366 / 526
第一部
第三十五話 シャボン玉の世界で (4)
しおりを挟む
「そいつって、うさんくさい噂があるシエラフィータのおとこ女だよなぁ」
「一緒にいたメイドに睨まれたぜ」
「おっかなかったよなぁ」
「げらげら」
笑い声が響いた。
「おい!」
フランツは思わず動いていた。
肴を盛った皿を蹴散らして、酔っぱらいたちのテーブルへ飛び乗ったのだ。
「ルナを悪く言うな」
「あらあら」
オドラデクは口元に手を当てて苦笑いしていた。
「なんだよてめえ!」
そう言う酔っ払いの頬を強く撲っていた。
男は脇にあった柱に頭をぶつけて伸びてしまう。
猟人として鍛えられたフランツの膂力はなかなかのものだった。
「ひっ、ひえー」
他の酔っ払いたちはびっくりして立ち上がり、倒れた男を引き摺りながら外へ逃げていった。
「フランツさんらしくないですねぇ。そういう時は『抑えろ』じゃありませんか?」
オドラデクは薄ら笑いを浮かべながら言った。
「店内で暴れないでください!」
酒場の主人が怒りながら叫んだ。
「ああ見えても、ツケじゃなく毎回払ってくださる方々なんです。来なくなったらどうしてくれるんだ」
「すまん」
フランツはテーブルから降りて、主人に頭を下げた。
「出てってくださいよ!」
主人は冷たく言った。
フランツは項垂れ、率先して店の外へ歩き出した。
「よっぽどルナ・ペルッツのことが好きなんですね」
続いてドアを開けたオドラデクはフランツの背中に声を掛けた。
「フランツさん、かっこよかったぁよ! あたしもルナさん馬鹿にされて頭にきたぁよ。思わずギタルラぶん回しそうになったけんどぉ。壊れるから止めちゃったけどねぇ」
カルメンは朗らかな態度を崩さない。
「ルナとやらを我は知らぬ」
最後に出てきたファキイルが言った。
「なかなか有名な人で本も出してます。昔フランツさんと交流があったらしいんですよ」
「そうか。一度会ってみたいな」
表情の変化こそあまりないものの、ファキイルは興味を引かれたようだった。
フランツは後悔した。
――失錯だった。
酒場でもう少し話を聞けたのに自分の軽率な行動でみすみすその機会を失うとは。
自分の頭を撲りたかったが、そうしてもいられない。
――新しい手段を考えないと。
「事件の荒増《あらまし》はだいたいわかりましたし、いいじゃないですか。買い物を楽しみましょ!」
オドラデクはとぼとぼあるくフランツを追い抜き、走り出した。
「待て!」
ようやくフランツもその後を追う。
残した二名が気になったが、カルメンとは別れても構わないし、ファキイルは先日トゥルーズでも別行動になったことがある。
「早く歩くな」
そう耳元で囁いたがオドラデクは、
「ま~た面白そうなものがこっちにやってきましたよ」
と空を指差す。
確かにその上には丸い透明で巨大な球体が幾つも幾つも浮かんでいた。
「何だあれは」
フランツは空を見上げた。
「世間知らずですねぇ。シャボン玉じゃないですか」
オドラデクは呆れた風に言う。
「それぐらい俺だって知ってる。だがあんなでかいのは見たことないぞ」
「作ろうと思えば作れるんですよ。巨大な輪っかが必要ですけどね」
「どこの物好きがそんなことをやっているんだ」
「さあ。でもこの近くでやってるはずですよ。探しましょう」
と言うが早いかオドラデクはあちこちの藪に頭を突っ込み始めた。
「一緒にいたメイドに睨まれたぜ」
「おっかなかったよなぁ」
「げらげら」
笑い声が響いた。
「おい!」
フランツは思わず動いていた。
肴を盛った皿を蹴散らして、酔っぱらいたちのテーブルへ飛び乗ったのだ。
「ルナを悪く言うな」
「あらあら」
オドラデクは口元に手を当てて苦笑いしていた。
「なんだよてめえ!」
そう言う酔っ払いの頬を強く撲っていた。
男は脇にあった柱に頭をぶつけて伸びてしまう。
猟人として鍛えられたフランツの膂力はなかなかのものだった。
「ひっ、ひえー」
他の酔っ払いたちはびっくりして立ち上がり、倒れた男を引き摺りながら外へ逃げていった。
「フランツさんらしくないですねぇ。そういう時は『抑えろ』じゃありませんか?」
オドラデクは薄ら笑いを浮かべながら言った。
「店内で暴れないでください!」
酒場の主人が怒りながら叫んだ。
「ああ見えても、ツケじゃなく毎回払ってくださる方々なんです。来なくなったらどうしてくれるんだ」
「すまん」
フランツはテーブルから降りて、主人に頭を下げた。
「出てってくださいよ!」
主人は冷たく言った。
フランツは項垂れ、率先して店の外へ歩き出した。
「よっぽどルナ・ペルッツのことが好きなんですね」
続いてドアを開けたオドラデクはフランツの背中に声を掛けた。
「フランツさん、かっこよかったぁよ! あたしもルナさん馬鹿にされて頭にきたぁよ。思わずギタルラぶん回しそうになったけんどぉ。壊れるから止めちゃったけどねぇ」
カルメンは朗らかな態度を崩さない。
「ルナとやらを我は知らぬ」
最後に出てきたファキイルが言った。
「なかなか有名な人で本も出してます。昔フランツさんと交流があったらしいんですよ」
「そうか。一度会ってみたいな」
表情の変化こそあまりないものの、ファキイルは興味を引かれたようだった。
フランツは後悔した。
――失錯だった。
酒場でもう少し話を聞けたのに自分の軽率な行動でみすみすその機会を失うとは。
自分の頭を撲りたかったが、そうしてもいられない。
――新しい手段を考えないと。
「事件の荒増《あらまし》はだいたいわかりましたし、いいじゃないですか。買い物を楽しみましょ!」
オドラデクはとぼとぼあるくフランツを追い抜き、走り出した。
「待て!」
ようやくフランツもその後を追う。
残した二名が気になったが、カルメンとは別れても構わないし、ファキイルは先日トゥルーズでも別行動になったことがある。
「早く歩くな」
そう耳元で囁いたがオドラデクは、
「ま~た面白そうなものがこっちにやってきましたよ」
と空を指差す。
確かにその上には丸い透明で巨大な球体が幾つも幾つも浮かんでいた。
「何だあれは」
フランツは空を見上げた。
「世間知らずですねぇ。シャボン玉じゃないですか」
オドラデクは呆れた風に言う。
「それぐらい俺だって知ってる。だがあんなでかいのは見たことないぞ」
「作ろうと思えば作れるんですよ。巨大な輪っかが必要ですけどね」
「どこの物好きがそんなことをやっているんだ」
「さあ。でもこの近くでやってるはずですよ。探しましょう」
と言うが早いかオドラデクはあちこちの藪に頭を突っ込み始めた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~
月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―
“賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。
だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。
当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。
ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?
そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?
彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?
力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。


どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜
シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。
アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。
前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。
一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。
そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。
砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。
彼女の名はミリア・タリム
子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」
542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才
そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。
このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。
他サイトに掲載したものと同じ内容となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる