
とてものろのろゆっくりと進んだ。
胴体の下に柔らかい感覚が広がった。
だが、それすらちょっと動いただけですぐに割れてしまうのだ。
割れては落ち、割れては落ち、幾つものシャボン玉を破りながらフランツとオドラデクは落ち続けた。
葡萄の房のように泡は密集している。
そこはまるで、シャボン玉の世界だった。
二人は仕方なしに組み付いていた。
身を引き離して落下などすれば、死に繋がる。
舌を噛みそうなのでフランツは喋らない。だが、オドラデクは元気そうに、
「面白いですねぇ!」
を繰り返していた。
フランツは応じない。
「ねえねえ、フランツさぁん」
膝でツンツンと突き回された。
「こちょこちょ……しちゃいますよ」
フランツは前オドラデクに腋を擽《くすぐ》られた記憶がある。
大変不快な思い出だ。
「やめろ!」
思わず叫んで舌先を噛んだ。
「いてっ」
「あははははははははは!」
オドラデクは笑った。ぺちゃくちゃ喋りまくっても少しも舌を噛まないあたりはやはり人外だ。
その間にも幾つものシャボン玉を突き破りながらゆっくり落ちていく。
――ああ、こんな風に死ぬのか。
よく考えると人間が緩慢に死に向かっていく道程というのも、この落下に似たようなものがあるのかも知れない。
落ちている時だけは長く感じられるのかもしれない。
オドラデクは頼りになりそうもないし、もう観念したフランツはそんな哲学的なことすら思った。
群れていたシャボン玉の一番下にあったものを突き破って、後はもう地面に激突するしかなくなった時。
目の前を一陣の影が過ぎった。
まるで大きな鷹がやってきたように見えた。
ファキイルだ。
長い衣の裾を風に靡かせて、その上にフランツとオドラデクを乗せていた。
「来てくれたのか」
死を覚悟していたフランツは裾の上で放心していた。
「うむ」
「ぼくはずっと助けてくれるって信じてましたよ!」
オドラデクは朗らかに言った。
ファキイルはゆっくりと地上に降りた。
フランツとオドラデクは裾から立ち上がった。
「服を汚しちまったな、すまん」
フランツは謝った。
「いつも洗っていないから問題ない」
「一度、洗った方がいいぞ……」
フランツはなかば呆れながら言った。
「ところで、ボナヴェントゥーラの野郎はどこ行ったんでしょうねえ? ぼくたちをこんな目に遭わすなんて、我慢なりませんよ。ぷんぷん!」
オドラデクは地面をどしんどんしんと蹴立てて土埃を立てた。
「楽しんでいただろうが」
「怒りを隠しながら面白がっていたんですよ。ぼくは自分の身に訪れることは皆楽しまなきゃって性格してるんですよ。ぷんぷん!」
「俺たちにも非があるんだし、退散した方がいいぞ」
フランツは言った。軽い疲労を感じていた。
「ちきしょー! 目に物見さしちゃる!」
オドラデクは勢いよく走りだしていた。
フランツは止める気にもならなかった。
「帰ろう」
ファキイルに言う。
「オドラデクを待たなくていいのか」
「いいだろ。あいつなら独りでも戻ってくる」
フランツは答えた。
「そうか」
ファキイルは遠くを見やった。どこかオドラデクを心配しているようだった。
「はぁー、仕方ないな。追うぞ」
「うむ」
フランツが服の袖を掴むと、ファキイルは空へと浮かび上がった。
「低空飛行で頼む。もうシャボン玉とぶつかるのはこりごりだ」
「わかった」
とてものろのろゆっくりと進んだ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる