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第一部
第三十四話 貴族の階段(1)
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――ヴィトカツイ王国ミウォシュ駅付近
鉄道は暗いトンネルに入った。
漆黒の闇は窓の外を蔽い尽くす。
軋る枕木の音だけが響き続ける。
なかなか、抜けない。
メイド兼従者兼馭者のズデンカは目を瞑った。
先ほど一悶着あってなぜか居残っている牛の首のかたちをした悪魔のモラクスの視線を感じながら。
ズデンカの主人、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツは窓の外が眺められなくなって退屈し始めたようだ。
「せっかくヴィトカツイまで来たんだし、何か新しいお話を持ったお客はやってこないかなあ!」
あからさまに声を張り上げる。
「そうは言ってもこんなやつがいると誰も近付いてこないぞ」
ズデンカはモラクスを指差す。
「じゃ、片づけて」
とルナはにべもない。
「はあ」
ズデンカはため息を吐きながら立ち上がり、網棚のトランクから革袋を取り出した。
わめき散らす悪魔の上にそれをすっぽりと被せ、紐できつく引っ括る。
その上でまた網棚に乗せた。
「窒息死はしねえだろうな」
「大丈夫でしょ。この世の外から来た存在だから。知らんけど」
ルナは相変わらずいい加減だ。タバコを吸いたそうに手を痙攣させている。
「次の駅で外に出て吸え」
ズデンカは呆れながら言った。
「ふふ、ルナさんってほんと赤ちゃんみたいですね」
その様子を見て、同行するナイフ投げのカミーユ・ボレルが言った。
「やっと気付いたようだね」
ルナは含み笑いをしていた。
「アホか」
ズデンカはその頭を軽くぶん撲った。帽子がずれ落ちる。
「いたい」
ルナは自分の頭を撫でた。
その時トンネルを抜けた。また明るい日差しが窓から満ちてくる。
「あ、駅だ」
「ミウォシュだな」
ズデンカは説明を加えた。ヴィトカツイ王国では北方に位置し、僻村に毛が生えたぐらいの場所だが、鉄道駅がある。
誰かが乗ってくるとは思われないが、一応大きく車体が触れて止まった。
ドアが開くと同時にルナは立ち上がってすたこらさっさと外へ駈け出していった。
「ろくでもねえやつだ」
ズデンカは毒突いた。
「そんなこといっちゃって。ズデンカさんはずっと面倒を見続けてるんでしょ」
カミーユがからかう。
「うるせえよ」
「ちょーっとー!」
間延びしたルナの声が響いてくる。
ズデンカは即座に飛び出していった。まさかとは思うがルナがまた厄介ごとを拾った可能性はある。
パイプから煙を吹き出しながらルナはこじんまりした天蓋のないミウォシュ駅のプラットフォームに立っていた。
「どうした?」
「なんか人が向こうからこっちを見てきてね」
「はぁ」
ズデンカは鋭い視線をルナの指差す方に向けた。
ルナは男装をしているもののなかなかの美人だ。
――まあ、あたしはそうは思わんがな。
よっぽどのうっかりものでなければ女だと見抜けるので、変な男に絡まれることも多い。
本人は何となく躱してしまうが、しつこい場合はズデンカが動いたことも多々あった。
――今度もそんな一件か。
「いや、女性だよ」
大人しそうな地味な服を着た女性――いや、カミーユと同じぐらいの少女といってもいいかも知れない――が時刻表の影に立ってこちらを見詰めている。
「お前の知り合いか?」
――やれやれ、またかよ。
ズデンカはネルダ共和国クンデラの駅で知り合ったエルフリーデという女を思い出していた。
「いや」
「どっちにしても不審だな」
ズデンカは走り出そうとした。
「いや、向こうから来るみたいだよ」
ルナはその袖を掴んで引き止める。
「かなり貧しそうだな」
「いや、あの人は多分貴族の出だ」
ルナは言った。
鉄道は暗いトンネルに入った。
漆黒の闇は窓の外を蔽い尽くす。
軋る枕木の音だけが響き続ける。
なかなか、抜けない。
メイド兼従者兼馭者のズデンカは目を瞑った。
先ほど一悶着あってなぜか居残っている牛の首のかたちをした悪魔のモラクスの視線を感じながら。
ズデンカの主人、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツは窓の外が眺められなくなって退屈し始めたようだ。
「せっかくヴィトカツイまで来たんだし、何か新しいお話を持ったお客はやってこないかなあ!」
あからさまに声を張り上げる。
「そうは言ってもこんなやつがいると誰も近付いてこないぞ」
ズデンカはモラクスを指差す。
「じゃ、片づけて」
とルナはにべもない。
「はあ」
ズデンカはため息を吐きながら立ち上がり、網棚のトランクから革袋を取り出した。
わめき散らす悪魔の上にそれをすっぽりと被せ、紐できつく引っ括る。
その上でまた網棚に乗せた。
「窒息死はしねえだろうな」
「大丈夫でしょ。この世の外から来た存在だから。知らんけど」
ルナは相変わらずいい加減だ。タバコを吸いたそうに手を痙攣させている。
「次の駅で外に出て吸え」
ズデンカは呆れながら言った。
「ふふ、ルナさんってほんと赤ちゃんみたいですね」
その様子を見て、同行するナイフ投げのカミーユ・ボレルが言った。
「やっと気付いたようだね」
ルナは含み笑いをしていた。
「アホか」
ズデンカはその頭を軽くぶん撲った。帽子がずれ落ちる。
「いたい」
ルナは自分の頭を撫でた。
その時トンネルを抜けた。また明るい日差しが窓から満ちてくる。
「あ、駅だ」
「ミウォシュだな」
ズデンカは説明を加えた。ヴィトカツイ王国では北方に位置し、僻村に毛が生えたぐらいの場所だが、鉄道駅がある。
誰かが乗ってくるとは思われないが、一応大きく車体が触れて止まった。
ドアが開くと同時にルナは立ち上がってすたこらさっさと外へ駈け出していった。
「ろくでもねえやつだ」
ズデンカは毒突いた。
「そんなこといっちゃって。ズデンカさんはずっと面倒を見続けてるんでしょ」
カミーユがからかう。
「うるせえよ」
「ちょーっとー!」
間延びしたルナの声が響いてくる。
ズデンカは即座に飛び出していった。まさかとは思うがルナがまた厄介ごとを拾った可能性はある。
パイプから煙を吹き出しながらルナはこじんまりした天蓋のないミウォシュ駅のプラットフォームに立っていた。
「どうした?」
「なんか人が向こうからこっちを見てきてね」
「はぁ」
ズデンカは鋭い視線をルナの指差す方に向けた。
ルナは男装をしているもののなかなかの美人だ。
――まあ、あたしはそうは思わんがな。
よっぽどのうっかりものでなければ女だと見抜けるので、変な男に絡まれることも多い。
本人は何となく躱してしまうが、しつこい場合はズデンカが動いたことも多々あった。
――今度もそんな一件か。
「いや、女性だよ」
大人しそうな地味な服を着た女性――いや、カミーユと同じぐらいの少女といってもいいかも知れない――が時刻表の影に立ってこちらを見詰めている。
「お前の知り合いか?」
――やれやれ、またかよ。
ズデンカはネルダ共和国クンデラの駅で知り合ったエルフリーデという女を思い出していた。
「いや」
「どっちにしても不審だな」
ズデンカは走り出そうとした。
「いや、向こうから来るみたいだよ」
ルナはその袖を掴んで引き止める。
「かなり貧しそうだな」
「いや、あの人は多分貴族の出だ」
ルナは言った。
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