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第一部
第三十五話 シャボン玉の世界で (4)
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「そいつって、うさんくさい噂があるシエラフィータのおとこ女だよなぁ」
「一緒にいたメイドに睨まれたぜ」
「おっかなかったよなぁ」
「げらげら」
笑い声が響いた。
「おい!」
フランツは思わず動いていた。
肴を盛った皿を蹴散らして、酔っぱらいたちのテーブルへ飛び乗ったのだ。
「ルナを悪く言うな」
「あらあら」
オドラデクは口元に手を当てて苦笑いしていた。
「なんだよてめえ!」
そう言う酔っ払いの頬を強く撲っていた。
男は脇にあった柱に頭をぶつけて伸びてしまう。
猟人として鍛えられたフランツの膂力はなかなかのものだった。
「ひっ、ひえー」
他の酔っ払いたちはびっくりして立ち上がり、倒れた男を引き摺りながら外へ逃げていった。
「フランツさんらしくないですねぇ。そういう時は『抑えろ』じゃありませんか?」
オドラデクは薄ら笑いを浮かべながら言った。
「店内で暴れないでください!」
酒場の主人が怒りながら叫んだ。
「ああ見えても、ツケじゃなく毎回払ってくださる方々なんです。来なくなったらどうしてくれるんだ」
「すまん」
フランツはテーブルから降りて、主人に頭を下げた。
「出てってくださいよ!」
主人は冷たく言った。
フランツは項垂れ、率先して店の外へ歩き出した。
「よっぽどルナ・ペルッツのことが好きなんですね」
続いてドアを開けたオドラデクはフランツの背中に声を掛けた。
「フランツさん、かっこよかったぁよ! あたしもルナさん馬鹿にされて頭にきたぁよ。思わずギタルラぶん回しそうになったけんどぉ。壊れるから止めちゃったけどねぇ」
カルメンは朗らかな態度を崩さない。
「ルナとやらを我は知らぬ」
最後に出てきたファキイルが言った。
「なかなか有名な人で本も出してます。昔フランツさんと交流があったらしいんですよ」
「そうか。一度会ってみたいな」
表情の変化こそあまりないものの、ファキイルは興味を引かれたようだった。
フランツは後悔した。
――失錯だった。
酒場でもう少し話を聞けたのに自分の軽率な行動でみすみすその機会を失うとは。
自分の頭を撲りたかったが、そうしてもいられない。
――新しい手段を考えないと。
「事件の荒増《あらまし》はだいたいわかりましたし、いいじゃないですか。買い物を楽しみましょ!」
オドラデクはとぼとぼあるくフランツを追い抜き、走り出した。
「待て!」
ようやくフランツもその後を追う。
残した二名が気になったが、カルメンとは別れても構わないし、ファキイルは先日トゥルーズでも別行動になったことがある。
「早く歩くな」
そう耳元で囁いたがオドラデクは、
「ま~た面白そうなものがこっちにやってきましたよ」
と空を指差す。
確かにその上には丸い透明で巨大な球体が幾つも幾つも浮かんでいた。
「何だあれは」
フランツは空を見上げた。
「世間知らずですねぇ。シャボン玉じゃないですか」
オドラデクは呆れた風に言う。
「それぐらい俺だって知ってる。だがあんなでかいのは見たことないぞ」
「作ろうと思えば作れるんですよ。巨大な輪っかが必要ですけどね」
「どこの物好きがそんなことをやっているんだ」
「さあ。でもこの近くでやってるはずですよ。探しましょう」
と言うが早いかオドラデクはあちこちの藪に頭を突っ込み始めた。
「一緒にいたメイドに睨まれたぜ」
「おっかなかったよなぁ」
「げらげら」
笑い声が響いた。
「おい!」
フランツは思わず動いていた。
肴を盛った皿を蹴散らして、酔っぱらいたちのテーブルへ飛び乗ったのだ。
「ルナを悪く言うな」
「あらあら」
オドラデクは口元に手を当てて苦笑いしていた。
「なんだよてめえ!」
そう言う酔っ払いの頬を強く撲っていた。
男は脇にあった柱に頭をぶつけて伸びてしまう。
猟人として鍛えられたフランツの膂力はなかなかのものだった。
「ひっ、ひえー」
他の酔っ払いたちはびっくりして立ち上がり、倒れた男を引き摺りながら外へ逃げていった。
「フランツさんらしくないですねぇ。そういう時は『抑えろ』じゃありませんか?」
オドラデクは薄ら笑いを浮かべながら言った。
「店内で暴れないでください!」
酒場の主人が怒りながら叫んだ。
「ああ見えても、ツケじゃなく毎回払ってくださる方々なんです。来なくなったらどうしてくれるんだ」
「すまん」
フランツはテーブルから降りて、主人に頭を下げた。
「出てってくださいよ!」
主人は冷たく言った。
フランツは項垂れ、率先して店の外へ歩き出した。
「よっぽどルナ・ペルッツのことが好きなんですね」
続いてドアを開けたオドラデクはフランツの背中に声を掛けた。
「フランツさん、かっこよかったぁよ! あたしもルナさん馬鹿にされて頭にきたぁよ。思わずギタルラぶん回しそうになったけんどぉ。壊れるから止めちゃったけどねぇ」
カルメンは朗らかな態度を崩さない。
「ルナとやらを我は知らぬ」
最後に出てきたファキイルが言った。
「なかなか有名な人で本も出してます。昔フランツさんと交流があったらしいんですよ」
「そうか。一度会ってみたいな」
表情の変化こそあまりないものの、ファキイルは興味を引かれたようだった。
フランツは後悔した。
――失錯だった。
酒場でもう少し話を聞けたのに自分の軽率な行動でみすみすその機会を失うとは。
自分の頭を撲りたかったが、そうしてもいられない。
――新しい手段を考えないと。
「事件の荒増《あらまし》はだいたいわかりましたし、いいじゃないですか。買い物を楽しみましょ!」
オドラデクはとぼとぼあるくフランツを追い抜き、走り出した。
「待て!」
ようやくフランツもその後を追う。
残した二名が気になったが、カルメンとは別れても構わないし、ファキイルは先日トゥルーズでも別行動になったことがある。
「早く歩くな」
そう耳元で囁いたがオドラデクは、
「ま~た面白そうなものがこっちにやってきましたよ」
と空を指差す。
確かにその上には丸い透明で巨大な球体が幾つも幾つも浮かんでいた。
「何だあれは」
フランツは空を見上げた。
「世間知らずですねぇ。シャボン玉じゃないですか」
オドラデクは呆れた風に言う。
「それぐらい俺だって知ってる。だがあんなでかいのは見たことないぞ」
「作ろうと思えば作れるんですよ。巨大な輪っかが必要ですけどね」
「どこの物好きがそんなことをやっているんだ」
「さあ。でもこの近くでやってるはずですよ。探しましょう」
と言うが早いかオドラデクはあちこちの藪に頭を突っ込み始めた。
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